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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
逍遥の游子と航夜の灯星
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1.空の騒乱、地の当惑

「本当に、(フオーリ)に戻らなくてよかったのかなぁ」

 カイチの村の外れ、レマイナ教会の庭から、背後に広がる山並みを見上げ、リオンがぼそりと呟いた。

 カカルシャの騎士に連れられ、グラン達が村からつながる山中の裏道へと旅立っていって早半日。

 この村でレマイナ教会関係者の拠点になっている、教会の分所で、リオンとランジュは世話になっていた。最初の予定であれば、昼頃にはいったん、カカルシャの衛兵に伴われて王都に戻る予定だった。

 ラムウェジ達の目的は、カカルシャ側の使者役として、イムールの王都にあたる町に訪問することだった。

 けがをしたエトワールがカカルシャ領内で保護されていることを伝え、その原因となった裏道に正体不明の異形が現れて人を襲っているらしいことについて、イムール政府に調査協力を求めるための訪問だった。

 かなり首尾よくいったとしても、二日以上はかかる見込みだったから、一行が不在中、ランジュを自分だけで預かって村に滞在するのはさすがにはばかられたのだ。

 それが、グラン達の出立から半時(一時間)ほど遅れて、

「遅刻、ちこく~」

 曲がり角で誰かとぶつかったら恋でも生まれそうな勢いで、荷物を背負ったリノが誰にも案内されずに村の裏に向かって駆けて行った。そういえば、朝一緒に来た後、いつの間にかいなくなったとは思っていたが、リノが突然現れるのもいなくなるのもいつものことで、リオンはすっかり忘れていた。

 そうかと思えば、そろそろ拠点であるカカルシャ王都フオーリまで戻る準備をしようと、建屋の庭で遊んでいたランジュを回収に行ったら、朝は姿のなかった白龍が、ランジュ相手に盤を使った遊戯をしている。どうでもいいがあの盤、どうやって持ち歩いているんだろう。

 シャザーナの貴族の子供のような姿の白龍はリオンを見るなり、つり目気味の目を愉快そうに細めた。

「風の子よ、なにやら面白くなりそうだから、まだ村にいた方がよいぞ」

「面白く?」

 ランジュと遊ぶ遊戯など陣取りくらいだろうに、出立を遅らせるほどのことでもないだろう。

とも思ったのだが、それに応えるかのように、

「エトワール殿下がお気づきになられました!」

 との、看護役の神官から報告があり、分散して待機していたカカルシャ兵がにわかにいろめきたった。無理をさせないように面会だ、状況説明だ、と、右に左にの騒ぎになり、子供達の相手どころではなくなってしまった。

 この状況では、自分たちだけ村を出るのもままならない。一方で子供がひとり増えているのに気づいた村人が、厚意で昼食を用意してくれた。教会建屋の近くの家の軒先に呼ばれ、芋と豆を主体にした素朴な食事の後、雑談がてらお茶をごちそうになっていたら、

 眺める山地の上空がにわかに暗くなった。

 雲がかかっているようにも見えないのに、上空のごく狭い部分だけが真っ暗になり、山頂近くの山肌に影を落としているのだ。

「なんだろう? あそこだけ雨が降ってるのかな? 変な暗くなり方だなぁ」

 山の天候に疎いリオンは、単純に不思議に思っただけだった。しかし、村の大人達が集まって騒いでいる様子を見て、やっと、住人も遭遇したことのない事態が起きているのだと認識した。

 ランジュと並んで、固めた芋菓子を食べていた白龍が、暗くなっている方角を眺めて目を細める。

「お、やっておるな」

「? なにが?」

(ことわり)が集まりすぎて嵐が起きたようなものだ」

 白龍は勝手に納得した様子で、控えめに香辛料を散らした茶をすすっている。食べるのに夢中なランジュは、もちろん人の話など聞いていない。

「……なんだかいろいろ慌ただしいのは判ったけど、夕方には町に戻っていたいんだよね。エスツファ様にもオルクェル様にも報告しなきゃいけないし……」

「待っていれば向こうから来ると思うが?」

 いちいち白龍とは話がかみ合わない。

 なんにしろ、エトワールが目が覚めたなら、王都に急ぎの連絡をするだろうから、それに併せて自分たちも遅れる旨をオルクェルに伝えてもらおうかと、ランジュの相手を白龍に任せてリオンは教会建屋に顔を出した。伝令兵になにやら指示していた兵士が、案の定、リオンを見て『すっかり忘れていた』という顔をした。

