3.巫女様の課題<2/4>
「だから、お空の上に苺みたいな卵みたいな形の建物が浮いてるのですの。それが蜂さんたちの巣だったのですの」
「うーん?」
「大きな蜂さんが、建物のなかで働いてるのですの。蜂さんの女王様が、けがをした人を助けて看病してくれてたのですの」
「うーん??」
それは、村外れの広場に急遽作られた天幕の中。
片隅に用意された椅子に腰掛け、ユカが説明しているのだが、聞いているフォルツとリオンは不明瞭な相づちを返すだけである。
ユカは一足早く、キルシェに抱えられてこの村に『届けられて』いたのだが、どうにもキルシェの転移の仕方が体に合わなかったらしい。レドガルとリオンに介抱されて目を覚ました後もしばらくは、船酔いに似た症状が続いて、『近々みんなが戻ってくるだろう』以上の話ができなかった。
一晩休んですっかり調子を取り戻したユカは、一生懸命自分の見たものを説明しているのだが、フォルツとリオンはどうにも想像が追いつかないらしく、反応が鈍い。
その様子を微笑ましく眺めていたルスティナは、結局眺めるだけで説明の補足もしないまま、その場を離れて天幕の外に出た。
この村で、一行の拠点として都合のよかったレマイナ教会の診療所は、エトワールの目覚めの報を受けて飛んできたカカルシャの騎士や、王宮の重鎮などが顔を出して、今はとてもよそものが近づける状態ではなかった。
ここでもフォルツの連れてきた兵士達が活躍し、到着するや否や、自分たちの拠点として、天幕をしつらえておいたのだ。グラン達の宿泊や食事は村の住民に依頼できても、押しかけてきた兵士達の世話まで頼むわけにはいかない。それに、一行が戻ってきたら、一連の出来事の報告や、今後の相談をする場所が必要だった。
天幕の外では、切り株や木材を椅子代わりに、三つの集団が出来ていた。
「東方には、紙や木切れで作った人形を使役する術士がいるのだ。こちらでは土塊の人形を使役する者があるらしいのう。童子はずっとあの谷で寝ていたから、見たことはないが」
「私が見た蜂や蟻たちは、生命や意思を宿してはいなかったようにございます。魔法力は生命力とは異なるもののようでございました」
「あれらは設定された動きをしているだけのからくり人形だ。ただ、その設定の数が尋常ではないのだ」
相変わらず勝手に起こした焚き火を囲んで、シャザーナ風の高貴な装いの子供と、ちょっと時代の古い貴族風の美青年が、クロケとヘイディアを相手になにやら講釈を続けている。ランジュも横にいるが、焚き火の中に放り込んだ芋を棒でつついていて、話を聞いているわけでは無かった。
「精霊を使役して人形に入れた方が早そうなものじゃ」
「数もいっぱいいたさ。それに普通の精霊じゃ、宿ったものを動かすなんてできないさ」
「まぁ、塵芥のようなその辺の精霊では無理か」
「ちりはつもるのですー」
「つもりつもってそこそこ力を得るものも、あるにはあるのだがな」
耳で拾った言葉に反応しているだけのランジュに、白龍は律儀に返している。
白龍とジェームズは、そもそも意思を持った『力のかたまり』であり、自分の力だけで人の姿に具現化している。学者の間には、力と物質は等しいという理論があるらしいのだが、その場にいる誰にも、理屈はさっぱりだった。
ルスティナは彼らのやりとりを眺めた後、少し離れた場所に視線を移した。
真っ黒な外套をまとった細身の男が倒木に腰掛け、信じられないものを見る目で、焚き火を囲む一団を見つめている。
「なんなんだこれは……、法術師に魔法使いだけならともかく、人間に擬態できるほどの力ある精霊だと? しかも会話が成立するほどの知性をもっている? というかあの小さいのは……」
それとなく周りを兵士が固めているが、コルディクス自身を拘束するものはない。
