58.太陽の道 星の道<3/12>
『集まってきた「力」を元に、女王の核を構築中である』
グランを抱える王台内部を降下しながら、ラサルが淡々と言葉を添える。
「核っていうことは、あれがいずれは女王様になるの?」
リノは異形に抱えられたこの状況でも、物怖じすることがない。それどころか抵抗なく意思疎通をはかろうとするあたり、ユカに近しい適応力の高さがうかがえる。
『核自体、情報処理機能は女王と同等である。形を維持できる環境が整えば、実体を生成する』
「核っていうのは、女王様の心ってこと?」
『心というのは正しくはないが、そのようなものである』
自分たちに的確に説明できる言葉を持っていないのか、蜂たちは時折、こういう『曖昧』な返答をする。
獅子宮の女王は、自分たちと会話する際に、話しやすいように女王の『虚像』を作り出した。ただ人間と会話するだけなら、あれで十分なはずだ。実体を持つことが必要な『仕事』がほかにあるのだろう。
王台の底にたどり着き、人間たちは銀色の船に見える六角形の足場部分に降ろされた。
施設の中は暖かく、空気もしっとりしている。これが普段の生活圏よりもずっと高度を目指して上昇中の物体の中とは思えない。
五人が見上げる中、形成中の『核』の真下に新たな光が出現した。獅子宮で見た虚像の女王蜂と同じ姿だが、大きさは、獅子宮の女王蜂の像よりも、ずっと小さい。人間の頭くらいの大きさだ。
形成中の核自体は、虚像と置き換わらずに浮いている。完全再構築はまだだが、訪問者と交流できる機能が使えるようになった、ということなのだろう。
とはいえ小さいながら、虚像ながらにして鮮明で、今にも動き出しそうだ。
『……完全構築まで残り二割。外部交信機能完成。下層六の宮の『頭脳』の指令により、この宮が上層七の宮の頭脳に接続するより先に、六の宮の持つ情報をこの宮の核に供給する』
ラサルの言葉とともに、従っていた一体の蜂が、グランの頭上を飛び越えて鮮明な女王の像に近づいていった。何をするかと思えば、女王の像の前で、並んだ円を二つ描くような軌道でぐるぐる飛び始めた。
「……なにやってんだ?」
『通常は、事前の設定が定めた順番通りに核の構築を行う。本体の構築が完了後、速やかに七つの宮の頭脳と接続するのだが、今回は、上層七つの宮の頭脳全体に、恣意的な情報や設定が混入している可能性がある』
「……コルディクスが、自分に都合よく設定を変えてるかも知れないってことか」
『外部から強制的に、構築手順を自動から一部手動に変え、上層頭脳の情報より先に、下層六の宮の頭脳からの情報を伝達し、不自然な改変部分を安易に実行しないよう警告を与える。今のはそのための外部信号である』
「推奨か自由設定かを選べるって事かな」
「なに言ってるんですか??」
したり顔呟いたリノに、ミンユが目をぱちくりさせる。
蜂からの『信号』が終わると、女王の虚像に変化が現れた。それまではただ静止した像だった女王の大きな目が、白く光を放ったのだ。
『……六の宮の「頭脳」との交信が完了しました。宝瓶宮の女王は、「黒き人」に関する六の宮からの警告を正当なものと受理しました。警告を踏まえた上で、上層七つの宮の頭脳との接続を開始します』
抑揚のない、淡々とした声が響く。女王の発するもののようだ。
どうやらこの宮の名前は宝瓶宮というらしい。そういえばどこかの酒場で、どれだけ注ぎだしても酒の尽きない瓶の伝承を持つ星があると聞いたことがあるが、それだろうか。
女王の虚像は再度大きな目を明滅させた。まるで、命か心でも宿ったかのような演出だ。多分その必要はないだろうに、体の正面をグランたちに向け直し、首を使って見回す仕草をする。
『ようこそおいでくださいました、私は宝瓶宮の『女王の核』。今は形はありません、情報と力の集約体です』
うってかわってなめらかな、気品すら感じる抑揚のある言葉遣いだ。女王と話すのが初めてのミンユとエレムは、揃って驚いた様子で、目を丸くして背筋を伸ばす。
女王ぐるりと全員を見返すと、顔をグランに向けたところで静止した。
『現在私は、下層六の宮と同じだけの情報を得ております。獅子宮の女王の依頼に応え、あなた方が命がけでここまでたどり着いてくださったことに感謝いたします』
確かに命がけだった。普通の奴なら死んでいたかもしれないが、そうなると俺は普通ではないのか。いやそれは普通か普通ではないかの話ではなくて実力の問題だと、グランが内心で問答していることなど当然女王は気づくはずもなく、
『現在、上層七つの宮の頭脳と接続中。宝瓶宮が切り離された後からの情報と、新規に追加された設定内容を受信しています。その中に、『黒き人』の介入に基づくと思われる改変が確認されたため、受理を一部保留しています。その内容をお伝えいたします」
作業が完全に終わるより先に、自分たちが再構築中の女王と接触できたことが、どうやら功を奏しているらしい。宝瓶宮の女王は、紛れ込んだ不審な情報を抽出したのだ。
『要最警戒事項。本来ならすべて解放されるはずの、管理権限者名簿の情報が一部開示されません。「寄り添いし者とともに在りし方」グランバッシュ殿の後に、追加された一名の情報に接続することができません。この一名が、六の宮の言う『黒き人』に該当する確率は九割超。
不審追加更新内容が一点。不明新規管理者就任以降の入場者の施設間移動の禁止。施設間移動禁止の提案は、天秤宮が許可しておらず、本来は追加されるはずのない設定ですが、蛇遣宮の頭脳が、双児宮と宝瓶宮の再構築設定に独断で介入したようです』
「コルディクスが登録されたあとに施設にやってきた人間は、ほかの宮には出すなってことか?」
『そうです』
「僕たちが先に女王に接触していなかったら、改変された設定がそのまま反映されていたのかもしれないんですね」
「危なかったさー」
しかしなかなか巧妙な改変ではある。自分たちが七つの宮に侵入できたとしても、一つの宮に閉じ込めてしまえば、コルディクスの邪魔は出来なくなってしまうのだ。奴がなにをする気なのかは知らないが。
「……それって、今作業中のもう一個の方には、その設定が通っちゃってるってことなの?」
リノの質問に、女王は首を縦に動かした。
『現在交信途中のため確定ではありませんが、同様に再構築中の双児宮は通常通りの手順で、再構築作業中。こちらが発見した不審更新内容を天秤宮頭脳に報告しますが、もし双児宮の更新が完了していた場合、修正設定が作成されるまでの期間は、新規更新内容通り動作します。双児宮への立ち入りは避けた方が賢明です』
「そっちの施設に入ってたら、中から出してもらえなくなっちゃってたかもしれないことね。兄さんたちの入った塊に、頑張って潜り込んできてよかったよ」
「だからどうやって追いかけてきたんですかねぇ……」
「努力と根性よ」
エレムの呟きに、リノはその言葉が一番似つかわしくない軽い笑顔で答えた。
「じゃあ、その双児宮とやらには入らないように注意しながら、兄さんは天秤宮に移動しなきゃいけない訳ね。どういう手順なの」




