50.天空への道標<5/10>
よく見れば、それは残光を引きながら放出された小石大の透明な玉だった。玉は的確に「大きなもの」の胸元に飛び込み、ぶつかると同時に大きな法円を宙に描き出した。
「おおきなもの」の動きが、不自然に硬直した。
小刻みに動いていた羽が止まり、赤みを帯びていた大きな目から光が薄れていく。手の中で生成されていた槍がぽろりと地面に向けて落ちていく。
動きを止めたことで高度を維持できなくなり、「おおきなもの」は、紙細工の人形が落ちていくように、ふらふらと落下を始めた。異変に気づいたらしい背後のものが、方向を転換し仲間を拾い上げに追いすがる。
「な、なんっすか? なにが……」
二人の民間人を必死で引っ張っていイグシオも、さすがに驚いた様子で『おおきなもの』たちの異変に目を奪われている。その背後から、
「このまま出番がなかったらどうしようかと思ってたよぅ」
いまいち緊張感に欠けた声と供に、小柄な影が身をひねりながら三人の頭上を軽々と飛び越えた。すちゃっ、と謎の擬音をつけて、三人と「おおきなもの」の間に降り立つ。
「さすらいの魔道具狩人リノ、ただいま参上!」
「な、なんすか? 朝一緒だった、荷馬車の御者さんじゃないすか?」
「魔道具狩人って、今言ったばっかりじゃないの!」
抗議の声を上げながら、リノは、右腕を胸の前にかざした。その手には、枝分かれした木の棒に、投石紐をつけたような、謎の道具が握られている。
「ここを出ちゃえば、あいつらはもう追いかけてこないよ。あとはおいらに任せて、さっさと逃げちゃってよ」
言っているそばから、リノの左手に、手品のような動きで、数個の透明な水晶玉が現れた。リノはその玉を、木の棒についた紐に乗せ、大きく引っ張った。紐は、ただの紐にしては不自然な伸び方をした後、勢いをつけて水晶玉を放出した。
かなりの勢いで飛び出した水晶玉は、上空から飛来してこようとした「おおきなもの」の胸元にぶつかると、割れたり跳ね返される代わりに、静止した状態でおおきな法円を宙に描き出した。すると、ぶつけられた「おおきなもの」は動きを止め、ふらふらと、落下に近い勢いで降下を始めた。
「さすが純正の魔力石、魔力の吸収量が桁違いだねぇ」
「魔力?」
「簡単に言うと、この水晶玉をぶつけると、あの蜂さん達の『動く力』を吸い取っちゃえるの。姐さんに見せて貰った魔法円、記録しておいてよかったよ」
謎の解説を乗せて、リノはさっさと行けとばかりにひらひらとイグシオに手を振った。
「一般市民に怪我なんかさせたら、あのおっかないお母さんに怒られちゃうからね。はやく逃げて逃げて」
「わ、わかったっす、ほら、ここを出たら安全す、走るっす」
リノが現れたことで、恐怖心が薄れたのか、イグシオに引っ張られる二人もさっきより足が速い。背後を遠ざかっていく気配を、もう振り返りもせず、リノは更に続けて、ふたつ、みっつと、水晶玉を射ち出した。接触すると同時に、中空に光で描かれた法円が広がり、ぶつけられた「おおきなもの」がふらふらと落下していく。それを拾いに行くため、背後に続く「おおきなもの」も必然的に数を割かれているようだ。
「……あっちはなんとかなりそうですよ」
リノが現れ、新たな「おおきなもの」を引きつけてくれたことで、迷い込んだひとたちを連れ戻す、最初の目的は達成できそうだ。
「ルスティナさんを後退させて、僕らもここから離脱しましょう。……ヘイディアさん?」
風を操り、飛来する「おおきなもの」たちの動きを牽制していたヘイディアは、ルスティナの様子に気を配りながらも、
「……周りの、瓦礫の動きがおかしいのです」
「瓦礫の?」
ふらふらと近くに落下してきた「おおきなもの」を剣のひらで殴り飛ばしながら、エレムも周囲に目を向けた。
白い荒野のそこここで、乱雑に転がっていた大小の白岩が、確かに不思議な動きを見せている。比較的大きめの岩の周囲の砂が、吸い込まれるように渦を巻いている。ちいさな岩や小石は、その渦の流れに乗って、大きい岩に吸い寄せられていくのだ。似たような現象は、目に見える範囲のそこここで起きているようだった。
「……瓦礫が集まって、大きくなろうとしている? ここの岩や砂って、落ちてきた古代施設の破片ですよね?」
エレムは空を振り仰いだ。上空から現れる虫の集団のような影、その先の真っ青な空。
「おおきな異形達が集まって来ているのは、施設が修復されているのにあわせた動きなんでしょうか。でもこんな所で施設を修復しても……あっ!」
考えをまとめようとしていたエレムは、予想外のものを目にして思わず声を上げた。
『ちいさなもの』を率いたルスティナとジェームズが相手にしている「おおきなもの」達の上空から、急速に降下してくる影たち。その影の一つが、抱えていた『黒い』ものを唐突に放り出したのだ。地上に向けて。
放り出された「黒い影」は、落下しながら態勢を整え、中空に群がる「おおきなもの」の先頭、槍を構えてルスティナに向けて突進しようとしていた「おおきなもの」の背中、人間でいうなら左右の肩甲骨の中間に『着地』した。
さすがの異形も、自分たちの更に上空から、『新しき人』が攻撃してくるとは想定していなかったようだ。反射的に飛び上がろうとしたようだが、人間一人の体重と落下速度を乗せた蹴りには抗えない。落下に近い勢いで、神馬に乗ったルスティナ間近まで高度を落としていく。
そのさらに上から、
「レマイナよ、羽なき貴方の幼子を、地の楔から解き放ち給え!」
異形に抱えられたラムウェジが、地面に向けて両手をかざしながら声を張り上げた。
それに呼応するように、
異形の背中に乗ったまま一緒に落下していたグランが、膝を曲げ、異形を蹴り飛ばす勢いも併せて宙に躍り上がった。自分の背丈を倍以上も超える、人間には考えられない跳躍距離だ。
もし法術の気の流れを見ることができる者がいたなら、その者には、地上に集まりつつあった地の力が、ラムウェジの声に合わせ、吹き出すように天に向けて放出される様が見えたろう。
その地の力に乗って、グランは身をひねりながら、自分が蹴り落とした異形がさっきまでいた高さを遙かに超えて跳び上がった。