「ああ、君たちを一緒に町に連れて帰る手はずだったな。すまない、これから早馬を町に送るから、もう少し待っていてくれないか。夕刻までには増員できるはずだから」

 どのみち、ランジュを連れて徒歩では戻れない。早馬ついでに、エルディエルの部隊にも状況が変わった旨を伝えてもらうよう頼んでいると、ラムウェジの従者であるレドガルが首と肩をポキポキ鳴らしながら外に出てきた。

「ああ、リオンくん。やっとエトワール殿下がお目覚めになってね」

 ほんのすこーし法術の素質のあるレドガルは、エトワールがカカルシャの兵士と会話する間、様子を見るため立ちあっていたのだという。

「怪我自体はもう癒えていて、あとは体力の問題だったからね。お疲れではあったけど、お話もしっかりしておられたよ」

「そうですか、よかったです」

「ところで、まわりの地の力に若干変化があったような気がするんだけど、なにかおかしなことはなかった?」

「え? 地の力かどうかは判らないですけど……」

 と、北側に広がる山並みに目を向ける。雲もないのに真っ暗になっていた場所は、今はすっかり元に戻っていて、どうにも説明しづらい。そういえば変化が起きたのは、ラムウェジ達が異形に遭遇したとか言う山中ではないか。

「ラムウェジ様がまたなにかやらかしたのかなぁ……」

 レドガルは、言葉の端にこれまでの苦労を忍ばせるように呟いた。

 大陸最強級の法術の使い手となると、行く先々でいろいろ不思議な出来事に遭遇するものなのかもしれない。自分がこれまで遭遇してきたことを棚上げして、リオンはレドガルとミンユの苦労を慮った。

「もし町に帰るのが遅くなりそうなら、今日は教会の建屋に泊まるといいですよ。あんまり夜遅くなると、ランジュちゃんもかわいそうです」

 レドガルは親切に付け加える。

「ここは部屋数もあるし、レマイナ教会の神官は、旅人の世話にも慣れてるからね」

「はい、そうなったらよろしく……」

 お願いします、と言いかけ、リオンはふと、自分たちの真横の空間に、――教会の庭先のそこそこ掃除の行き届いた砂利混じりの地面に目を向けた。レドガルもなぜか、同じように視線を動かす。一拍おいて、

「ったくもー。人使い荒いんだから」

 いきなり地面の上に光の法円が描かれた。

 と思ったら、その上の空間に、陽炎のように揺らぎながら薔薇色の髪の娘が現れた。

 ぎょっとして飛び退く二人の前で、キルシェは疲れたように首を回しながら、

「夜中までには戻ってくるから(ここ)で待っててって、グランと皓月将軍からの伝言よ」

「な? な? なん……」

「詳しい話はこの子に聞いといて。あたし、エスツファのおじさまのところにも行ってくるから」

「な、この子、って、ええっ?」

「グランも、もうちょっと気遣いってものがあってもいいと思うのよね」

 勝手なことをぼやきながら、キルシェは左腕に抱えていたものをレドガルに押しつける。

「じゃあねぇ」

「じゃあねって、な、なんなの? ええええっ?!」

 あまりのことに声が出ないレドガルと、声は出るものの言葉にならないリオンに軽く手を振ると、キルシェは飛び跳ねるように、空中に描いた法円に頭から飛び込んでいなくなってしまった。

 残されたのは、唖然としているリオンとレドガルと、レドガルに抱えられた、丈の短い法衣を着た青みがかった金色の髪の娘。

「てか、ユカさん? あのひと閉じ込められてたんじゃなかったの? ってなんで目を回してるの、ちょっとー!」

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