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12.街道の落とし物<前>

 オルクェルはエルディエルの騎兵隊の隊長だし、ルスティナとエスツファも肩書きは騎兵隊総司令だ。だからといって隊を構成している人員全てが、馬に乗っているわけではない。

 五番目とはいえアルディラは、この地方では一番大きなエルディエル公国の姫君だ。その姫が遠出するのだから、当然兵士以外にもいろいろなものがついてくる。アルディラは馬車でも、従者達を全て乗り物に乗せるわけにもいかない。それを護衛する兵も当然徒歩になる。移動は徒歩の人間を基準にした早さになるのだ。

 ルキルアの部隊は、エルディエル隊の後方を護衛する形で付き添うことになっている。これは双方の力関係の問題ではない。騎兵と荷馬車だけでも動けるルキルアの部隊が前に付くと、エルディエルの部隊を置いていきがちになるからだ。

「……で、なんでお前がここにいるんだ?」

 ルキルア隊の荷物を載せた幌馬車の後ろを歩くグランに、ひょこひょこ付いてきていたリオンは、説明に困ったようすで頭をかいた。

「そのぅ……高度に政治的な駆け引きの結果というか」

 前方にいるアルディラに付いているはずのオルクェルがやってきて、ルスティナの馬に自分の馬を寄せてなにか話していたのが半時ほど前だった。そのまましばらく歩いていたら、道ばたで自分の荷物を抱えたリオンが所在なげに立っているのにでくわした。

 とうとうアルディラに棄てられたのかと思ったら、

「アルディラ様は、この旅の間、グランさんをずっと自分の側に置いておくつもりだったんですよ」

 いい迷惑である。露骨に顔に出たグランには構わず、

「グランさんを呼べってさんざん駄々をこねてたんですが、さすがにそれはできないってオルクェル様が譲らなかったんです。かといって、アルディラ様が自分でこっちに来るわけにもいかないので、妥協案でぼくが来ました。しばらくこちらでお世話になります」

「なんだそりゃ」

「世話係もなかなかお役目大変であるな」

 二人の足に歩調を合わせ、馬上で話を聞いていたエスツファが、同情半分といった感じで頷いた。もう半分は当然面白がっている。ランジュはエスツファの鞍の前に乗って、馬のたてがみに小さな編み込みをいくつも作って遊んでいた。

「でもなんで、お前が来るとアルディラが妥協したことになるんだ?」

「えっ?」

「そもそもなんであいつは、あんなに俺にこだわるんだ? 俺を友達だとでも思ってるのか?」

「なんでって……」

 心底意外そうな声を上げて、リオンがグランを見上げる。説明に困った様子で目を向けられ、エスツファが苦笑いを浮かべた。

「元騎士殿は対象外の女人には冷たいのであるな」

「女人? ただの子供じゃねぇか」

「自分が一五の頃はもう大人のつもりだっただろう。同じようなものだ」

 言いながら、なぜか目の前のランジュの頭をぽんぽん撫でている。ランジュは目をぱちくりさせて振り返ったが、すぐに気を取り直したようすで、隠し持っていたリボンの切れ端を、編んだたてがみに結び始めた。なぜあんなものを持っているのか。

「幼くても女人は女人なのだよ。幼くなくなっても、それっぽくならないのがたまにいるが」

 エスツファの視線が幌馬車の前方に向く。御者台の近くに馬を寄せて、ルスティナが御者役の兵士となにか話し込んでいた。栗色の髪が風に揺れる。

「子供に気に入られてもなぁ……」

「それにグランさんには、アルディラ様が来るより、ぼくの方がまだいいんじゃないですか」

「なんだその微妙な二択は」

 気に入られてるのは判ったとしても、なぜここにリオンが来るとアルディラが妥協したことになるのかがいまいち判らない。だがリオンはもう、グランに察させるのをあきらめたらしく、

「ルキルアのお城でちらっと見た時も思ったんですけど、こうして見るとほんとよく似てるなぁ」

今度は馬上のランジュに視線を移し、ため息をついた。

「似てるって?」

「その子ですよ。ちょっと前のアルディラ様の面影が、そのままって感じなんですよね。山中で会った賊が勘違いしたのも判る気がします」

 確かに、グランも初めてアルディラに会った時、見た感じの印象がよく似ているとは思った。城に来たオルクェルが、ランジュを見て変に反応していたのはそのせいもあるのかも知れない。

「アルディラ様もちょっと前まであんな風に無邪気で可愛かったのに、時って残酷ですよね……」

「お前それアルディラに聞かれたら殴られるぞ」

「そういえば、エレムさんはどちらにいらっしゃるんですか?」

 わざとらしく話を変え、リオンは馬車の前後に連なる徒歩の兵士達を見回し始めた。グランはあごで、少し先を進む幌付きの荷馬車を示した。

 荷台の狭い隙間に座り、腕を組んで荷物にもたれ、エレムが居眠りをしている。エレムは結局、出発ぎりぎりまで図書室でひたすら本を読んでいたのだ。暑くなる時期だからちゃんと寝ておけと言っておいたのに、計画性とか準備といった、堅苦しい言葉が大好きのエレムにしてはこんな無茶は珍しい。

