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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
逍遥の游子と航夜の灯星
576/622

15.『絹の道』へ続く町<1/7>

 晴れ続きだった空の遠くに、綿のような大きな雲が流れているのが見える。一段高い場所から見渡す景色は、絵画のように色鮮やかだ。

「すごいですね、荷馬車としても、乗合馬車のようにも使うことができるんですね」

 自分が乗り込んだ荷馬車の荷台を眺め直し、エレムが感嘆の声を上げる。

 一台をグランたちに割り当てると話がついてからの、作業者たちの動きは素早かった。商人が輸送に使う荷馬車だから、荷台は大きく深さもある。荷台を完全に空にすると、底に敷き詰めてあった板を組み替え、向かいあって人が乗れる形に長椅子ができあがったのだ。深さのある荷台の側面が背もたれ代わりになって、寄りかかっても簡単に転げ落ちる心配はなさそうだ。

「作業に人手が必要なときは、こうやって一緒に乗せていくんだよ。荷運びの帰りが空になるときは、乗合馬車のまねごととかもする」

 御者台で馬を操っているのが、さっきイグシオと打ち合わせをしていた荷役人頭のムルバだった。

 市場の近くで先に荷を積んだ荷馬車と合流し、今は四台が列をなして走っている、その最後尾だ。支柱を組めば幌もつけられるらしいが、時間も無かったし天気も良いので、今はただの荷馬車に毛が生えたような形だ。

 重量物を乗せられる荷馬車は、車輪も多くつけられて安定している。多少段差があっても、振動が和らいで乗り心地は悪くない。

「乗合馬車よりも荷台が高いのですの」

「お外がよくみえるのですー」

「ランジュ、あんまり顔を出したら危ないよ」

 ユカとランジュは並んで椅子に膝をつき、荷台の縁に手をついて外を眺め、それをはらはらとリオンが見守っている。

 ちなみにウカラ行きに一番興味がありげだったクロケは、「あーしはもうちょっとこっちで遊んでから追いかけるさ」と、今回はついてこなかった。自由なものである。

 代わりと言っては何だが、リオンの向かい側、グランの隣に座っているのは、

「なんでもいいけどなんで揃ってついてくるんだよ……」

「童子も、世の中がどう変わったか興味があるのじゃ」

 うんざり顔のグランに、閉じた扇子で口元を隠した白龍がすました顔で微笑んでいる。というか、こいつはこんな馬車に乗らなくても、自分で勝手に移動ができるのでないか。

「……まぁ、イグシオさんの話は確かに興味深かったですしね」

 いきなり疲れた様子でグランは額を押さえている。御者台に近い場所に座るエレムが、微妙な笑顔で援護(フォロー)した。

 グランの不本意そうなつぶやきが耳に入ったのか、ユカはむっとした様子で、

「危険な場所に行くわけじゃないなら、文句を言われる筋合いはないのですの」

「そもそもお前らがついてくる必要が無いだろって言ってるんだ!」

「訪れる町の様子を見るのも旅の醍醐味なのじゃ」

「だいごみってどんな味ですかー?」

「面白い経験ってことのたとえじゃないのかな?」

 こちらが一つ喋ると、ご丁寧に人数分の返事が返ってくる。しかも理にかなってるのかなんなのかさっぱり判らない。

 こめかみを指で押さえるグランを、リオンはすこしの間黙って見返した。グランからつんと視線をそらして窓の外を眺めるユカとにちらりと目を走らせると、今度はなぜかとがめるような目で、

「……グランさんが山中に出かけてる間、ランジュは僕と一緒におとなしく待ってたんです。余裕のあるときには相手をしてあげてもいいじゃないんですか」

「だーかーらー」

 どちらかといえばこちら寄りだと思っていたリオンが、今回は子供たちの擁護にまわっている。俺はランジュの保護者でもなんでも無いんだと、げんなり言い返そうとしたのを、

「まぁまぁ、今回は情報集めが主ですし、人数は多くても困らないですよ」

 エレムがそつなく言い添える。ごりごりとこめかみを指でほぐすグランを、御者台のムルバが半分気の毒そうに眺めていた。



 カイチの村に通じる脇道を今回は通り過ぎ、街道を東に進むこと一時(二時間)。

 車輪が大きい分走りも安定しているのか、徒歩の旅人はもちろん、のんびり進む乗合馬車や、商人や農民の荷車も軽々と追い越していく。左手には天に届く壁のようなオヴィル山脈の山並み、裾野には鮮やかな森林地帯が広がって、右手には穏やかに果てなく続く緑の丘陵地帯。このはるか先には広漠とした草原と、灼けるような砂漠を貫く絹の道があるとは想像しがたい、緑と水豊かな光景が広がっている。

