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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
逍遥の游子と航夜の灯星
567/622

7.大騒動の後始末<2/5>

 あまりにもいろいろなことがあってうっかり忘れそうになるが、グラン達が北へつながる街道を使って山越えを計画しているのは、グランが拾った疫病神のせいだ。

 ランジュは、大陸の伝承では「伝説の秘宝」だか「秘法」といわれる、『ラグランジュ』そのものである。手にした者のどんな願いも叶えてくれる古代の秘宝だか秘宝だ。こんな曖昧な言い方になるのは、世間では誰も正体を知らないからだ。

 歴史上の大冒険者ティニティや、エルディエルの始祖ケーサエブ、歴史に残る偉人らの成功はラグランジュの存在あってこそだという噂ばかりが伝わるものの、実際は古代の文献のどこにも、史実を書き残した書物にも、その名前はない。しかし知名度だけは抜群で、どこに行ってもこの曖昧な噂だけは誰もが知っている。

 なぜかその手がかりを見つけてしまったのがグランとエレムで、好奇心からどんなものか見に行ってしまったら、グランが『ラグランジュ』にとっ捕まってしまった。しかも、その実態は、「願いを叶えるために、相応の試練をもたらす」ものだとかで、つまりは「機会(チャンス)はやるから、欲しいものは自分で苦労して手に入れろ」と言われているのと変わらない。

 しかも持ち主として認定されたら、持ち主が願いを叶えるか死ぬかするまで離れてくれないとか言い出した。

 ここまでくると、もうただの疫病神である。伝説のなんとかに叶えてもらいたいご大層な『願い』などなかったグランには、迷惑極まりない。

 グランが願いとして選択したのは、「ラグランジュの返品」だった。

 今は『ラグランジュ』そのものであるランジュを、拾ったところに戻すための、旅の最中だ。だが、ちょっと動くととんでもない騒ぎが持ち上がる。ただ返品したいだけなのに、割に合わなすぎる。

 しかもランジュ自身は子供の姿をしているため、連れて歩くにはいろいろ制約がついて回る。ラムウェジの後ろ盾もあり、なにかあったらレマイナ教会が身元を保証してくれること、用があってカカルシャに向かうルキルアの一行に加えてもらったことで、なんとかここまでやってきた。

 が、ここから先は、ルキルアとは別行動。グラン達はこれからは一般の旅人として、山越えをしなければいけなかったのに、頼みの街道は現地の情勢悪化で封鎖中。地元の人間が使う裏道は、どうやら今後は解放されそうだが、子連れで旅人が使えそうかはまだ未知数だ。

 街道の封鎖に関しては現地の内政的な事情が絡んでいる。グラン達の人脈を駆使しても、手が及びそうには思えない。その人脈も、今回の上空施設の騒動を、世間的にどう穏便に片付けるか手を打つのに、今は優先されそうだった。



「山肌にかかった影を見て、なにやらやっているのだろうなと思ってはいたが」

 フォルツもルスティナも不在だと、さすがに自分が出てこなければいけない仕事があるらしい。夕刻に近い頃合い、離宮の庭で兵士達数人と打ち合わせの途中だったエスツファは、ぞろぞろ戻ってきた一行を、あきれ半分の様子で出迎えた。

「毎度ながら、元騎士殿が動き出すと、勢いがすさまじいな。もう解決であるか」

「原因はなんとかなったけど、問題は終わってねぇよ」

「まぁそうなのだがな」

 フォルツがカイチの村に向かうのに手配した荷馬車と、リノの荷車に分乗し、グラン達はやっとカカルシャでの拠点である離宮にたどり着いた。といっても、ルスティナとラムウェジとヘイディアは、イムールの王太子との面会の後、カカルシャ側が手配した馬車と馬とで先にカカルシャの騎士団本部に向かっている。

 今一緒に戻ってきたのは、グランとエレムとランジュ、それに村でランジュの面倒を見ていたリオンに、ユカとクロケ、ついでに白龍という、いつもの顔ぶれだった。ミンユとレドガルはカイチの村に残り、レマイナ神官たちと引き続きエトワールの世話をしている。

 子供達は一通りエスツファに挨拶すると、白龍が定位置にしているたき火のそばで好き勝手やり始めた。

「おれも先に、キルシェ殿から知らせを受けていたからな。ラムウェジ殿とルスティナから相談があるだろうと、オルクェル殿には事前に言っておいた。今頃揃って、騎士団本部で口裏合わせではないかな」

「昨日のあれ、ここからも見えてたんですか?」

 エレムが言っているのは、山肌を覆った黒い影のことだ。エスツファは感慨深げに頷いた。

「かなりの広範囲だったぞ。雲もないのにそこだけ真っ暗になっていたから、さすがに今まで見たことがないと市民達も騒いでいたようだ」

「あの施設丸々使って、法円作ってたからなぁ……」

「で、あの御仁がその張本人なのか」

 一行から遅れ、フォルツに伴われて現れた人影を見て、エスツファは面白そうに顎を撫でた。

 周りをそれとなく兵に囲まれているが、拘束もされずに歩く黒い人影は、興味深げに辺りを見回している。

「ほう、ここが貴殿らの拠点か。小国の軍隊が間借りしているにしては、なかなか立派だな」

「まぁ、エルディエルの七光りのおかげって自覚はある」

「慣れてくると意外としゃべる人だよね」

 フォルツとリノに挟まれて歩いてくるコルディクスは、自分が悪さをしていたとは思っていないため、態度も感想も尊大だ。グラン達と一緒の、将官服姿のエスツファを見ても、物怖じしたそぶりはなく、

「貴殿が責任者か、ラムウェジ殿にここに世話になるよう言われている。よろしく頼む」

「研究者気質の寡黙な人物と聞いていたが、人が苦手とかいうのはなさそうであるな」

 頭も下げないコルディクスを、エスツファは不快に思う様子もなく、こちらも無遠慮に上から下まで一通り眺めると、

「なるほど、黒き人であるな」

「なに感心してんだよ。お前も、黒い服はもう禁止だからな」

「と、この男に脅されているのだが」

 さすがにこの点は異論があるのか、訴えかけるようにエスツファを見上げ、

「黒は黒だが、そもそもの観点(コンセプト)が違う。むしろ好みで黒い格好をしているだけのこの剣士より、扱う力との調和もある私の方が違和感がないと思われるのだ。この剣士の方が他者とのかぶりを認める寛容さを」

「うるせぇそれっぽいこと言ってごまかそうとしてるんじゃねぇ」

「まぁその問題は別の場所で議論してくれ、さすがにこちらには優先順位が低すぎる」

 エスツファは笑いながら話を遮ると、コルディクスの横で妙にどんよりしているリノに視線を向けた。

「リノ殿も、大活躍だったようなのに、なにやら元気がなさそうだな」

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