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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
星の王太子と降星の荒野
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69.昼と夜のむこうに<2/4>

 七つの宮が展開させた法円の更に下、六の宮が形作る黒い円に浮かび上がる太陽の光影を注視していたコルディクスは、はっとして振り返った。

 黒い鳥かごの後ろから飛び出してきた小柄な白い影が、軽業師のように大きく中空に踊りあがり、コルディクスに向かって脚からつっこんできたのだ。

「小賢しい!」

 反射的に振り返ったコルディクスの、かざした左腕に、黒い法円が小盾のように現れる。

 ミンユの靴の裏が、盾となった黒い法円を的確に踏みつけた。小柄とは言え体重を乗せた上に、落下の勢いが相乗して、普通なら受け止め切れないはずの勢いの蹴りと、左腕だけの防御の力は、奇妙な均衡を保ち、ミンユの体を一瞬、中空に静止させた。

 ミンユはすぐに足を折り曲げ、法円の盾を踏み台にするように蹴り飛ばした。離脱する勢いをまともに受け、防御の姿勢のままの踏ん張っていたコルディクスの足が、そのまま後方にたたらを踏む。

 その背後、宮の外郭から飛び上がってきた『ちいさなもの』――ラサルが、足場の端で、抱えていたものを放り出した。足場に降り立ったエレムは、駆け始めると同時に、背中に背負った剣を引き抜いた。

 こちらは足を使ってコルディクスに向かってくるため、ミンユより到達が若干到達が遅い。コルディクスは今度は右手の指を素早く動かし、剣を振り上げるエレムとの間に大きな法円を作り出した。

 さっきと同じ効果の法円なら、物理攻撃にも耐えうる盾になるはずだ。その法円に向かって、

 エレムの背後から、もう一体の『ちいさなもの』に抱えられて飛び出した小男が、握った投擲機にしかけた透明な石を、立て続けに打ち放った。

 ただの石なら、はじかれて終わりだったはずだ。だが、展開した黒い法円にぶつかった水晶玉は、光の法円を空中に描きだした。黒い法円に穴が開き、その隙間から、コルディクスの驚愕した顔がのぞく。

 エレムは踏み込みながら、形を維持できなくなった黒い法円を、構えた剣で切り裂いた。

 エレムの剣には刃がない。だが、大陸最高の強度と硬度を誇るサルツニア鋼鉄の剣身は、強力な打撃武器として、霧散する黒い法円ごとコルディクスの体を殴り飛ばした。

 消えかけてはいたものの、黒い法円のおかげで、衝撃は緩和されたのかもしれない。それでもコルディクスは、人間ひとりの背丈分は後ろに弾き飛ばされ、自分が作ったまま放置していた黒い鳥かごに、背中から叩きつけられた。

「な、なんだ貴様ら、衛士に回収されてるはずじゃ……」

 立ち上がろうとするものの、背中の痛みで腕に力が入らないのだろう。それでも、床に触れた右手の指先が、小刻みに動いているのを見て取って、ミンユが再度、踏み出そうと足を引く。

 そのミンユの動きを制するように、

「まったく、やってくれたわね」

「おわっ」

 美しく塗られた爪を持つ指先が、後ろからコルディクスの首を鷲掴んだ。

「久しぶりって言えばいいのかしら、こっちでどれくらい時間が経ってるかよく判らないけど」

「あ、暁の魔女……」

 リノの放った水晶玉に穴を開けられた『鳥かご』から腕を伸ばしたキルシェが、ぽっちゃりした唇をコルディクスの耳元に寄せる。

「キルシェちゃんさ、無事だったんさー」

「そういえば、そんな話から始まってましたね……」

 ミンユの後ろから遅れて現れたクロケが、明るく声を上げる。逆に、キルシェのことなどすっかり忘れていたエレムが、目をしばたたかせて呟いた。

 一気に形勢が逆転し、コルディクスは動きを凍り付かせたものの、

「なにやってるんだ、私が襲われてるんだ、護れ!」

 さっきまで自分がいた場所のそばで、静止している衛士に向かって声を張り上げた。管理者として登録された人間が、他人に暴力を受け、身体的に拘束されようとしているのを、なぜ黙って見ているのか。

 蛇遣宮の衛士である「おおきなもの」は、しかし、宙で静止したまま、鈍い動きで首を動かした。

『……天秤宮で修正機構作動。安全設定が蛇遣宮の頭脳を走査、不正改変設定を隔離作業中である。同時に管理権限者一名の不正登録が確認され、登録解除に伴う対応を計算中である』



