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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
星の王太子と降星の荒野
554/622

66.太陽の道 星の道<11/12>

 変化は突然だった。それまで、グランたちが進むごとに現れていた通路の足場、蜂たちが姿を変えている石板の中央にある魔力石が、黄色く明滅を始めたのだ。

「……なんだ? どうしたんだ?」

『蛇遣宮が「時の裁定」対応機能の稼働を申請し、天秤宮がこれを了承した。宝瓶宮と双児宮の頭脳が再構築を完了次第、七つの宮は「時の裁定」実行体制に入る。想定時間は四分の一時後』

 横を併走するように飛んでいたラサルが、淡々と説明する。

「コルディクス氏が、施設を動かしてしまったのですか?!」

 いくら何でもすぐに使うとは思っていなかったのだろう。ミンユが驚愕の声を上げる。エレムもラサルに視線を巡らし、

「宝瓶宮の女王に拒否してもらうことは出来ないんですか?」

『天秤宮と蛇遣宮が承認した施設の運用に対し、他の宮が異議を唱えることはない。現在、通路空域の人間に対して、退避勧告が出されている。実行開始までに近くのいずれかの宮に退避出来ないときは、衛士によって回収される』

「回収って、さっき言ってた、衛士の所属する宮に運ばれちゃうってやつ?」

 リノが気持ち、通路の端から下をのぞき見るように首を伸ばす。

「ひょっとして、蛇遣宮から先に衛士さんが出てきてたのって、これのため?」

「他の宮の衛士より先に近づけておいて、僕らの退避が間に合わなかったら真っ先に回収させる気ですか!」

 本人が出てこないのも通りで、コルディクスは『時の裁定』に対して七つの宮が稼働を始めたら、人間が通路空域にいられないことを知っていたのだ。

「今からじゃ、倍の速さで走っても、時間までに天秤宮にはつけませんよ!」

 天秤宮との中間地点に達するのと同程度の残り時間しかない。そもそも、全員が全速力でその時間を走り続けるなど無理な話だ。

「とにかく、時間まで通路が消えないなら、走りながら考えるぞ! ラサル、お前の仲間が宝瓶宮の衛士と兼任できるようになれば、追いかけてきてくれるんだよな?!」

『その予定である』

 人間の焦りなど関係なく、ラサルは淡々と答える。

 ついてきていた「ちいさなもの」は、グランたちを抱えて上れる数だけだった。クロケは自力で飛んでいたから、ラサルを含めて四体だ。稼働開始まで四分の八時なら、宝瓶宮の衛士として登録されるのが間に合っても、グランたちに追いつけるのはあと一体程度かもしれない。

「他の宮からも、衛士さんらしいのが出てきたけど、数も少ないねぇ」

 一気に速度を上げたグランとエレムの後ろを、相変わらず飄々とした声のリノがついてくる。必死で走っているのはグランとエレムだけで、ミンユは法具のおかげでそもそも今までも手加減して走っていたし、飛んで移動出来るクロケは息すら切らしていない。グランは足の動きを早めつつ、自分たちが向かう先の先へ文字通りの遠い目を向けた。

「なんか、……普通に人間やるって、限界があるよな」

「足腰を、もっと鍛えないと、だめですね……」

「なんか失礼なことを言われてる気がするのさ」

「おいらも普通の人間だってばー」



 人間たちが空中の通路を駆けている一方で、七つの宮の上層空域では別の変化が起きていた。

 グランたちが選択しなかった、一番外側の通路空域に、光の筋が現れ始めたのだ。光はそれぞれの宮、頂点部分の足場に当たる場所から現れ、両方向に伸びていく。俯瞰して眺める者がいたら、七つの宮をつなぐ円を描こうとしていると気づいたろう。

 それに連動して、下層の六の宮が、それぞれの宮を起点にして光の線を描き始めた。描かれるのは三角形が二つ重なった六つ角の星、六芒星と、それを囲む円。上層七つの宮の描く円よりも二回り以上大きな法円は、先に完成すると同時に円の中を黒い光で満たし始めた。

