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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
逍遥の游子と航夜の灯星
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4.巫女様の課題<3/4>

 コルディクスの立場はと言うと、現状、かなり微妙ではある。

 そもそも、ラムウェジ一行がコルディクスを追っていたのは、新発見された文献に関する資料がコルディクスに無断で持ち出されたこと、それによって未知の施設が占拠されるのを阻止するためだった。当初はコルディクスの目的も不明、施設そのものがどういった目的で作られたのかも判らなかったから、悪用の危険性が懸念されていた。

 山中の裏道を利用していた無関係の者らが、相次いで異形に襲われたのは、確かに問題ではあったが、これはコルディクスの悪意によるものではない。街道が封鎖されて裏道を利用するものが増えた、その結果、幻惑の結界を『偶然』突破して危険地帯に入り込む者が増えたせいだ。当然ながら、街道の封鎖そのものは、コルディクスが意図したものではない。

 コルディクスは追っ手を妨害するために、上層七つの宮の衛士の行動範囲設定を書き換えてしまったが、通行人への無差別な襲撃を意図していたわけでもない。イムールやハンジャの要人を故意に襲おうと思っていたわけでも、当然無い。

 意図がなかったら他者を危険にさらしてもいい訳ではないが、今回は状況的に特殊すぎる。

 仮にコルディクスを、「異形を操って多くの通行人に危害を加え、被害者を連れ去っていた犯人」としてカカルシャに突き出すとしたら、上空にある古代施設のことまで説明しなければいけなくなる。それに、消息を絶っていた多くの者は、治療のために下層六の宮に収容されているだけで、回復したら地上に戻されるはずだ。どういう形になるかは見当がつかないが。

「貴殿に対する罰は、レマイナ教会側に任せるとして、それ以外のつじつまを、表向きどう合わせるかであろうな。偽の盗賊騒ぎをでっち上げてあるから、それを利用するのが手っ取り早そうだが」

「おれは貴殿らがどのように判断しても困らないぞ、自分の命に危険が及ぶなら逃げればいいのだ」

「あなたが困らなくても周りが困るの!」

 胸を張るコルディクスは、後ろからの声とともに両頬をつまみ上げられて目を白黒させた。

 頭の後ろから、ラムウェジがあきれた顔でコルディクスの顔をのぞき込んだ。

「あなたがしでかしたことで騒ぎになってるんだから、反省するふりくらいはしなさい!」

「ふぁい……」

 ふりでいいのか、と突っ込みもせず、コルディクスはおとなしく頬をさすっている。ラムウェジは放したコルディクスに、「めっ!」と睨むそぶりすると、あらためてルスティナに笑顔を見せた。

「閣下、コルディクスくんの面倒まで見ていただいてありがとうございます」

「いや、フォルツ殿が頭数を揃えて駆けつけてくれていてよかった。この状況で、コルディクス氏をカカルシャ側に預けるわけにもいかぬ」

 もちろんフォルツが駆けつけてきたのはエスツファの判断によるのだろうが、天幕まで持ってきてくれたので、村の者に聞かれたくない内密の話もできる。エスツファが来なかったのは、オルクェルを通じてアルディラに後援を打診する計算があるからだろう。

「少し落ち着いたら、私もエトワール殿下にお会いできると思うの。この件の後始末のために協力をお願いできる方かどうか、人となりを探ってみるわ」

「殿下の一行は、異形に直接遭遇しているからな。逆に説明しやすいかも知れぬ」

「あとは、イグシオくんが、騒ぎにならないようにうまく連絡してくれてると助かるな」

 イグシオは一足先に、カカルシャの騎士団本部に戻っている。

 警備兵と騎士団に対し、「問題は解決したが公に出来そうにない事柄が多く、ラムウェジから詳しい報告をするまでは状況を伏せていてほしい」という旨の、報告なんだかよくわからない内容で時間を稼いでいるはずだ。

 ルスティナは頷くと、

「して、エレム殿とグランの様子はどうであった? 起きるのもままならぬようだとの話だったが」

「ああ、あれは半日走り詰めだったせいね」

 ラムウェジは肩をすくめた。

「いくら職業傭兵だって、何時も走りっぱなしじゃ体に負担がかかるでしょう。まぁ、葉っぱ(おくすり)出しておいたから、お昼ぐらいにはなんとか起き出してくるんじゃないかな。体が動かせるようになれば、おなかがすいてるのも思い出すでしょう」

