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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
星の王太子と降星の荒野
537/622

49.天空への道標<4/10>

「エレム殿、異形の攻撃を受けぬようにな」

「変な錬金の作用ですよね、留意します」

 ルスティナの背を護るように構え、エレムも頷く。

 イグシオが住民を荒野から連れ出すまでは、彼らが大きな異形の気を引いて、時間を稼がなければいけない。

 二人が声を掛け合っているうちにも、後方から増えてくる「おおきなもの」が、示し合わせたように槍を投擲してきた。多くは「ちいさなもの」が炎の槍で迎撃したが、それでも落としきれない数本が飛来してくる。持っている者の体が大きいだけに、人間が持つ大槍よりも大きく、長い。錬金の作用以前に、あんな者に当たったらけがどころではすまない。

 その槍に立ちはだかるように、中空に白光の法円が出現した。

 盾のように槍をはじき返すわけではないが、法円を通過した際に槍が黒い粉光を全体から放った。まるで、全体からなにかが「削がれ」ているようだ。

 その法円を越え、眼前まで迫った槍を剣で一気に払い落とした二人の背後から、

『ルスティナ殿!』

 耳を介しない声とともに、白く光る塊が二人の背後から天を駆け下りてきた。美しい角を持つ神々しい神馬が、ルスティナの横に降り立ち、気品にあふれた仕草で首を巡らせる。黄金のたてがみが星のように光を振りまいた。

「……ジェームズ殿?!」

『空を飛ぶ異形に、地上で相手をするのは不利だ、力を貸そう』

「かたじけない!」

 軽く足を折り曲げた、ジェームズの意図をすぐに理解し、ルスティナはその背に飛び乗った。

「エレム殿、ヘイディア殿とミンユ殿を頼む」

「え、あ、はい!?」

 エレムが状況を呑み込むのが遅れているその間にも、ルスティナを乗せた神馬は宙を駆った。手綱もない馬に危なげなくまたがったルスティナに、「ちいさなもの」たちが護衛のように付き従い、「おおきなもの」に立ち向かっていく。まるで戦神が戦場に赴く絵画のような神々しさだ。



 白い荒野の上で、黒い点がいくつも群れを作り、飛び回っている。

 比較的大きな点の集まりは、時には槍の穂のような陣形を作り、ある一点に向かって突進しようとしていた。それを、小さな点の群れが、横から突入して陣を乱す。ぶつかり合った所では、白い光がひらめき、あるいは炎が広がって、大きな点が煙を上げながら地上に落下していくのが見える。

「もう始めてやがる!」

 ラサルら獅子宮の衛士に抱えられ、白い荒野の上空に下降していく者達の目にも、やっと地上の動きが見え始めた。白い荒野の比較的外れの部分で、光り輝くなにかを中心に大きい者と小さいものの群れがぶつかり合っている。

「あれ、お馬さんじゃないさ?」

 クロケが感心したような声を上げた。チュイナを通して状況を見ているユカが、目をすがめ、

「乗っているの、ルスティナ様ですの。よく判らないけど、ジェームズ様が助太刀にいらしたのですの」

「……なにやってんだ馬!」 

 白い光は、どうやら「おおきなもの」とルスティナの中間あたりで多く発生している。「龍臥谷」で毒の化け物相手に使っていた光円だ。光円に触れたからといって、槍は跳ね返されるわけでもないが、通過するときに黒い粉光を放っている。

「お馬さん、槍に込められた錬金の魔法を無効化してるっぽいさ。あれなら、槍があたって怪我をしても、変な焼けただれとかは起きないさ」

「中途半端な盾だな!」

 ジェームズの能力は、毒を浄化する面が大きい。錬金の影響を心配しなくていいのは助かるが、もう少し物理的な盾として役に立って欲しい。

 とはいえ、ちいさなものを護衛に引き連れ、ルスティナとジェームズはなかなか互角にやり合っていた。

 これが目的が「おおきなもの」の殲滅なら、ルスティナはもっと間合いを詰めて積極的に攻撃するのだろうが、今は引きつけて背後の民間人を逃がすのが目的のようだ。

「ちいさなもの」の防御をかいくぐって接近してきた「おおきなもの」の攻撃を、ルスティナは持っている槍ではじき返す。圧された「おおきなもの」に「ちいさなもの」が群がって押し返す。

