5.巫女様の課題<4/4>
ユカの背景について知っているルスティナは、ユカに決断を強いるようなことはしなかった。一方で、グランはそもそも、ユカの行く末など自分には関係ないので、身の振り方に口出しはしてこなかった。単純に、相手をするのが面倒だったのかも知れない。
ユカ自身、周りの配慮や、逆に配慮のなさに乗っかって甘えていた面は否めない。
「で、提案なんだけど、ユカちゃん、ここから先は、私と一緒に来ない?」
「はい? ですの?」
思ってもみなかったラムウェジの言葉に、ユカはぎこちなく首を傾げる。
「ユカちゃん、レマイナと属神の関係って、知ってる? 世間一般的なものでいいんだけど」
「えーっと、レマイナは大地の女神なのですの。大地はすべてのものごとの中心で、水や風や命は大地を器にしてぐるぐるまわっているのですの」
「そうそう、つまり、神学の基本はレマイナなの。すべての神はレマイナとつながっているから、法術の基本的な考えも変わらない。レマイナについて学ぶことは、ほかの神についても学ぶことになるんだ」
「そ、そうなのですの」
「あと、興味があるなら体術(柔術)も教えられるよ。私は、エレムの師だから、エレムよりも強いんだ」
「!」
それまで気後れ気味に話を聞いていたユカが、『エレムよりも強い』のところで姿勢を正した。
「私、教会のお役目があるから、あまり一つのところに留まることがないの。次のお役目は、コルディクスくんの身柄を、北西地区のレマイナ統括支部に送り届けることになるだろうけど、北西地区は湾岸地帯だから、もちろんアンディナ教会もあるし、司祭の知り合いもいる。道すがら、いろんな国で、ほかの神の教会にも立ち寄る機会がある。神ごとに扱う法術も特性が変わってくるから、ユカちゃんにもいろいろ参考になるんじゃ無いかと思うんだ」
山奥の町で育ったユカには、町を出てからここまでの行程でも驚きの連続だった。同じ南西地区内でも、少し場所が変われば景色も風習も一変する。それが、北西地区という新たな未知まで示されて、ユカは明らかに興味を示していた。
「レマイナ教会は教育面にも力を入れてるし、各地に学校もあるから、ユカちゃんがその気になれば見学も紹介も出来るよ。レマイナ教会の神学校に通いながら、属神の教会で奉仕してる見習い神官もいるし、履修しても神官にならないで領地や家業を継ぐ貴族や一般市民も多いしね」
「学校……ですの?」
見たことのない果物が次々並べられていくのを見る子供のように、ユカは好奇心半分、警戒心半分で問い返した。ラムウェジはうんうんと頷く。
「私も、当面はラムウェジ様のお供をさせて頂けるそうですし、年の近いユカさんが一緒に来てくれたら嬉しいです」
横で話を聞いていたミンユも、屈託のない笑顔を見せる。
「法術を法具で現す仲間がいたのも、心強いです。法具が無くても法術が現せればいいんでしょうけど、なかなか感覚がつかめないんです。でも同じような仲間がいれば、感じていることを共有しやすいでしょう。法具があるときと無い時で使い分けも出来るようになれば、法術師としても成長できるんじゃないかって思うんです」
ユカはそこで、なぜか微妙に頬をひきつらせた。
いつぞやグランに『そもそもお前の法術だって、法具がなけりゃたいしたもんでもないんだろ』などと言われたのを思いだしたらしい。
一生懸命話しているミンユは、ユカのそんな微細な変化には気づかなかったようだが。
「……ミンユは真面目そうなことを言ってるけど、私も、ミンユには悩みを共有できる年の近い友達がいてくれた方がいいのかな、って単純に思う。それはユカちゃんもそうなんじゃないかな」
ざっくり要約し、ラムウェジは気を取り直した様子のユカに告げた。
ラムウェジは一般市民にも名前が知られる高名な法術師だ。同じ教会内でも、ラムウェジと同行したがる神官達は多い。数日行動を共にしただけの一介の村娘に対して、あまりにも破格な提案とも言える。
ユカは嬉しさ半分戸惑い半分の様子で、横で見守るルスティナに目を向けた。ルスティナは力づけるように穏やかに微笑んだ。
