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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
星の王太子と降星の荒野
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52.天空への道標<7/10>

「これがある程度形になったら、空に飛んでいくわけでしょ? それと、あの大きな蜂は、施設の中に入ってしまったものは、攻撃してこない」

「そうね」

「だったら、地上にあるうちに、グランの兄さんが中に入っちゃえばいいじゃない。そしたら勝手に、空の上まで連れてってくれるでしょ」

「……ああ、そうか!」

 ラムウェジは、目からうろこが落ちた様子で両手のひらを胸の前で打った。

「外側にいるから外敵だと思われてるんだものね。入りやすいうちにさっさと入っちゃえばいいんだ、グランさんに、それを伝えなきゃ……」

「ルスティナ様にも引いていただかないと、今のままでは次々異形が集まってきてしまします」

「お馬さんに教えれば伝わるさ?」

 ふわりと現れたクロケが、ラムウェジの肩の上から声をかけてきた。

「あら。クロケちゃん、グランさんの援護は?」

「援護も何もないさぁ、好き勝手飛び回って暴れてるさ、近くにいたら危ないくらいさ」

「まぁ、それもそうか」

「ルスティナ様が引けば、ミンユちゃんもついてくるさ? でもグランさんをもう少しなんとかしないと、今のあの勢いだと、大きな蜂さんを全滅させそうさ」

「それも困るわよね。あの蜂は施設上層部の大事な防衛機能のはずだし……」

「問題はどうやって、地上で修復されつつある施設に潜り込むことを、グランバッシュ殿に伝えるかでございますね」

「ああ……」

 エレムが頭を抱えそうな勢いで肩を落とす。この状況で、言葉で伝えられるほどそばに近寄るのは容易ではない。この間にも、そこここでまとまりつつ瓦礫は、いびつながらも大きさを増していた。このまま時間が進めば、さらにまとまりあって大きな塊になるだろう。

「上層の宮も、下層の六の宮の施設と同じ形をしているようだった。ということは、最下部に穴が開いてるはずだから、小さな蜂さんたちに頼めばそこから侵入できるんじゃないかな。入っちゃえば、人間は安全だろうし」

「とりあえずお馬さんに、撤収を伝えるさ。お馬さんなら、声じゃない言葉でグランさんに教えられるさ」

 クロケは何もいないはずの『自分の隣の空間』に顔を向け、何事かささやいた。途端に、

キラキラと白い冷気に光を反射させながら、四つ足の生き物が形を表した。甘えるでもなく、寄りそうでもなく、クロケの契約精霊フェリルが、冷気の塊を思わせる半透明の姿を凜と現した。

 まぁ素敵、とラムウェジがのんきな感想を漏らしたが、他のものは声を失うほどの存在感、威圧感だった。そもそもクロケが使っている魔力は、フェリルの持つ魔力の、ほんの一部分、それをさらに耳飾りで制御しながら使っているのだ。本体の持つ魔力量は相当なものだろう。

 フェリルは、クロケにも、周りの人間にも愛想を振りまくことはなく、クロケの指さした先にいる神馬に視線を向けると、前足を駆った。

 冷気の残光をたなびかせ、氷の精霊が宙を疾走していく。

「いやいや、改めて見ると凄いねぇ。あんなのとどうやって契約したの」

「いろいろ事情があるのさー」

 言っている間のほぼ一瞬で、フェリルはジェームズのそばを駆け抜け、姿を消してしまった。驚くべきは、実体のないフェリルの通り道になった空間のそばにいた大小の『蜂』が、突風にでもあおられたかのように退き、道をあけたことだろう。魔力もまた『力』なのだ。

「白龍殿やジェームズ殿もそうですが、強力な精霊の魔力は驚くべきものですね。世の中には、理解の及ばないものがまだまだあるようです」

 言葉ほど驚いた表情をみせないまま、ヘイディアがつぶやく。残光の残る空間を前にして、ルスティナを乗せたジェームズがわずかに首を動かし、ルスティナに視線を向けるそぶりを見せた。

 別に首など動かさなくても、あの状態でなら意思の疎通はできるはずだが、ジェームズは動きが妙に人間くさい。ルスティナが頷き、周囲の「ちいさなもの」たちに声をかけている様子も見えた。ルスティナを離脱させるために、丸い盾状の隊形を形成し始める。一方で、

「あー、とうとうやり始めたさ」

 クロケがのんびりと声を上げた。「おおきなもの」の弱点を把握してきたグランが、飛び乗った「おおきなもの」の、片方の羽の付け根を狙って蹴りを食らわせた。

 基本的に、飛翔する昆虫の羽というのは、左右対称に作用してこそ正常に機能する。片羽が千切れかけ、動かすこともできなくなった「おおきなもの」は、グランが離脱した後、くるくる回るように落下していった。それを他の数体の「おおきなもの」が追いかけ、拾い上げている。

「いやいや、グランの兄さんはやっぱりすごいねぇ」

「海に魚、戦場に傭兵、って感じねぇ」

「あの人本当にふつうの人間なのさ? 自覚してないだけで、魔法とか使えるんじゃないのさ?」

 周りがお気楽な感想を述べ合う一方で、

「グランさんは『使えるものを使ってる』だけですよ!」

 エレムが一人、硬い表情で声を上げる。

「ていうか、あれはやり過ぎじゃないですか?! ラムウェジ様の話だと、大きな異形は、高所を急襲できる高機能な敵に対応してるんですよね?」

「あー、対魔道機械とか、魔法生物とかいってたような……」

 外部から施設上層部に到達できる時点で、相当の魔法力や技術力を備えている存在とみていいだろう。攻撃目的の接近であれば、高い破壊力を持ったなんらかの武器も保持しているはずだ。それらに対応できるような存在が、魔法を持たない人間じぶんたち相手に易々と殲滅されるとも思えない。

「それにしちゃ、今までの攻撃は単純だと思いませんか。錬金魔法の作用が、相手の戦力を削いで撤退させるのを目的としているなら、それでも退けられない敵に対して彼らはどう対応するんですか」

「……今はまだ、手加減してるってこと?!」

 強力だが単調な攻撃が続いて、あれが「おおきなもの」の攻撃習性(パターン)だと思ってしまっていたが、あれが迎撃の『露払い』としたら。

「まずいかも……いったんグランさんを引き離してから、再構築中の施設に潜り込むために体勢を整えたほうがいいかもしれない」

 真面目な顔つきのラムウェジが、上空を浮遊する「ちいさなもの」に手を上げる。想定外に強い人間たちを見守っていた六の宮の衛士が、合図に気づいた様子で降下してくる。

『おおきなもの』に異変が起きたのは、それとほぼ同時だった。

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