62.太陽の道 星の道<7/12>
「蛇遣宮の王台が、同じような状態だとしたら、コルディクスさんは魔法で飛ぶことも出来るんでしょうか」
「転移の魔法で空間を渡るか、普通に飛ぶかだろうけど、キルシェの姐さんは両方できるしね」
「魔法って、いろいろなことが出来るのですねぇ……」
この中ではわりと一般市民寄りのミンユが、あまり現実味を感じていない様子で呟く。ラムウェジの法術だって大概だと思うのだが。
「歩いて移動できるってことは、このまま上に行けるのか? 階段とかあるのか?」
『階段は、すぐできあがるだろう』
「できあがる?」
言っているそばから、グランたちの立っている床が、中央付近に向かって伸び始めた。
王台は、施設の中心部、リンゴで言えば芯の部分がくりぬかれたような空洞の上部にぶら下がるように作られていた。その王台と、輪切りにされたような形の床板の間には、人間が飛び移るには難しいほどの隙間が空いていた。
その隙間が、音もなくみるみるうちに埋まっていく。あっというまに、この階からは徒歩で、王台の入り口に達することができるようになった。
あわせて、王台を天頂からぶら下げる蔓のように思われていたものの周りから、人間が乗れる大きさの板状のものがいくつも突き出しはじめた。
王台の上、吹き抜けの空間の中央に、天頂部分へ向かう螺旋階段が現れたのだ。
「人間が上部まで達すれば、天頂部の扉が開かれる。各宮を渡る通路は屋外である」
「古代の技術すごいのさー」
さすがに、施設そのものが劇的に様式を変えるとは思わなかった。ミンユはもちろんだが、リノですら、言葉が思いつかないようで、螺旋階段が伸びていく様子を見上げている。呑気に声を上げているのはクロケだけだ。
「……これも、錬金の応用ってことなのか? 材料さえ近くにあれば、形を変えて作っちまうって」
「蜂さんたちが持っていた槍と同じ理屈ですか?」
「木があれば、魔法で家が建つみたいなかんじ? 人件費がかからないなら建築費が安く上がりそうねぇ」
リノが妙にずれた感想を述べている。
言っているそばから、王台の外殻にも階段状の板が現れる。飛べない人間も、王台の周りを上って、螺旋階段までたどり着けるようになった。
「じゃあ、行きますか」
「外が見られるのさー」
エレムがため息のように、クロケは展望台に登る子供のように声を上げる。柔らかく光を放つ球体の壁面の、さらに天頂を見上げ、ミンユが息を呑むように胸に手を当てている。
それを見守る、ラサルたち「ちいさなもの」たちを引き連れて、王台の外殻に現れた階段に、グランは足を踏み出した。
休憩中からなんとなく感じていたが、この施設を作っているのは、ただの岩にしては多少柔らかみが感じられる素材だ。触れると、体温よりは冷たいが、ひんやりするというほどでもない。
山地周辺の地質、それも森林地帯からさらに高地に賭けての岩肌は、ガラス質を含む黒みを帯びた硬いものだった。大昔、噴火などで高温になったものがさらに固まっでできた地層に見えたが、緩衝地帯の砂や瓦礫は白かった。地上の地質とは全く異なる素材なのだろう。
柔らかさは感じられるが、もろいというわけでもない。王台の外殻を緩やかに取り巻く階段は、堅く整えた木の板を歩くような感触だ。もちろん、きしんだりたわんだりはしない。
「ここを使っていた人たちは、足でちゃんと歩いてたんでしょうか。仕事で頻繁に行き来するには、なかなか大変な場所ですね」
「動く道とか、こういうところで使わなかったのかなぁ」
「動く道、ですか?」
何げないリノの言葉に、ミンユが目をしばたたかせる。
「古代文明では、普通に町中にあったって話だけど? 空飛ぶ馬車とか、人が乗ると勝手に床が動いて運んでくれる廊下とか」
「確かに、これだけ大きな施設だと、そういうものがほしくなるかも知れませんね」
ミンユは生真面目に納得している。リノのいう噂話も、どこで仕入れたのかも判らない怪しげなもので、話半分どころか、百分の一くらいの気持ちで聞いても上等なくらいだが。
そのミンユは、グランたちが順番に階段を足で登っている横で、段のない球形の王台の、ちょっとしたくぼみやつなぎ目を足場にして、飛び跳ねるように器用に登ってくる。ミンユは足首の法具の働きがばれてからは、もう自分が普通以上に身軽に動けることを隠そうとしなくなった。
