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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
逍遥の游子と航夜の灯星
574/622

14.巫女様の進路事情<4/5>

「探訪者の街道を使って山越えするひとは必ず利用する町だから、南岸地区から海路で来た商人も、絹の道をたどってきたシャザーナとかペシャから来た商隊も絶対立ち寄るっす。いろんな人が集まるし、東から来る商人が持ちこむ珍しいものもいろいろあるっす。それに、商人たちが合同で大きな商隊(キャラバン)を作って護衛を雇えば、街道の通行に許可が出たりもするから、うまくいけばそういうのに潜り込めるかもしれないっす」

 人が集まれば、ものも文化も情報も集まる。それに、大きな町というのは、大きいと言うだけでも面白いものだ。カカルシャの王都として賑わうフオーリとは、また別の賑やかさがあるのだろう。

「考えてばかりいないで、一度足を運んでみてもよいのではないかな。現地の人間から聞く情報はやはり違うものだ」

 エスツファが無責任に口を挟む。確かに、実際に人と話すことで、思わぬきっかけが生まれることは多々ある。

「まぁ、ここでやらなきゃいけないことがあるわけでも無いし、行くだけ行ってみるか」

「そうですね、調べれば選択肢が広がるかも知れません」

「だったら、この荷馬車に乗せてもらって行ってみるっすか? 叔父貴なら、あのあたりの情報も詳しいっすよ」

 イグシオが、思いがけない提案をしてきた。

「全部空荷では帰らないように予定を入れてあると思うっすけど、今の状況で荷台が全部埋まるほど仕入れができると思えないんすよね。ちょっと聞いてくるっすよ」

 言われてみれば、この荷馬車はウカラから来ているのだから、当然帰る必要があるわけだ。イグシオは、荷役(にやく)を仕切っているらしい男のところまで近寄ると、身振り手振り交えてひとしきり話してから、駆け足で戻ってきた。

「先にエルディエルの部隊に荷物を降ろした荷馬車が何台か、今市場で仕入れの積み込み中らしいっす。あの人の荷馬車は、それに合流して戻るから、一緒に乗っていくといいっす。乗り心地はそこそこっすけどね」

「助かりますが、お邪魔じゃないですか」

「叔父貴なら、皆さんの顔を見てみたかったからちょうどいいって言うと思うっす」

 イグシオは握った手で親指を立てる。相変わらずノリは軽い。

「ほんとはオレも行ければいいっすけど、まだ滞在してる各国のお偉いさんがいるから、いろいろ仕事があるんすよ」

 これでイグシオは一応騎士団の副団長なのだ。ラムウェジが異形の騒動を丸く収めるのにも協力しているようだし、なかなか忙しいのだろう。

「急だけど、いいんじゃね? 歩いて行くよりは速いだろ」

「そうですね、お願いしましょうか」

「了解っす。この荷を下ろしたら一緒に出られるように、皆さん準備してくださいっす。一応叔父貴宛に、紹介状みたいなもの、書いておくっすよ」

 イグシオはテキパキと答え、

「行くのは何人って伝えとけばいいっすかね? 五人? 六人?」

「えっ?」

 その目が、グランとエレムを通り越したさらに後ろに向いているのに気づき、二人は視線を追いかけて振り返り、顔をこわばらせた。

 さっきまでもらった果物を頬張っていた子供たちが、自分たちの後ろで目を輝かせている。ユカに手を引かれたランジュは、まだ片手に持ったナモアの実を頬張っていたが。

「……どこから聞いてた?」

「荷馬車に乗ってウカラに行くってあたりからさ?」

「百聞は一見にしかずなのですの。千里の道も一歩からなのですの」

「大きな町はおいしいものがたくさんあるのでーす」

「ランジュ、早めに濡れたふきんで手を拭かないと、汁でかゆくなるかも知れないって言われたよ」

「……なんで一つの質問にそこまで返事が出てくるんだ」



 同じ離宮の敷地内でも、ルキルアが割り当てられているのは、物見用の塔のある別棟だ。対してエルディエル側が滞在しているのは、王族や貴族が滞在するための小さな宮殿様の建物だ。さすがに兵士たちは一度に入ることはできないが、姫の身の回りを世話する侍従や護衛の騎士団員は楽に収容できる。