 そう、ルスティナが持つ武器は、自前の剣から黒い槍に変わっていた。槍など持ってきていなかったはずだが、どうやら周りの「ちいさなもの」が提供しているらしい。

 確かに槍を持った相手には槍の方が間合いがとりやすい。投擲もできるし、投擲した後は周りの「ちいさなもの」が新たに供出してくれる。

 まるで、神馬に乗り空を駆る軍神に、蜂の姿をした戦士達が付き従っているような光景だった。民間人の目撃者もいるし、後世、何らかの形で伝承に残ってしまうかも知れない。

 一方で、地上の三人も善戦していた。

 イグシオに引きずられるように逃げていく二人の旅人、それを追おうとする「おおきなもの」を、ヘイディアが起こした突風が横から押し退け、均衡を崩す。

 ふらついて、地面に近くなった異形の背に、地上から跳躍したミンユが飛び乗った。飛び乗りながら、勢いを乗せて蹴り飛ばす。

 周囲から集まってくる『地の力』に乗って、ミンユの跳躍距離は最初に見たときよりも格段に伸びていた。

 助走をつけた程度の人間がどんなに頑張ったところで、飛び上がれる高さなど知れている。しかし今のミンユは、人間の背の三倍以上の高さにいる「おおきなもの」を軽々と飛び越し、上から蹴りを入れて離脱、更に次の『おおきなもの』に向かって跳躍していくといくという離れ業を、容易に行っていた。

 がら空きの背中に蹴りを入れられ、「おおきなもの」は均衡を崩し、地面すれすれまで落下に近い速度で下降していく。墜落する直前になんとか体勢を整えるものの、ふらふらとあらぬ方向に飛び上がっていった。

 一方で、別方向から現れた『おおきなもの』が槍を構え、ヘイディアに向かって降下してくる。

 その『おおきなもの』が突き出す槍先を、エレムが構えた剣で受け流し、勢いをそらす。相手は体の構造上、滞空はできても後退が難しいらしい。受け流されて、がら空きになった胴体に、エレムが剣のひらを叩きつけた。

 相手が一体だけなら、そのまま追撃ができるのだろうが、相手は次から次にと寄ってくるから、追い払う以上の攻撃ができない。それでも、時間を稼ぎつつ、ヘイディアの背後を守るには十分だった。


 前線で盾役をこなすルスティナ、宙を自在に跳び回り遊撃するミンユ、後方から支援するヘイディア。三者に援護されて退避していくイグシオは、別な意味で苦労していた。

 前線で盾役をこなすルスティナ、宙を自在に跳び回り遊撃するミンユ、後方から支援するヘイディア。三者にかばわれて退避していくイグシオは、別な意味で苦労していた。

 なにしろ民間人二人は半分腰が抜けかけている。必死で走ろうとしてくれているのは伝わるのだが、足下が砂地ということもあって移動速度は芳しくない。それに、ヘイディアの起こす風が牽制してくれているとはいえ、時折投擲された槍が間近に突き刺さるため、どうしても移動はおっかなびっくりになる。人間、危険に対して振り向かずに一目散、というわけにもいかないらしい。

 それでも、当初よりだいぶ荒野の出口に近づき、わずかながらの緑と見慣れた岩肌の地帯が見えてきた。その頃合いになって、突然、それまでとは別の方向から、羽音を響かせた別の集団が現れたのだ。

 上空から飛来した、『七つの宮』『六の宮』双方の援軍が遅れて到着し始めているのだが、地上の人間は上空で起きていることを知らない。新たな羽音と飛来する影に、ぎょっとして立ちすくむ二人を、イグシオが必死で引っ張る。

 人間達が極端に動きを緩めた、その間にも、新たに飛来してきた『おおきなもの』の集団は、右手に槍を作り出し、投擲のために一斉に腕を引いた。

 ほぼ同時に、標的となった人間達の背後から、光の筋が放たれた。

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