「……あれは……」

 上空の力の変動に気づいたヘイディアが、ラムウェジが、顔を上げる。そこには、抜けた青空のなか、太陽より大きな円の形をしたなにかが、そこだけ少しづつ暗くなりながら、光を遮っていくのだ。

「法円で、光を遮るなんらかの状況を作ってるんだ。幻惑の結界のせいで法円は見えないけど、影は隠せないもんね」

「暗くなってきたのですの、何が起こるのですの?」

 ユカの言うとおり、地表の『白い荒野』には黒い円の影が落ち、夕暮れのように暗くなってきた。

「『地に満ちる光は喪われ』、か……」

 日陰になることで生じた温度差からか、風が強さを増してきた。栗色の髪と銀色のマントを風になびかせ、ルスティナが呟くその隣で、

「なんかに似てるっすね、この状況」

 現実味が感じられないのか、ぽかんとした様子のイグシオが呟く。

「なにかって、なんですの?」

「いやーでも、あれは直前まで暗くはならないっすもんね」

 イグシオは勝手に納得した様子で、ラムウェジに目を向けた。

「これって、このまま世界が闇に覆われるとかなんすか? 覆われたら、何が起こるっすか」

「これが何を目的とした動きなのか判らない。エレムたちが止めてくれるのが、一番いいんだろうけど」

「何が起きるのか、見定めてみたい気もします」

 錫杖を片手に、ヘイディアが表情の薄い顔で言葉を継ぐ。どのみち地上にいる人間には、手の出しようのない事象だ。

 ユカは不満そうに大人たちを見渡すと、何かに思い当たったようで、白い荒野の境目ぎりぎりで待機している『ちいさなもの』に向かって手を上げた。

「せっかくだから、お散歩するのですの。手を貸すのですの」



「なんか、光で線を描き始めてるのさ」

 通路を足で走る一行から、少し上空に位置取ったクロケが、周囲を見回しながら報告する。

「通路部分がそのまま、法円の線になるっぽいさ。今外側の円を描き終えて、宮を一個とばしにして星を書き始めたさ」

「それで、人間は退避しろって、ことなんですね」

 グランと並んで走るエレムが、呼吸の合間に答える。グランは走りながら頭を回転させているらしく、口も開かない。

「今のところ、通路は作ってくれてますけど、このあとどうなるんでしょう」

「なーんか、下の方が暗いんだけど」

 通路の端によって、走りながら下を見下ろしていたリノが、不思議そうに声を上げる。

「黒い穴が空中にあいたみたいになってるよ。下の方にも施設と連動して、なにかを起こそうとしてるんじゃないの」

「『七つの宮が見守る中』……でしたっけ」

「『地は闇に呑み込まれる』なら、あの黒い穴が広がって、世界を覆ってしまう?」

 ミンユが不安そうな、しかしあまり現実味を感じていないような様子でエレムの言葉に続ける。法具によって、地の力を利用して走るミンユは、エレムやグランほど息を切らしてはいない。

「下層の六の宮では、地上でけがをした人を治療していたと先ほど聞きました。中で働く人を手厚く守っているような施設なのに、多くの人に危害を加えるような機能を備えているものでしょうか」

「でも、どんなに人権意識高い国でも、軍隊は持ってるし、戦争もするよ?」

 リノが相変わらず緊張感のない顔で答える。

「相手の犠牲をたくさん出すような強力な武器を作っても、抑止力だとか、必要悪だとか言うしね」

「それはそうですが……」

「あの女王様は変なこと言ってたさ、『今の人間はまだ、倫理と知的水準が、条件に達してないから、この施設はまだ渡せない』って感じのことさ」

「きみたちは頭も悪いし善悪の判断もつかないから信用できないよ、ってことかな?」

 リノの砕きすぎた要約に、ミンユは何か言いたげなそぶりを見せたものの、

「どんな目的の施設にせよ、使いようによって悪用される懸念もあるということですよね。やはりコルディクス氏の権限は剥奪しないといけないのですね」

 ミンユは前を走るグランとエレムの背中に目を向けた。人間が全速力を維持できる時間などたかが知れているから、二人とも、せいぜい早めの継続走程度の速度でなんとか頑張っている。ミンユは強めに踏み込み速度を上げると、二人の間に割り込んだ。

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