 リオンはグラン達に小さく頭を下げると、いそいそと馬車に近づいていった。動いている荷馬車に、なんとか後ろから乗り込もうとおたおたしている。それを眺めていたグランに、馬から降りたエスツファがにやりと笑いかけ、声をいくらかひそめた。

「姫は監視役にリオン殿を差し向けたのだよ。なにしろ元騎士殿は、半月将軍のお気に入りであるからな、気が気ではないのだろう」

 ああ、そういうことなのか。グランは微妙な気分で首をすくめた。

 ルスティナには確かに気に入られているようだが、普通に仲間扱いされてるだけで、色恋の対象とは思われていないようだ。グランが礼服を着た時は妙にかわいい反応をしていたが、あれは男が自分の好みの体つきの女とすれ違うとつい目で追ってしまうのと同じ、本能的なものなのではないか。生まれついて持ってるものだから、自分ではどうしようもなくて、だからあんなに慌てるのだろう。

 礼服なんか着なくたって、こんなにいい男なのになぁ。普段は全く平気なのだから、ルスティナもよく判らない。

 グランの表情をあきれたように見返すと、エスツファは近くの兵士に馬の手綱を預けた。編んだたてがみにリボンを全部結びつけて満足げなランジュを、軽々と抱き上げる。そのまま荷馬車まで近づくと、荷台にランジュを座らせ、その横に、上がれずにおたおたしているリオンを放り込んだ。

 王の代理として他国へ出向く将軍二人が率いる物々しい部隊の筈なのに、保育所の遠足のような光景になってしまった。周りの兵士達も、エスツファの性格は判っているのだろう。みんな、面白がって見ているだけである。

 ルスティナも、ほかの兵士達と話をするいい機会とでも思っているのか、こちらまで下がってくる気配がない。少し後ろを歩く兵士達の話が盛り上がっていたので、グランはそっちに混ざることにした。

 こんな行列に絡んでくるような盗賊もどきも出そうにないし、しばらくはただ、街道の両脇に広がる低い山並みを眺めながらの単調な旅になりそうだった。

 

 街道は基本的に、街と街をつなぐ道路を整備したものだ。村というのも大げさな、数件の民家が点在する集落も所々にある。小さな孫を抱いた老人が、街道から少し離れた高台から、滅多に見られない二カ国の混成部隊が通っていくのを眺めているのも見えた。

 もうこのあたりは、ルキルアの隣国コルハトの領地なのだが、そういえば国境越えの検問がなかったので、いつルキルアの領内を出たかは判らない。なにしろエルディエルの姫君を守る部隊だから、通過する国にも事前に手配が行き届いているのだろう。

 その日最後の休憩の場所に着いたのは、昼もだいぶ過ぎて、かなり太陽が傾き始めた頃だった。夏だから日が長く、山並みの間の街道は比較的過ごしやすいため、いまのところ行程に滞りはない。あとは野営の予定地点まで歩くだけだ。

 リオンの質問を適当に受け流してうつらうつらしていたエレムも、エスツファが回してきた水筒の水をいくらか口にしたら少しは目が覚めたようだ。やっと荷台から降りてきて、大きく伸びをしている。剣を背負い直しているから、ここからは歩く気でいるらしい。

 グランと目が合うと、エレムはばつが悪そうに頭をかいた。

「ったく、夜遊びの相手が女じゃなくて本だとか、つまんねぇ奴だよな」

「女性相手の夜更かしじゃ、なおさら褒められた話じゃないでしょう……」

 なぜかリオンはランジュと連れ立って、兵士達の片付けを手伝っている。ランジュには、目新しいことはみんな遊びと同じらしい。リオンはといえば、せっかくアルディラから離れたのに、誰かの世話をしていないと落ち着かないようだった。不憫なものである。

 あらかた用意が整って、あとは号令を待つばかりとなった頃、荷馬車の前方が騒がしくなった。

 真新しい兵服を着た若い赤毛の兵士が、小走りにやってきてエスツファになにか報告しはじめた。見た記憶のある顔だと思ったら、この前グランが一対一〇でエスツファの酒を賭けた中で、一番最後まで残っていた者だ。

 二・三のやりとりのあと、赤毛はまた列の前方へ走っていった。

 戻ってきた赤毛は、今度は兵士ではない中年の男を二人連れてきた。どうやらこの近辺にある集落の住人らしい。馬車が一台やっと通れる程の道が街道脇から伸びていて、その先にぽつぽつと建物が見えた。

 エスツファが彼らから話を聞いている間に、赤毛より少し年かさの兵士が四人ほど周りに寄ってきた。一旦話がまとまったらしく、住人二人を道案内にたてて、赤毛を含めた五人の兵士が集落に向かって歩いていく。

「……なにかあったんでしょうか?」

 エレムの呟きに、グランは黙って肩をすくめた。異変に気付いたらしく、リオンがランジュの手を引いてそばに戻ってきた。

 並んで遠巻きに眺めていたら、一人であたふたと戻ってきた赤毛が、エスツファにまたなにか説明している。エスツファは話を聞いて少し首を傾げた後、なにを思いついたのか、グランたちを見て手招きした。

「……人が死んでるらしいんだよ。この辺じゃ見ない顔だっていうから、旅のよそ者らしいんだが」

 集落を指さして、エスツファが声を低めて説明した。

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