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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
星の王太子と降星の荒野
553/622

65.太陽の道 星の道<10/12>

 ラムウェジは軽いため息と一緒に目を細めると、

「……あら、エレム(あの子)、紅茶まで用意してる。いい香り」

「ああ、ククォタのティモ殿下の侍従頭殿が差し入れてくれたのを、エレム殿にお裾分けしたのだ。シャザーナから来た商人から手に入れたという、珍しいものだそうだ」

「へぇー、シャザーナでも紅茶って飲むんすね」

「これと糖蜜混ぜたら体も休まるねぇ」

 ユカの耳がピクリと動く。ヘイディアはそれを見て少し考えたあと、

「実は、こういうものをアルディラ姫からいただいておりました」

 ケープの下に下げた巾着(ポーチ)から、小さな紙包みを取り出した。受け取って中をのぞきいたラムウェジが目と口を丸くした。

「これ、金平糖じゃない? 貴重な砂糖菓子だよ」

「ああ、鍋で転がして角をつけるのがとても手間のかかるそうであるな」

「晩餐会で供されたもののお余りを、従者のためにと譲っていただいたそうでございます。なにかの役にたつかと思い、持ってきておりました」

「へぇー、星みたいっすね」

「……いただくのですの」

 渋々さを装いながらも、ユカはいそいそと近くまで来ると、イグシオが用意した敷物に腰を下ろした。ルスティナの髪に隠れていたチュイナが顔を出し、座ったユカの頭の上に身を躍らせ、つむじの上におさまった。

「……チュイナ殿もユカ殿を心配しているようだ」

「いつもは他の人に愛想を振りまいてるのに、こんな時ばかり小賢しいのですの」

「面白い子だよねぇ、ほんとに自我があるみたい」

 言いながら、ラムウェジは大きめの器にお湯を入れて茶葉を泳がせる。その間、ヘイディアがそれぞれに金平糖を分け与えた。ひとり一粒だが、ユカは口に入れるのが惜しい様子で、つまんで光にかざしている。

「チュイナ殿は、人の不安や戸惑いが判るようですね。時々、こちらを気遣うような素振りをするので、驚いてしまいます」

 ヘイディアが淡々と言葉を添える。

「ユカさんの使い魔なのですから、きっとユカさんに心根が似ているのでしょう」

「そ、そんなことはないと思うのですの……」

 ユカはやっと機嫌が直ってきたようだ。思い切った様子で金平糖を口に放り込み、甘さをかみしめるように口の中で転がしている。

「癒やしの力だけじゃなく、風や水を操ったり、光る馬で空を飛んだりして。よその国の人は凄いっすね」

 イグシオは言うほど、驚いているようすでもなかった。この短時間で色々考えられない事態を目の当たりにして、感覚が麻痺しているようだ。冷静に考えれば、よその国の人間だからといって、皆あんなことが出来るわけがない。

 できあがった茶を、先に糖蜜の塊をいれた椀に注ぎ、ラムウェジは全員に配り始めた。ユカもそれを受け取ると、両手で抱えるように息を吹いて冷ましている。

 頃合いとみたのか、ラムウェジも椀を片手にユカの隣に腰を下ろした。

「まぁ、今回に関しては仕方ないよ。下層の六の宮ならラサルくんたちが案内してくれて安全だったけど、上層の七つの宮にはコルディクスがいるかもしれないんだし、施設機構(システム)の改変なんかされてたら何があるか判らない。私でも、ユカちゃんは地上に置いていく判断をするよ」

「そんなの、判ってるのですの」

 紅茶のカップを見つめながら、ユカはぽそりと答えた。

「でも、一緒にいればお役に立てることがあるかもしれないのですの。わたしも仲間なのですの」

 カップを受け取るルスティナは、ラムウェジと顔を見合わせた。

「……ユカちゃんは、グランさんたちの役に立ちたいって、思ってるだけなんだねぇ」

「だって、あのお二人がいなかったら、わたしはずっと山の上から出られなかったかもしれないのですの。アルディラ姫や、ルキルアの皆さんにもたくさんお助けいただいてるけど、でも、一番はやっぱり、グランバッシュ様とエレム様のおかげなのですの」

