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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
星の王太子と降星の荒野
544/622

56.太陽の道 星の道<1/12>

 こうしている間にも施設は上昇していて、施設自体の形ももっと大きくなっているはずだ。だが、何層にもなった施設内部の一角で、床に座って休憩している自分たちには、大きな変化も感じられなくなっていた。時々視界の遠くを、働く『おおきなもの』が行き来するくらいで、風景にも変化はない。施設の中は空気もしっとりしていて、寒くもなく暑くもなく、人が過ごすに快適な温度だ。

「こういうときは糖蜜湯でも作れればいいんですけどね、大きな荷物はさっきの休憩場所に置いてきてしまって」

 と、エレムが小袋を開いて差し出したのは、糖蜜湯の元になっている、小指の先ほどの糖蜜の塊である。

 糖蜜湯は別に、エレムの専売特許というわけではなく、『移動する神官』たちの携帯食のようなものだ。水が用意できなかったり、火が起こせず湯が作れないような時は、飴のようになめて活力エネルギーを補給するのだ。

 それを口の中で転がしながら、クロケは首をかしげて訊ねた。

「水がほしいなら作るのさ?」

「作る?」

「空気の中には水が隠れてるのさ」

 言いながら、クロケは指先で自分の目の前の「空気」触れる仕草をした。寒いところで息を吐いた時のような白いもやが現れ、それはやがてキラキラと輝きながら滴大の氷粒になっていく。クロケはそれを、目をまん丸にしているミンユの手のひらにのせた。

「こ、氷ですか?!」

「なめてれば水になるさ」

 ミンユは氷が溶けないうちに口の中にそれを放り込む。冷たそうにきゅっと目を閉じ、驚いた様子で口元に手を当てた。

「本当に氷です! 冬でもないのに氷が作れるなんて!」

「水があれば人はなんとでもなるのさ」

 言いながら、クロケはそれぞれの目の前で同じように氷の粒を作っていく。もらった氷を感心した様子で眺め、エレムも口に放り込む。

「……水だけで一〇日は生きられるって言いますからね。ああ、それであの氷の島でも、なんとか過ごしてたんですね」

「海の上の空気でも、隠れてる水は真水なのさ」

 海上で遭難した場合、海水は飲み水には適さない。海水を凍らせても同じだ。クロケの能力なら、どんな状況でも真水だけは確保できるのだ。

 自分の手のひらに残る水滴をみつめ、ミンユが感心したようにため息をつく。

「ラムウェジ様の法術を初めて見たときも驚きましたが、世の中には法術以外にもいろいろな力があるんですね……」

「精霊魔法とか、錬金術とか、古代魔法とか、名前は微妙に違っても、似たような力を扱う人は世界中にいるらしいさ。ただ、法術だけは、この大陸だけっぽいさ」

「へぇ?」

「この大陸は面白いさ。古代文明の中心地だったのも、何か理由があるのさ」

「他の大陸までは知らねぇからなぁ」

 グランは、少し離れたところで静かに控えているラサルと、その仲間の「小さな」蜂たちに目を向けた。そもそもあれらも、自分が「ラグランジュ」を手にしなければ見ることもなかった存在だったろうが、古代遺跡自体は大陸中に点在している。

 法術は、古代文明が衰退してから降臨したとされる女神レマイナ信仰に基づいて存在しているが、古代魔法はそれ以前から存在していた。もう現存していないと思われるが、南大陸のエディト信仰に基づく王族の能力も、レマイナ降臨以前のものだ。理屈は判らないが、古い時代から、世界各地に、魔法なり魔術なりの素養を持った人間は存在していたのだろう。

「あ、いいなー、おいらも休憩混ぜてよ」

 ようやく落ち着いてきた空気をぶち破るように、床の切れ目に手をかけて、下の層からリノがにょっと顔を出した。

「なんだよ、どうやって入ってきたんだよ?!」

 ラサルたちに抱えられて施設に運ばれたときには、確かにリノの姿はなかったはずである。リノは腕の力だけでくるりと床の上に飛び上がり、親しげにグランの横に腰を下ろした。