『蛇遣宮の修正機構が作動開始しました。現在不正改変設定を隔離中です』

 それは、天秤宮の王台の中。

 浮かび上がった女王の虚像の前に、人間の頭ほどの大きさの光の法円が浮かんでいる。それに左の掌を押しつけて、『生体認証』とやらを済ませたグランは、女王の報告に疲れた様子で肩を落とした。

「ほんっと、今回は死ぬかと思ったぞ」

『身体機能に不安があるのなら精密検査が可能です』

「そういう意味じゃない」

 あくまで真面目に返してくる『女王』に、グランは更にげんなりと答える。その後ろで、

『どこに行っても無茶ばかりするのだな、黒いの』

「今回は俺の無茶じゃねぇよ!」

 光り輝く半透明の一角獣、ジェームズにあきれた様子で呟かれるが、さすがに今回は怒鳴り返すのも力が入らない。

 息もできない勢いで、天秤宮のそばまで投げ飛ばされたグランの体を拾い上げたのは、天秤宮の衛士ではなく、このジェームズだった。クロケが大丈夫と言ったのは、自分たちを追いかけて上昇してきたジェームズに気がついたからだったのだが、だったらそれを先に言え。

 もともと実体を持たない「ちからのかたまり」である精霊のジェームズは、半具現化している状態でも、施設の警戒機構には存在として認識されない。人間からは目に見えるし、体にも触れ(ているように思え)るのに、物体としては存在していないのだ。

 ジェームズはグランの自分の背中に放り上げると、天秤宮の下部に開いた出入り口から中に入り、そのまま王台に直行したのである。なぜジェームズがグラン達を追いかけてきたのかといえば、

『ルスティナ殿に、貴様を手助けしてやってくれと頼まれたのだ。聞かぬ訳にはいかぬだろう』

「……」

 グランは返答に詰まると、宙に浮かぶ女王に向き直った。

「コルディクスはどうなった、俺と一緒にいた奴らは……」

『不正に管理者権限を取得した人物は、蛇遣宮の王台上部通路出入り口に所在。あなたの同一個体達に確保されました』

「それも、もういいんだけどな……」



『グランバッシュ殿が天秤宮の頭脳に接触成功。蛇遣宮の異常箇所の修正が開始された』

 エレムの背後に控えていたラサルが、淡々と説明する。

「あなたはもう、この施設には何の権限もないようですよ」

 喉を押さえられ、コルディクスは息をするのがやっとの状態だ。剣を背中の鞘に収めながら、エレムが気の毒そうに声をかけた。

 グランがミンユに投げ飛ばされ、周囲にいた『おおきなもの』たちが落下するグランを追いかけていなくなるのと入れ替わりに、宝瓶宮の衛士としての追加設定を施されていたラサルの仲間が一体、残った人間達のところまで追いついてきた。

 ミンユはクロケが抱え、エレムとリノは、ラサルとその仲間に抱えられて、蛇遣宮の天頂にある足場近くまで移動できたのだ。

 そのときには既に退去の制限時間は切れ、法円は発動を始めていたが、周りにほかの宮の衛士がいなかったので移動の妨害も受けなかった。

「おかげでやっと戻って来られたわ」

 ミンユから遅れて現れたクロケに、キルシェはにっこり答えると、あいていた右手で、近くに転がってきた水晶玉を拾い上げた。『鳥かご』を構成する魔力を吸い取ったことで、透明だった水晶玉は黒い光を放っている。

「あたしが使った法円をこんな風に応用したのね、さすがこそ泥くん」

「褒めるならもっと含みのない褒め方をしてよぅ」

 抗議しながらも、リノは自分がコルディクスに投げつけた水晶玉を、せっせと拾い集めている。キルシェは手に持った水晶玉を握りしめた。

 途端に、水晶玉は黒い光の塊に姿を変えた。その光はすぐに、意思を持った黒い蛇のように勝手にコルディクスの体に巻き付いて締め上げる。コルディクスが蛙のような悲鳴を上げた。

「ていうか、面白い力なのさ。何かの力を利用してるけど、精霊みたいに意思のあるものじゃなさそうなのさ」

 クロケは興味津々の様子で、身動きできなくなったコルディクスをのぞき込む。

「他の力の影響を抑える、絶縁体みたいな力さ。すごく身近な気がするけど、なんなんさ、これ?」

「あ、当たり前だ、これは宇宙の空白を満たす力、暗黒物質の……」

「これは古代魔法の一種なのよ」

 得意げに語り出そうとしたコルディクスの喉を押さえつけて黙らせ、キルシェが答える。

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