それでも、グランたちと同じ速度で飛んでついてくるクロケに比べれば、常識的な動きではある。
「この施設の中は、様々な力が作用しています。施設を浮かせるために地の力を利用しているだけではなさそうです。風の力も、光の力も、それ以外の今まで触れたことのない力も感じます」
「獅子宮の中に入ったときとは、全然違うのさ。蜂さんたちを動かしてるのは確かに古代魔法の仕組みっぽいけど、下層の宮自体を浮かせてたのは魔法とは別の力みたいだったさ」
「へぇ……?」
魔法力に頼らない半永久動力、と言っていたが、結局それがなんなのかは未だに判らない。たぶん、自分たちに理解できないことは、聞いても詳しくは明かさないだろう。
「いろんな力が混ざってて、おいらにもなにがどう作用し合ってるかわかんないけど、今、一番強いのは、さっき地上で感じてたのと同じ、地の力だね」
多分その気になれば、ミンユと同じ動きはできるのだろうが、リノはグラン達にあわせて脚で歩いてついてくる。彼らからつかず離れず、ラサル達「ちいさなもの」が飛んでくる以外、ここではほかに動くものはない。
「ここを浮かせてるのは、下から作用してる地の力だね。この施設って、六つある施設の、更に上に浮いてるんだよね? その下層の施設が、地の力を操る法円を作ってるんだと思う。空中での土台になってるんだろうね」
「それで支援施設っていわれてるのか」
「ということは、上層の宮が七つ揃ったときにも、なんらかの法円を作ることができるんでしょうか」
「それが『時の裁定を見届ける』ためのなにかなんだろうな……」
これだけの規模、とてつもない古代技術の塊を実際に見せられているのに、その目的は未だに抽象的なまま、グランの理解の外でぶら下がっている。
近くまで来ると、王台をぶら下げる蔓のような部分は、何百年も時を経た大木のような太さの六角形の柱だった。外側は螺旋の階段がとりまいているが、中は空洞なのかも知れない。本格的に稼働を始めたら、まだまだたくさんの仕掛けがありそうだ。
『管理権限保持者たちが、移動を開始しました」
宙に浮かぶ法円に手を置き、『作業』を続けるコルディクスに、蛇遣宮の女王が、淡々と声をかけた。相変わらず女王の像はなく、代わりに、さっき表示させた宝瓶宮の立体像が浮いている。
「王台周辺の表示を拡大しろ」
『承知いたしました』
王台から出た『同一個体たち』は、現れた階段を使って上っているようだ。王台直上の階段を用いている様子が、青い光点として表示されている。
「……飛べる奴が一人、妙に身軽な奴が一人か。各個体の保有魔力について情報は」
『現状、詳細な情報は提供されておりません』
「女王が生体情報を登録したときに採取した情報は?」
『宝瓶宮女王は、遺伝子情報以外のものを得ていません』
「そんなことあんの?!」
最後のは単純に文句の独り言なのだが、蛇遣宮の女王の声は、「ございます」と律儀に返した。コルディクスはあいている右手で、思案するように自分のこめかみを押さえた。
「情報の双方向接続は完了してるから、宝瓶宮の女王の得た個体情報も全部上がってきてるはずだろう。非開示じゃなく不明ってことは、……まさか、宝瓶宮の女王は、侵入者の情報がこちらに伝わらなように、わざと最低限の情報しか採取しなかったってことか? 六の宮の頭脳が先に介入してるとはいえ、そんな判断が女王にできるのか?」
さすがにこのつぶやきには、何を返答していいか判断できなかったようで、女王の声は応答しない。コルディクスは、宝瓶宮の王台周辺の立体図をしばらく眺めた後、
「……いずれ連中は屋上に出てくるだろう。周辺の衛士を『見守り』のために急行させろ」
『承知いたしました』
「それと、『時の裁定』機能が使用可能になるのはあとどれくらいだ」
『宝瓶宮と双児宮の全機能点検が完了してからになります。八分の一時後を想定しています。不具合がなければ、その直後から起動は可能になります』
「完了したらすぐ『時の裁定』機能の稼働を始める、天秤宮に稼働提案をしておけ」
『承知いたしました』
抑揚のない返答に、コルディクスは満足げに頷いた。