 メロア大陸の主要三街道は、そこを通る国が保守管理を行っている。従って、整備具合はその国の国力を反映しているとされ、どの国も多少の見栄を張っても立派に整備する。しかし重量のある大型の荷馬車が、一定速度を保ったまま安定して走れるような、強固な整備を長距離に渡って施せる国はそう多くはない。さすが街道の交差地点を領内に抱えるカカルシャだけはある。

「……この探求者の街道の先、南東地区の外れに冥海があります。その向こうにはアスレヴ大陸があります。冥海は、昔は船で渡っていたけど、冒険者ティニティが大陸地図を作った際に、ふたつの大陸に陸路があることを発見しました。ティニティが絹の道と探求者の街道をつなげたことで、陸路での交易が可能になりました。でも、今でも富裕層や大商人は、冥海を船で渡ることが多いそうです」

「船の方が楽だからなのですの?」

「それもあるんでしょうけど、波が穏やかな冥海は、船の方が安全だと聞きます。船が一番危険なのは離着岸の時なんですよ。内海は、大きな波や流れがないですから、危険が少ない。それに、陸路はどうしても、盗賊に狙われやすいですからね、アスレブ大陸側に住む遊牧民の中には、略奪を生業にする部族もあるそうです」

「ああ、知ってます。ケーサエブが実は、アスレブ大陸の遊牧民の出だったって言う説もあるんですよ」

 暇を持て余したリオンが持参した地図を広げ、エレムがなにやら解説している。その両隣に陣取って地図をのぞき込み、ユカとリオンがあれこれ声を上げている。

「雲がおさかなみたいなのですー」

 エレム達の声を聞き流しながら、白龍とグランの間に移ってきたランジュは、椅子に後ろ向きに座って肘をつき、連れ歩いているウサギの人形に外の景色を眺めさせている。白龍はそのランジュを、「子供らしいのう」と達観した様子で見ている。自分だって見た目はだだの子供なのだが。

「ほら、あれがウカラだよ」

 御者台の男が声をかけてきた。勉強会を気取っていたユカとリオンが首を動かした。目を閉じて頭を休めていたグランも顔を上げた。

 オヴィル山脈を縦断する探訪者の街道、山脈の西側に沿って延びる探求者の街道の交差地点を要する街ウカラは、カカルシャ王都フオーリに劣らない、大規模な街だった。

 こうした要所にある街は、旅人の通行税も大きな収入だ。街道の交差点でもあるウカラは、北に向かう者には山越えの、東に向かう者には国境どころか大陸をまたぐ絹の道へ準備拠点になる。東から来た商隊の補給地点でもある。町の外で駐留している荷馬車は、馬もそれぞれ微妙に毛並みや体格が違い、荷車の形や装飾も国によって様々だ。もちろんそれを扱う人間の、服装も顔立ちも様々だ。

 旅人や異国からの荷馬車は市門で検問があるようだが、もともと商家の登録がある荷馬車は別の入り口で簡単な検査をすれば通れるようだ。

 町の入り口で降ろしてもらってもよかったのだが、今回の目的は、周辺情報に詳しいはずのイグシオの叔父に会って、この先の行程に参考になりそうな情報を得ることだ。

 一行を乗せた馬車は、市門をくぐりぬけ、速度を落として広い通りを進んでいった。外装の仕様が東方の家屋のような屋根付き馬車とすれ違えば、髷のように髪を結った御者が馬を操り、体だけでなく頭も顔も長布で覆った女が、たくさんの果物を積み上げたかごを頭の上にのせて危なげなく歩いている。

「すごいのですの、いろんな国の人がいるのですの!」

「いろいろですー」

「大声で叫ぶな、悪目立ちすると目をつけられるぞ」

 外を見下ろしてはしゃぐユカを、グランがうんざりと制した。むー、とユカが唇を尖らせるのを、リオンがため息混じりに見やる。

「あの人たちから見たら、僕らの方が変わった格好なのかもしれないんだから、あまり変な騒ぎ方はしないほうがいいよ」

「だったらお互い様というもので……」

 不服そうなユカの台詞が、不意に途切れた。

 外を見下ろしていたユカは、そのままあっけにとられた様子で固まっている。いきなり静かになったユカに気づき、グランも眉を上げて視線を動かした。

「……どうした?」

 外を見下ろしたまま、やたら引いた様子だったユカは、グランの声に我に返った様子でぶんぶん首を振りながら座り直した。

「な、なんでもないのですの」

「……ふーん?」

 リオンとエレムも不思議そうに目を見合わせる。リオンが外に視線を向けたが、迷惑そうに馬車を避けて道の端に寄った通行人が見えるだけだ。ランジュだけはなにを考えている様子も無く、フオーリよりも多様な衣装を身につけた人々が、思い思いに歩く様子を眺め、無邪気な好奇心に目を輝かせていた。

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