9.大騒動の後始末<4/5>
ラムウェジの差し入れた葉っぱのおかげで、体の痛みはなんとかなっているが、どうにも節々の違和感は拭えない。
この葉っぱの効果のあるうちは酒を飲んではいけないとかで、ほかにすることもなく、グランは官報板の情報を確認ついでに、夕飯までの時間を使って町にある浴場に出かけていた。
戻ってきたら、庭の隅で、子供達がなにやら盛り上がっている。
輪の中心に居るのは、なぜかコルディクスである。さっきは居なかったはずのキルシェの指示で、どこからどうやって持ち込んだのか、大きな籐の箱を開いてクロケとユカがなにやら引っ張り出している。男物の衣装がいろいろ入っているらしい。
「うーん、筋肉が足らないから、兵服を着るとなんだか貧相な感じがするのさ」
「厚くて生地がしっかりしているのは、防御を考えてのことか? しかし重くて動きにくいな」
コルディクスは、勧められた騎兵用の上着を羽織り、肩口や裾を見下ろして真面目な顔で感想を述べている。
「逆に船乗り風だと、港町の若者っぽくてよいかもしれないのさ? このシャツ羽織ってみるのさ」
「あっ、研究者風の白衣ですの。これはちょっと小物を合わせたいところですの。眼鏡は、眼鏡はないのですの?」
「巫女さんはわりとこだわり派ねー」
箱の縁にふわりと腰掛け、キルシェが無責任な感想を述べている。ランジュはユカと一緒に箱の中をのぞき込み、大人用の巻帽子や薔薇の造花を引っ張り出して、頭に乗せたり振り回したりして遊んでいる。
そして、盛り上がる女子の様子を、生温かい目のリオンが遠巻きに見守っていた。
「……なにやってんだ?」
「グランさんが、黒い服禁止なんて言うからですよ」
椅子代わりの丸太の上に無造作に置かれた、コルディクスの黒い外套を示し、リオンが引きつった笑みを見せた。
「キルシェさんがあんな箱持ってくるから、ユカさん達が悪乗りしちゃって」
「またあいつか」
「意外と、ルド坊って素材は悪くないのよねー」
「その名前で呼ぶな!」
とコルディクスは歯をむくが、着せ替え人形代わりにされているのはまんざらでもない様子である。
コルディクスは頭脳労働者風で、このメンツでは珍しく、細身で筋肉の薄い、少年のような体格をしている。研究者風の服以外にも、給仕や楽器演奏者風の服が違和感がない。
「ただ、ああいう制服系ってやっぱり黒が多いんですよね。色で個性を表現するって難しいですね」
「お前もなにを真面目に考えてるんだよ」
「いやぁ、自由な服装って意外と大変だなぁって思って」
リオンが妙にしみじみと答える。確かに、リオンの周りには兵士と侍従と神官しかいないから、あれこれ衣装を替えるのはアルディラくらいだが。
「あいつらそこまで考えてねぇぞ、あんまり真に受けると次は自分がおもちゃにされるぞ」
「そ、それは……」
「あら、楽しそうねー」
後ろからお気楽な声をかけられ、グラン達は振り返った。いわずもがなのラムウェジである。
エレムとルスティナが一緒だが、建物のなかで雑談でもしていたのだろう。
ラムウェジが、着せ替え人形にされているコルディクスを見て、妙に感心した様子で頷いた。
「確かにあの黒い外套は目立ちすぎるわよねぇ。ここらで印象改革もいいかもしれないわね」
「そういう気遣いじゃねぇぞあれ」
グランの主張に乗っかって、遊んでいるだけに決まっている。げんなりしているグランとは裏腹に、なぜかルスティナは次々披露される男物の制服に興味を示したようで、
「……せっかくだから、グランも合わせてみるといいのではないか? あの給仕風のなどグランの方が似合うと思うのだが」
「だからそういう話の振り方はやめろ! 元がいいんだからなに着たって似合うに決まってんだろ」
「謎の自己肯定強調きましたね」
「グランさんの辞書に謙遜という言葉はありませんから」
リオンとエレムがぼそぼそ後ろで言葉を交わしている。言下に拒否されて、ルスティナはなぜか微妙に残念そうだ。
「盛り上がってるところを悪いけど、カカルシャ側ともだいたいの話はつけてきたよ」
「話?」
「上空の古代施設の騒ぎの落とし所」
ラムウェジは、暮れかかった空をどこともなく指さした。そういえば、ラムウェジは後始末のために、エトワールに会ったあとは、一足先に村を出てルスティナとヘイディアを伴ってカカルシャの騎士団本部まで出向いていたのだ。
「とりあえず朝の段階で、イムールのエトワール殿下にはざっくり説明して、つじつま合わせに協力してもらえることになったの。どんな話になってもうまく合わせるから、いいようにして大丈夫って言ってくださって」
「柔軟な方でよかったですね」
カイチの村で療養しているエトワールとその従者は、形としてはラムウェジ達に助けられたようなものだ。その恩義もあって協力的なのだろう。
「うん、まぁ、あまり面倒な話にしたくなさそうなイムール内部の事情もあるみたいだけどね。それを踏まえて、騎士団本部で一連の情報共有と、一般向けの公式発表の内容について調整してきたよ。
まず、裏道で、異形と遭遇した旅人が襲われたり、行方不明になった件に関しては、『上空の古代遺跡の運用に不具合が出たことで、施設の防御機構の設定が不安定になった結果』、ということになりました。レマイナ教会の研究集団の解析結果に基づいて、施設の中枢に接触し、設定を安定させてきたということで、ご納得頂きました」
虚実織り交ぜての無難なまとめかた、といえるだろう。だが、
「そうなると、あいつの立場ってどうなるんだ?」
グランは、子供達に囲まれ、南国の王族のような服装に着替えさせられているコルディクスを示した。あんなのまでどこで調達してきたのか。
「カカルシャとの話の中では、彼は存在しないことにしたの。説明が面倒になっちゃうし。あくまで原因は、古代施設そのものの不具合」
「それでいいもんなのか」
「『すり替わった偽研究員が研究成果を持ち出した』点については、教会内で決着をつければいい話だからね。無関係の人が異形に襲われた大元の原因が彼だと公にしてしまって、もし処罰できないうちに逃げ出されちゃったら、逆に周りの不安をあおるだけだもの」
コルディクスは、ラムウェジの背後にある存在の影響力に観念して今は逃げ出さないだけで、もし政治的な事情で身に危険が及ぶようなことがあったら、さっさと姿をくらましてしまうだろう。転移の魔法が使える魔法使い相手に、通常の拘束手段は通用しないはずだ。
「それに、稼働中の古代施設の存在を公にすることは、できれば避けたいのよね。いくら空の上で普通の人には手が出せないからっていっても、実際に魔法で行けちゃう人はいるわけだし。施設内に保護されて加療中の人が、具体的に後どれくらいで戻ってこられるかも今のところ判らないから、行方不明状態の人いるのも現状、変わらない。だから、表向きは、現在進行形でイムールと協力して、山中で暗躍している盗賊を討伐している最中という話にしてもらうわ。治療を終えた人たちが戻ってきた時点で、終息宣言を出してもらう」
裏道の通行を制限するために作り出した架空の盗賊に、最後まで頑張ってもらうことになったらしい。
「まぁ、表向き無難な対応ですけど、よくカカルシャ側にこんな話納得させましたね」