蜂に抱えられて地上に運ばれている間、それこそ連射式弓矢のような勢いで質問をあびせかけていたコルディクスは、地上でラムウェジと顔を合わせたとたん、青ざめて急に無口になってしまい、拘束を解かれた後も大人しくついてきて、逃げ出そうともしなかった。
さすがに不審そうなグランに問われたら、
「あんな恐ろしいものに逆らったら、普通の生活をするしかなくなってしまうではないか」
と意味の判らない返事をしたきり、それ以上の説明は無かった。しかもその後ろでは、リノがうんうんと頷いていた。
ラムウェジ達にとってコルディクスは、レマイナ教会の研究成果を盗み出したなりすましの研究員だ。奴が古代施設の設定に介入したことが、街道の裏道でのけが人や失踪騒ぎにつながっているのだから、なんらかの処罰は必要そうなものだが、その罰を与えるのがどこになるかは、皆目見当がつかない。
今の段階で身柄をカカルシャに任せるわけにもいかず、今村にいるレマイナ教会の神官達ははエトワールとその従者の世話にかかりきりで援助が見込めない。事後処理で忙しいラムウェジの頼みで、事情がなんとなくわかって融通の利くルキルアの部隊が、一時預かりしている状態だった。
「どうだ、なにか不自由していることはないか?」
ルスティナは半ば呆然としているコルディクスの隣に立つと、穏やかに問いかけた。
「いや、不自由どころか、どうにも扱いが悪くなくて、驚いているくらいなのだが……」
布のやたら多い黒の外套、その下のぴったりしたシャツもズボンも黒、ついでに髪も黒。闇そのものを人として現したような姿のコルディクスは、意外に人並みな感想を述べ、理解に苦しむような顔つきで眉を寄せている。
「皓月将軍とやら、貴殿らの国ではああいうのは珍しくないのか」
ああいうの、と示された一団を見やり、ルスティナはわずかに首を傾げる。
「ヘイディア殿はエルディエルの公族に仕える法術師だが、それ以外の彼らは道すがらに知り合った客人であるよ。勝手に同行している者もいるが、害がないのでな」
「害がないって……」
「ああ、あとランジュはグランとエレム殿の連れだ。表向き、二人には我らの護衛として同行してもらっている」
「あの小さいの……ランジュ? ラ……」
何げなく口にしてから、コルディクスは顎が外れるような勢いで口をあけた。
「ま、まさかあれが、あの黒い奴に?!」
「貴君も黒ではないか」
「いやそうなんだけど、ええ?! なんで?!」
「拾ったとは言っていたが」
「いやいやその辺に勝手に落ちてるもんじゃないでしょ!」
のんびり答えるルスティナと、焼きあがった芋を串に刺したものを与えられてふーふー吹いているランジュを、コルディクスは三度ほど交互に見比べ、
「それで施設の管理機構が全面的に奴の味方についていたのか。あんなのに敵うわけがない……」
と少しの間頭を抱えていたが、急になにを思い直したのか、しゃっきり起き上がり姿勢を正した。
「いやむしろ、あいつらがいなかったらあの施設は制圧できていたのだ。おれの能力に不足があったわけではないなら、仕方ない結果と言え……」
「なかなか前向きなのだな」
ルスティナは素直に感心した様子で、ブツブツ言い始めたコルディクスを眺めると、
「貴君は研究対象として施設そのものを得たかっただけで、それを使って悪さをしようとしていたわけではないと聞いた。施設の衛士たちが地上で遭遇した人間を攻撃していたのも、貴殿が意図的に危害を加えようと思ってのことではなかったのだな?」
「そもそも、追ってくるのはレマイナ教会の奴らくらいのはずだったからな。ある程度力のある法術師なら、幻惑の結界を突破できるかも知れないと予測はしていたが、地上の結界そのものが不安定になった原因は判らんよ。おれが無理矢理『頭脳』に介入したことで不具合が起きたのなら、迷い込んだ民間人には不幸な事故だったと言うしかないな」
悪意はないが、反省もしていなそうな口ぶりだ。




