13.巫女様の進路事情<3/5>
「あんたたちと一緒に山を降りてきた者らの話では、『住人を襲ってきた天人から、神馬を操る戦女神が助けてくださった』と集落全体で大騒ぎになっているらしいのだ」
うわぁ、やっぱりそうなるのか。グランは頬をひきつらせた。
群がる巨大な異形を相手に、神馬に乗って臆せず槍を振り回す女将軍の勇姿など、誰が見ても信じがたい光景だった。昔ながらの伝承が根強い山間地区の住人には、さらに神々しく見えたに違いない。
「イグシオ殿が、事情があるから内々の話にしておいてくれと頼んでいたそうなのだが、集落で人手を集めて折り返し様子を見にいくとなると、やはり説明しないわけにはいかなかったようでな。それに、エトワール殿下も助けられているのに、なんの礼もできないのはイムールの名折れだと、仲間内で声を掛け合っているらしい」
「叔父貴はウカラの同族街で、仲卸の仕事をしてるっすよ。イムール向けの物資の出荷が、街道の封鎖のせいで滞ってて、倉庫をふさいで困ってるから、悪くなる前に皆さんに使って貰いたいって相談があったっす。それで、オレが仲介して、エルディエルとルキルアの皆さんに渡せるように手配したっす」
「そういう事情なら仕入れ値分だけでも支払おうかとも言ったのだが、聞き入れて貰えなかったのだ」
「当たり前っすよ、皆さんは集落の住人だけでなく、イムール王家の恩人なんっすよ。お金なんか出させたら、叔父貴が親戚みんなから叱られるっす」
そもそものエトワールを助けたのはラムウェジだけどな。とグランが思っている間にも、兵士達と作業者達は、なかなかの連携で荷物を降ろし、ルキルア側が用意した木箱やら麻袋やらに詰め替えている。
「ウカラから西の山麓の森林地帯は、冥海から吹き込んでくる風の影響で、内海湾岸よりも温かいっす、珍しい果物も多いっすよ」
イグシオが言ってるそばから、興味津々のランジュが荷車に近寄っていった。洗いものの手伝いで手が離せないエレムの代わりに、慌ててリオンが追いかけていく。気づいたユカとクロケも後に続いている。
特に状態のいいもの、値が張るような珍しいものは別に取りわけてあったらしい。橙色の実の楕円の果物、尖った角がたくさん集まった不思議な形の緑の実、サクランボを更に赤くしたような小さな実などが盛られたかごを見せられて、ランジュが目を輝かせている。あまりの反応の良さに嬉しくなったのか、日に焼けた年配の作業者が、緑の果実の角をつまんで引っ張ると、一口大の桃色の果肉が一緒にとれた。それをそのまま食べるよう、子供たちに身振りで説明している。
「果物も野菜も変わったものが多いですね、白い人参のようなものもありましたよ」
洗いものを一段落させたエレムが、子供たちの様子を遠目で伺いながら近づいてきた。
「ああ、それは芋の一種すよ。生でも食えるっす。ナモアは森の中で勝手に生えてるのを、場所を知ってる人が定期的に摘みに行くっす」
今子供たちが食べているのがナモアという果物らしい。やたらうまそうに子供たちは頬張っているが、見ただけではどうにも味の想像ができない。
「あ、そうだ。お二人には別に差し入れがあるっすよ」
イグシオは言いながら、背負った金筒から丸められた書簡を取り出した。
「昼に更新される官報版の原稿の写しっす」
「ああ、そういやあとで見に行こうと思ってたんだ」
ラムウェジが、カカルシャ上層部にいろいろ根回ししているらしいが、あの騒ぎが一般にはどういう形で説明されるのかは、まだ漠然としていた。
「こういう情報、早めに外に出しても大丈夫なんですか?」
「官報板を書き換える作業が昼ってだけで、市街の警備兵とかには、朝の引き継ぎの時に伝わってるっすよ」
「そういうものなんですか」
代表して受け取ったエスツファが書簡を開き、その横からグランとエレムがのぞき込む。
内容は、街道の封鎖問題が主だった。
要約すれば、タンザムの内部情勢は膠着状態で、街道の封鎖自体はまだ解除の見込みはない。ただこの問題に関して、周辺諸国からの抗議と、封鎖が長引きそうであれば対抗措置を考えている旨の合議書が数日中に提出されるだろうとのことだった。国王の在位三〇周年記念式典のために、周辺の要人が集まっていたのが、迅速な合議に至った要因とも報じられていた。