「いろいろ頑張ったのよ。お宝あるところにおいらあり!」

「驚異的な行動力ですね……」

「ていうか、中にいる人間はほんとに攻撃されないんだね。外じゃ凶暴だった蜂さんが、静かに見守ってくれてるし」

「そりゃ監視されてんだ」

「えっそうなの?!」

 獅子宮の『女王』の話では、中に入ってしまえば、施設従事者として保護の対象になる、という話だった。

 ただそれは、施設側に存在を認識されると同時に、施設を掌握している『黒きひと』、コルディクスに居場所を把握される、ということでもあるらしい。蜂たちからは攻撃されなくても、コルディクスから奇襲を受ける可能性はあるのだ。

「ていうか、今更だけどコルディクスって何者なんだろうな? 黒い光を操るってのは、どういう能力なんだ?」

 獅子宮の「女王」に頼まれたのは、天秤宮に乗り込んで施設の安全機構を作動させ、設定をただしてほしい、ということだけで、コルディクス自体をどうしろとも言われなかった。

 つまり、施設の運営的には、コルディクスの影響を排除してしまえば問題はないのだろう。

 しかし現時点で、コルディクスも施設全体の情報を把握できるのなら、グランたちが侵入してきている目的も判っていそうなものだ。そもそも、普段は六の宮の衛士しか行かない地上の荒野に、七つの宮所属の「おおきなもの」が現れて人間を襲うようになったのも、追っ手を警戒したコルディクスが『設定』を変えてしまったからだ。

 最後の最後で一番の障害になるのはコルディクスのはずで、こちらを妨害するために相応の対応をしてくるだろう。

 コルディクス自身の情報を一番持っていそうなラムウェジは、地上に残ってしまった。奴に関して今判るのは、グランの……「火の精霊」が持ってきた記憶の中の情報だけだ。

「キルシェちゃんは、黒い光の檻を破ることができないって判断して、空間を越えて逃げたのさ?」

「馬の話だと、そういうことになるな」

「魔法的に『黒』ってどういう力を持ってるんでしょうね? 火や光ならなんとなく判る気がしますけど」

 いつのまにか円を描く形にまとまって、一同は首をひねった。

「キルシェさんがあっさり引いて逃げに入ったのは、少なくとも正面からでは不利だと察知したからでしょうね」

「……黒は、光を反射しないから、黒なのだと、聞いたことがあります」

 それまで耳を傾けるだけだったミンユが口を開いた。

「絵を生業にしていた方の話だった記憶があります。光は無色のように見えて、すべての色の元を含んでいて、それが反射することで色を表している。でも黒は光のどの色も反射しない、だから黒なのだと」

「ふーん……?」

 判るような、判らないような、そもそもなにを突っ込んでいいかも判らない話だ。グランが眉を寄せていると、今度はエレムが、

「宇宙のどこかには、すべてのものを吸い込んでしまう深い穴があるのだといいますね、光も吸い込んでしまうから、その穴を見ることはできない。ただ、黒いだけなんだって。これは古代文献のどこかの言葉だった記憶があります」

「……なんかよくわからねぇけど、コルディクスの扱う黒い光って言うのは、他の魔法を無効にしたり、吸い取っちまうかも知れないってことか?」

「黒という印象(イメージ)からなら、そうとも考えられますね、って話ですよ。なんにしろコルディクスさんに関しては情報が少な過ぎます」

「自分も黒なんだからもう少しちゃんと考えるのさ」

「俺は関係ねぇだろ!」

「世の中はまだまだ判らないことがたくさんあるんだねぇ、わくわくするねぇ」

 リノは旅行に出かける子供のような無責任な感想を述べている。

「お前も魔道具の専門家なら、もうちょっと役に立つ情報はねぇのか」

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