 そこまで言って、ラムウェジはふと視線を動かした。話が一段落したのか、話すだけ話してすっきりした様子のユカが、天幕の外に現れた。ラムウェジが大きく手を振る。

「なにか、ご用ですの?」

「うん、ユカちゃん、今からちょっと時間もらってもいいかな?」

 早足で近寄ってきたユカに、にこにことラムウェジが問う。ルスティナも、何かに思い当たったように頷いた。



 エトワールが目覚めたという一報で、レマイナ教会の建屋は、カカルシャ兵たちが集まっていて慌ただしい。前にお茶を供された一階のホールは、人が頻繁に行き来して落ち着かないのでと、出迎えたミンユは二階の奥まった部屋に一行を案内した。

 小さなテーブルに、ユカとラムウェジが向かい合い、同席しているルスティナはテーブルから少し離れて二人を眺めるように椅子に腰掛けている。冷えた茉莉花茶の椀を全員に供すると、ミンユは座らずにラムウェジのそばに控えている。

 ただの内輪の話なら、天幕を使えばいいだけなのに、こんなところまで連れてこられた意味がわからず、さすがにユカも訝っている。

「この一件の間に、ルスティナ閣下ともお話ししてたんだけど」

 一方のラムウェジは、天気の話でもするような顔で切り出した。

「ユカちゃんって、アンディナについて知るために町を出たんだよね? ユカちゃんの町で祀られている水の神様が、アンディナと同じかも知れないってことで」

「そ、そうですの。山頂に水をくみ上げていた仕組みが、アンディナの法術に関わりがあるものではないかと、思われるのですの」

 ユカはそもそもサフアの町で祀られていた『アヌダ神』の巫女に選ばれ、社に仕えていた。仕えていたと言えば聞こえはいいが、山頂の泉の水量を回復させる儀式のため、加えて巫女の神秘性を高めるために、山頂の社に軟禁されていたというのが実態である。

 その山頂の泉の仕組みが、元を正すと古代遺跡の転移の法円に、アンディナの法術師が若干改変を施したものらしい。言ってしまえば、アンディナの法術によって作動する井戸のようなものだった。

 アヌダの巫女の神秘の力は、アンディナの法術と同じものであると思われる。社に伝わる法具の作用で強化され、現れ方も法術と違って見えるために、今まで気づかれなかったのだ。

 なんだかんだで山頂の泉は崩壊し、代わりと言ってはなんだが、崩落した古代施設跡から水が流れ出したことで、山頂の泉の水量を維持するための巫女の儀式は不要になった。そのどさくさで、ユカはエルディエルとルキルアの庇護を得て町を出たのだ。表向き、『どこかに存在するアヌダの社に感謝を捧げにいく』という名目で。

 当初のユカの話では「アヌダがアンディナと同じものであるなら、アンディナについて知りたい、アヌダの巫女に仲間がいるかもしれない」とのことで、一行は旅程のついでに内海にあるアンディナ教会を目指していた。しかし実際にアンディナ教会があり、そこで学ぶことも歓迎されたはずのユカは、

「皆さんと一緒の方が面白い」と、一旦教会へ預けられることを保留にしてしまったのである。

 しかしルキルアもエルディエルの一行も、永遠に旅をしているわけにはいかない。

「……カカルシャの式典も終わって、ルキルアとエルディエルの皆さんは、ここから折り返しの帰り道になるのは知ってるよね? で、ユカちゃんのおうちのひとには、アルディラ姫とルスティナ様が目的地まで面倒をみてくださるってことで、町を出ることを納得してもらってたんだよね?」

「は、はいですの……」

 アンディナは海洋神だから、内海湾岸に教会建屋があることは事前に予測されていた。ルキルアとエルディエルの行程とかぶるため、同行すれば安全に送り届けられるという前提で、ユカの家族には納得させたのだ。

 先だってのラレンスの騒動の時に、アンディナ教会預けが保留になったのは、内海近辺は帰り道も通るからと、カカルシャに向かうまでに方針を探ればよいだろうという、エスツファのいい加減もとい柔軟な意見があったからだ。

 しかしここに来るまでも騒動の連続で、正直、ユカの先行きになんらかの指針が示されたかというと、そんなことは無かった。しかし折り返しの期限は迫っている。アンディナ教会に世話になるのが気が進まなかったからと言って、ユカがもとのサフアに戻りたがるわけもない。 

 このまま目的も無くルキルアやエルディエルまでついていくのかと問われれば、ユカはきっとその方が楽なのだろう。だが、ユカが客として面倒を見てもらえているのは、旅路の途中という現在の状況故だ。どこかでユカは、自分について決断しなければいけないのだ。

 ずるずる後回しにしていた課題を改めて突きつけられ、ユカは歯切れ悪く頷いた。

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