「……そういうことか」

 ルスティナも、納得したように目を細めた。

「グランは、あの一件では、蟻の女王と取引しただけだと思っているから、ユカ殿にそこまで感謝されているとは思っていないだろうな」

「そもそも、したいことしてるだけか、しなきゃいけないことをしてるだけか、だよね。あのひと」

「面倒ごとに対峙するのは、単純に、火の粉を払っているだけのようでございますね」

それぞれの評価を聞いて、イグシオがしばし首を傾げ、

「経緯がよくわかんないっすけど、欲がないのに身勝手とか、わけわからない人物像っすねぇ……」

「冷静に分析すると、確かに不思議な人だねぇ」

 カップに揺れる紅茶の表面を眺めながら、ラムウェジは目を細めた。

「グランさんみたいな戦う職業の人に役に立ちたいと思ったら、自分を自分で守れる限界ってのを、まず知る必要があると思うよ」

「それって、頑張って強くなるってことですの?」

「それもそうだけど、まず自分を知って、引き際を知らないとね」

「引け際……ですの?」

 ユカは判ったような、判らないような顔で首を傾げている。立ったままその様子を微笑ましそうに眺めていたルスティナは、白い荒野側で待機していた『小さなもの』がこちらを伺うような動きに気づいて、視線を移した。

「なにかあったのか?」

『蛇遣宮より提案された「時の裁定」対応機能の稼働が天秤宮に承認された』

「もう動かしちゃうの?!」

 ラムウェジがぎょっとして顔を上げる。

「さっき残りの施設が浮上していったばっかりじゃない! そんなに早く使えるようになるの?」

『宝瓶宮と双児宮の頭脳が完全復旧と同時に、稼働が開始される。開始予定まで四分の一時(三〇分)ほどである』

「『古き王が滅び 新たなる王が生まれる』というあの言葉でございますか」

 ラムウェジの視線を追うように、ヘイディアが淡々と確認する。

「それが始まると、中にいる人はどうなるのですの?!」

『施設外部で作業中の管理者、作業従事者は、最寄りの宮への退避が求められる。内部にいるものは、稼働が完了するまで宮から出ることはできない』

「施設内部にいる人には、安全が保証されてるんだろうけど……」

 七つ揃った宮が稼働することで、一体何が起こるのか、判らないのだ。それによって、周辺がどういう状況になるのかも。

「……あなたたちは退避しなくても、よいのですか」

『そのような対応は指示されていない』

 カップを置いて立ち上がったヘイディアに、『ちいさなもの』は淡々と答えた。

「この荒野も施設の一部だとしたら、上空で七つの宮が稼働しても、大きな影響はないということでございましょうか」

「でも、離れた場所ではどうなるのですの?」

 出立前の雑談のなかでは、遠距離まで見渡せる監視施設か、長距離の攻撃施設か、という推測もあったが、具体的に何が起きるかまではさすがに誰も考えつかなかった。せめて近くの集落や町に、危険がある可能性を知らせるべきかもしれないが、

「……どのみち、そんな短時間じゃ近くの集落にもたどり着けないし、空の上の古代遺跡が稼働するだなんて言ったところで、誰も相手にしてくれないだろうし……」

 それを象徴するかのように、一歩下がって空を仰ぐイグシオは、どうにも話がわかっていないようだった。そもそもイグシオは、ラムウェジたちをイムールの町まで案内するために同行してきただけだ。そのラムウェジだって、すぐにコルディクスが七つの宮を稼働させるなどとは思っていなかった。

「仮に信じてもらえたとしても、何が起こるかも判らないんだから、せいぜい家の中にこもってじっとしてるようにしか言い様がないし……」

「今はもう、事態を見守るしかなさそうでございますね」

 端的にまとめたヘイディアの横で、ルスティナもゆっくり頷いた。

「危険があるものなら、グランたちが止めてくれるのを期待するしかなさそうだ」

「やっぱり、グランバッシュ様には英雄の素質がおありなのですの」

 ユカがぼそりと呟いた。彼らが見上げる空には、天頂から傾ぎ始めた太陽以外、何も見えない。

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