そのついでのような形で、『街道以外の山中で盗賊が暗躍している件については、被害の目だつイムールとの国境付近において、カカルシャとイムールの合同治安部隊が山中の警戒強化および、暗躍する盗賊の討伐について協力体制を敷く運びになった』との報が添えてあった。
「ティドレさん達も、頑張ってくださってるみたいですね」
ククォタの王子であるティドレは、グランたちが街道を越えて北東地区を目指しているのを知っている。周辺諸国との交友関係を活用して、グランたちを後押ししてくれているようだった。
「まぁ、外野がなに言っても、タンザム周辺の治安が回復せねば、どうしようもなかろう」
「でも治安が悪化してる原因は、国軍内の後継者争いっすからね。どの派閥が権力を握るにしろ、その後の国内外での評判が落ちるような対応は愚策っすから、少しは影響あると思うっすよ」
街道上にある国は、街道の通行料が外貨獲得に大きな割合を示している。長引く封鎖は、国力にも影響する。争っている当人たちも、問題の長期化は避けたいだろう。
その一方で、グランには、自分たちが街道を利用できないようにする何らかの力が働いているように思えるのだ。
自分たちが街道を使う以外の山越えの手段を確保し、実際に移動を始めたところで、あっさりと状況が改善し街道の封鎖が解かれるような気がしてならない。
「やっぱり、いつ封鎖が解除されるか判らない街道をあてにするよりは、何本か山越えの経路を考えた方がよさそうだな。リノに任せておいても不安なだけだし、本腰入れて情報集めるか」
「そういえばイムールを通過する西寄りの裏道だけじゃなく、街道の東側にも、山越えできる道があるんですよね?」
「ああ、ウカラから北東の山岳地帯っすね」
エレムに話を振られて、イグシオは頷いたものの、
「なんかのお役目で北に向かってるって言ってたっすね。あっち側通るのは、ちょっとお勧めできないっす。でも、お二人くらい強いなら、問題ないのかなぁ」
「治安があんまりよくないって聞きましたけど、そんなに悪いんですか?」
「悪いって言うか、ウカラから東、冥海までの南東地区一帯は、アスレヴ大陸との緩衝地帯みたいなもんなんすよ。……探求者の街道は、南東地区のずっと東までいくと、絹の道につながってるのはご存じですよね?」
絹の道は、東方の大国シャザーナにまで続く貿易路だ。
昔はメロア大陸とアスレヴ大陸は、冥海を挟んだ別の大陸だと思われていた。それが実は陸続きだったのを、冒険者ティニティが発見した。
それまで冥海を船で渡って行われていたシャザーナとの交易も、『探求者の街道』が東に延び絹の道とつながったことで、最終的に陸路で完結できるようになった。ちなみに冥海という呼称は、晴れた日でも水面が暗く見えるのが「底が冥府に通じている」と囁かれていたところからきている。
「絹の道はシャザーナだけじゃなく、アスレヴ大陸北側の草原地帯や寒冷地区にもつながってるから、ウカラから東寄りの一帯は、ほんとにいろんな国の人がいるんすよ。南東地区から更に南に下がれば砂漠の国のラトアルだけど、そこからなら陸続きに南大陸にもいけるっていうし、冥海の先の炎海あたりまで行ったら、こっちの常識とか価値観とか通用しないって聞くっす」
「へぇ」
「交易商人なんかはわきまえてるから、探求者の街道に入るとだいぶおとなしくなるけど、ウカラから東の山麓に広がる森林地帯は、昔は人買いや薬物売買の交易拠点になってて、今でも南大陸から来る商人が、北東側の山岳地帯の住人相手に怪しげな取引をしてるって話もあるっす。カカルシャの領内ではさすがに好き勝手はさせないっすけど、なかなか物騒っすね」
「まだまだ意識が古い時代のままなんでしょうかね」
エレムが眉をひそめる。
「先入観はよくないですけど、東寄りの経路を使うのは、やっぱり子供連れじゃ難しいのかなぁ」
「ほかに道が無いならともかく、このあたりからならイムール経由で山に入って、途中で探訪者の街道に合流するのが楽だと思うっすよ。タンザムを迂回してハドラの町まで出られれば、あとは街道を通るのも心配ないみたいっすからね」
「ふーむ」
「ああでも、ウカラは一度行ってみるといいと思うっす」
と、イグシオはにっかりと白い歯を見せた。