 朝の時間と言うこともあり、アルディラは宮殿の中庭にある噴水池のそば、池からの水が流れる水路の横に置かれた丸いテーブルで、食後のお茶をたしなんでいた。招かれているのはルスティナとラムウェジである。

 給仕を済ませた侍従は遠ざけられ、姫の後ろに控えているのは深緑色の裾の長い上着を羽織ったオルクェルと、錫杖を片手に姿勢良く立つヘイディアだった。

「こちらも手助けするとお約束しながら、ユカさんについては、皓月将軍にお任せしたままでしたね」

「ユカ殿が、憂いなく我らの部隊の中で過ごせるのも、姫の気遣いがあってこそだ」

 ルスティナが微笑む。

「ラムウェジ殿のお噂もかねがね耳にしています。山中の一件については、このヘイディアから聞きました。わたし自身、この旅で、様々な出来事に遭遇しましたが、ラムウェジ殿は更に多様な経験をされているのではないかと思います。ラムウェジ殿なら、ユカさんを援擁してくださるのに申し分ないお方でしょう」

「ありがとうございます」

 数割増しで猫をかぶっているラムウェジが、すました顔で頭を下げる。

「ただ、ラムウェジ殿の見立てとしては、どうなのでしょう」

 それまでよそ行きの顔でお茶をすすっていたアルディラは、探るように首をかしげた。

「ユカさんは、法術そのものの素養に関しては、現状それほどでもない、というのがリオンの率直な意見です。アンディナについて、ひいてはレマイナとその属神に関して強い探求心があるとも考えにくい、とも」

 それはリオンが、ユカに対してあまり歓迎的ではないからこその客観的な観察結果といえる。多少の辛口分をさっ引いても、的を射た評価だった。

「ユカさんは、レマイナ教会内でも重んじられるラムウェジ殿が、直々に面倒を見るほどの人材だと思いますか? ほかに、重点的に育成したい後進がたくさんおられるのではないですか」

 わりと歯に衣を着せてはいるが、なかなか忌憚のない意見である。後ろでオルクェルがはらはらしているのが伝わってくる。ラムウェジは目をしばたたかせた後、『この娘も面白そうだ』とばかりに唇を舌で示した。

「……ユカさんが、法具を使って法術を発動させているのもご存じですよね?」

「聞いています、水に関わる力に親和性が高いとのことですね。ラレンスで起きた火事を初期段階で鎮圧したのも、ユカさんの法術があってこそだったと」

「話を聞くだけでも、なかなか強力な発動の仕方ですよね。私も実際に見て驚いたけど、法術の素養はそこそこ、信仰心もそんなでもない。自分でも、法具の仕組みそのものを理解しているわけではないのに、なんとなく使えてしまう」

 ラムウェジはそこまで言うと、なにかを吹っ切ったように、アルディラを見返した。

「あれは、()()()です」

「まずい……?」

「殿下は、大陸内のどの国でも、法術師が……特にレマイナ教会の法術師が、軍隊に徴用されない理由をご存じですか?」

 一見関係ないようなことを問われ、今度はアルディラが目を丸くした。

 法術は、「神の意向において、人のために」行使されるもので、通常、それ以外の動機で用いようとすると、物理的に制限がかかることが知られている。

 私欲のために、あるいは特定の国家のために、などといった中立性を保ちきれない事柄や、法術の発動によって明らかに人の命が危険にさらされるような場面では、発動しなくなったり、著しく効果が弱まったりする。天空神ルアルグとエルディエル公族との関係のような例外もあるが、基本的にこれは、どの神に属する法術を行使しても、共通して起こる。『神の鍵』とも呼ばれる、理屈を超えた現象だった。

 だが、今問われているのは、その基礎的な知識のことではないと、アルディラは気づいたらしい。思わず確認するようにオルクェルを見やった後、

「決定的なきっかけになったのは『ロヴェロ事件』と学びました」

 ルスティナも、なにかに思い当たった様子で頷いた。

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