「ルキルアもエルディエルも、旅程は大まかに決まって、帰りに立ち寄れる町も限られている。実は、ククォタのティドレ殿下にも頼んで、ラレンス以外もにアンディナ教会がないか調べて頂いているのだが、今把握しているのは、内海の南端方面にある小さな町くらいだそうなのだ」
ルスティナ達はこの最中でも、ユカの今後についての配慮を忘れていなかった。
「サフアの町を出るとき、ご両親にはユカ殿が安心して旅が出来るように、そしてユカ殿が納得して学べる場所を探すために、アルディラ姫も力添えしてくださるということで、納得していただいた。しかし、どうにも情報が限られて、どうしたものかと思案していた」
ユカはこの時初めて、「お勉強は後からでも出来ますの!」とラレンスのアンディナ教会に世話になる提案を蹴った己を省みたようだった。
冷静にユカの立場を振り返れば、ルキルアとエルディエルの両部隊は、山頂に軟禁されていた自分を解放してくれた恩人なのである。もちろん渦中の人であったグランとエレムにとっては、ユカの解放はただの副産物で、恩に着せるどころか多分、恩義が生まれたことも気がついていなかったのだが。
一行と一緒に行動することで、目にする事柄、起きる事象、すべてが珍しくて面白くて、ユカは自分の今後を考えることをすっかり忘れていた。というか忘れた振りをして先延ばしにしていた。その代わりに、立て続けに起こる騒動の最中にも、周りの大人達は最良の可能性を探っていたのだ。
「しかしここにきて、ラムウェジ殿と思わぬ縁ができた。ラムウェジ殿は、レマイナ教会だけではなく、大陸各地の有力者達にも一目置かれる高名な法術師だ。エルディエル大公とも面識がおありというくらいで、言ってしまえば大陸全土に人脈をお持ちの方だ。
今回、数日であるが私もいろいろ話を伺う中で、ひととなりもある程度知ることが出来、信頼できるお方であると感じた。ラムウェジ殿であれば、ユカ殿を預けてもご両親に面目が立つであろうと考える。アルディラ姫にもご納得いただけるだろう」
「いやー、そんな風に改まって言われると照れちゃうなー」
あははーと、緊張感無くラムウェジは頭をかく。せっかくいい感じなのにと、ミンユが苦笑いを見せた。
「ああ、今すぐ決断しろって話じゃ無いんだ。ルキルアとエルディエルの部隊は、もうしばらくカカルシャにとどまるみたいだし? 多分帰路のしばらくは、私たちもルキルアの部隊と同じ道を使うと思うから、まだまだ考える時間はあるよ。まぁ、今後の選択肢として検討してもらえないかな」
「は、はい、ありがとうございますですの」
お前のためだとごり押しせず、即答も求めない。それがまた、自分を尊重してくれているようで、ユカは緊張気味の笑顔で頷いた。
「……とまぁ、お話はしてみましたが」
話が一段落し、ユカとミンユを部屋から送り出すと、ラムウェジは肩をすくめて振り返った。
ラムウェジとユカの話を見守るよう、口数少なに構えていたルスティナに視線を向ける。
「ユカ殿が、どうした経緯から、今我らとともにいるのか、改めて思い起こせたのならよかった」
「たとえ本当の目的が単純に町から出たいだけだったとしても、『アヌダが本当はなんなのか知りたい』って名分で周りを動かしたなら、そこを果たすのはユカちゃんの責任でもあるしね」
こきこきと肩を回しながら、ラムウェジが答えたところで、扉が外から軽く叩かれた。
「ラムウェジ様、ついさっき、カカルシャの兵士さん方とエトワール殿下の話が一段落しまして」
大きな体を気持ちかがませて、開けた扉の隙間から顔をのぞかせたレドガルが、恐縮そうに声をかけてきた。
「殿下がすぐにでも、ラムウェジ様にお会いしたいと言っておられます」
「あら、お体は大丈夫なの」
「少しお疲れのようですが、感謝だけでもぜひ直接伝えたいのことで」
「こちらは構わないけど、無理されなくてもいいんだけどなぁ」
ラムウェジは首をすくめると、ルスティナに視線を向けた。
「閣下も、よろしければご一緒にいかが」
「殿下がご迷惑でなければ、ぜひ」
「ということで、閣下も同席されるって伝えてもらっておいていい? すぐ伺うわ」
「承知しました」




