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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
星の王太子と降星の荒野
536/622

48.天空への道標<3/10>

「『七つの宮』部隊が、緩衝地帯に入り込んだ『新しき人』を発見し、排除行動をとろうとした。それを止めるため、『六の宮』の衛士が攻撃を開始した」

「ユカ! ルスティナ達が攻撃されてるのか?!」

「ルスティナ様達は白い荒野に入ったばかりですの」

 ルスティナの肩にしがみついているはずのチュイナの視界を探りながら、ユカが答える。

「荒野のもっと先で、黒い影の群れが、地上の誰かを取り囲んでるのですの。ルスティナ様達は、その誰かを追っているみたいで……あっ」

 なにを「見た」のか、ユカが調子の外れた悲鳴を上げた。 

「ヘイディアさんが風で大きな異形を押し戻したのですの、ルスティナ様、ツンツン頭の騎士さんと一緒に、襲われてる人を助けに行くつもりですの」

「なにやってんだあいつら!」

 エレムが話に出てこないのは、全員の後方を守っているからだろう。他人が異形に襲われているのを目の当たりにして、黙って見ていられない奴らなのは判る。判るが、もう少しやりようはないのか。相手は一国の王太子護衛団を壊滅させた異形なのだ。

「ルスティナ様たちも、大きな蜂さん達に気がつかれたみたいですの。小さい方の蜂さん達も気づいて援護に集まってきてるけど、このままだと正面から衝突ですの」

 降下中の打ち合わせでは、グランたちは七つの宮の衛士達との空中での接触をさけるために、一旦荒野の北側に降りて徒歩でルスティナたちに合流するつもりだった。しかし下では既に、ルスティナ達が異形と交戦を始めている。この状況で安全策などとっていられない。

「ラサル、予定変更だ! 北側じゃなく、このまま緩衝地帯の上空に向かってくれ。クロケは俺を援護しろ」

「あいさー」

 クロケが緊張感に欠けた声を上げる。大きな白岩の散乱する白い荒野の上空には、そろそろ虫の群れのような黒い影が見え始めていた。



 普段なら誰にも気づかれないはずの荒野への道は、驚くほど判りやすかった。ルスティナと並んで先行してたイグシオが、今まで何度も通ったはずの裏道に、まったく記憶がない分岐を見つけてぎょっとしたくらいだ。

「確かにこの辺に来ると、風の動きが変わるって話は聞くっすけど……オレら、ずっと長い間、これが見えてなかったってことっすか」

「魔法とはそのようなものらしい」

 まったく視界から消してしまうのか、見えていても意識に残らないようにするのか。あるいは、人は無意識にその方向を避けてしまうのか。方法は判らないが、ともかく長い長い間、荒野へ続く道は人間から隠されていた。

 踏み込むと、それと判るほど緑の気配は失われ、足下を作っていた赤茶けた岩土は、いつのまにか白砂と白岩ばかりの、白い荒野になっていた。所々に、馬車や家ほどの大きさの岩塊も転がっているが、それらも皆、白い。

「これらは皆、上空から落ちてきた古代施設の破片なのか。魔法力を失って、風化したものででできた、白い荒野ということか」

 そこへ続く道へ踏み込みながら、ルスティナが呟く、その後ろで、

「ひゃあっ?」

「ミンユ殿、気をつけて!」

 ルスティナの後ろを駆けていたミンユが、いきなり、なにかにはじかれたような勢いで跳躍しかけたのだ。自分でも意図しない動きだったのか、悲鳴を上げたミンユにヘイディアが声をかける。エレムがとっさに、ミンユの腕を掴んで引き戻した。

「ど、どうしたんですか」

「前に来たときと、気配が全然違います。前はもっと、重苦しい空気だったのに、今は地の力で満ちていて、それが周りからまだまだたくさん集まって来ています」

「周りの地の力が、この地帯の中央に向かって集まっているようです」

 ヘイディアが、錫杖を支えにするように立ち、荒野の中央部に目を向ける。

「法術が発動する前の、力の集約現象に似ています。法円を用いて魔法を発動させるための前段階ではないでしょうか」

 幻惑の魔法が解除されたのは、それに用いていた魔法力も別のことに使うためではないか。だが、地上にいる人間には、その目的が読み切れない。そして、

「上空から、なにか来るっす……あっ!」

 薄い青色の空から、虫の群れのような影が現れた。その群れが向かっているのは、一行の視線の先、荒野の中心部に近い場所だ。そして、その地上に、二つの人影が遠く見える。

「さっきのお二人ですね、やっぱり、迷い込んでしまったんだ」

「でも、異形は昼間は出てこないはずじゃないっすか?」

「やはり上空で事情が変わったのだろう。今の地上での現象に伴って降下してきたのではないか」

 集団で下降してくる異形の群れの動きが変わった。それまではそれなりに荒野全体に分散して降りてこようとしていたのが、急に互いの距離を詰め、一点に向かって槍先のような陣形を取り始めたのだ。明らかに攻撃前の体勢だ。エレムが声を上げる。

「……大きい方の異形では?! 攻撃されたら、あのひとたちではひとたまりもないですよ」

「ヘイディア殿、異形達の下降を妨害してくれ。ミンユ殿はヘイディア殿の援護を。我らはあの二人を助けにいく」

 言いながら、駆け出したルスティナは既に剣を抜いている。イグシオ、エレムも後に続いて、荒野の中央に向かって走り出す。彼らの動きに気づいたのか、それまでは姿を隠してついてきていた『小さい方』、ラサル達の仲間である獅子宮の衛士達が頭上に姿を現しはじめた。

 ヘイディアが錫杖を構え、塊として集約された風が、槍を放出しようとしていた『大きなもの』の先鋒を大きく吹き飛ばした。その風の勢いに圧されるように、足を早めたイグシオが、立ちすくむ二人に追いついた。

 二人は、自分たちが見知らぬ場所に迷い込んだのに戸惑っていたのだろう。今度は上空から現れた虫のような群れに気がつき、動けずにいる。

「引き返して逃げるっす!」

 イグシオは言いながら、腕を引いて二人を振り向かせた。

「き、騎士さんか? あ、あれは……」

「いいから早く!」

 足がすくんでいるのか、二人は腰を抜かしこそしないものの、足を動かそうととする様子がない。上空では、吹き飛ばされてなくなった先鋒を補うように「おおきなもの」たちが陣形を整え、その先端にいる者が槍を構えて突進してきた。

 それとほぼ同時に、後方から追いついた「ちいさなもの」たちが、槍を構えて「おおきなもの」達に突入していく。

「イグシオさん、二人を連れて退がってください、早く!」

「で、でも」

 イグシオは、二人を逃がしてルスティナの援護をするつもりだったのだろう。異形に立ちはだかるように並んで剣を構えるルスティナとエレムの背中に、とっさに決断できないでいる。

「イグシオ殿、二人が安全に退いたら我らもすぐに退く」

「真後ろにいられたら、攻撃を避けることもできません、早く!」

 エレムの強い口調よりも、抜いた長剣を構え、銀色のマントをきらめかせて異形を見据えるルスティナの姿に感銘を受けたのか、イグシオは大きく頷いた。

「承知しましたっす、二人を避難させたらすぐ戻るっす」

「よろしく頼む」

 イグシオは二人の腕をつかみ、引きずる勢いで強引に離脱をはじめた。動きに気づいたのか、「おおきなもの」の数体が、逃げ出す三人に向かって方向を変える。

 その「おおきなもの」に、新たに上空から現れた「ちいさなもの」が群がって、体当たりを喰らわせている。

 どうやら、「おおきなもの」だけでなく、「ちいさなもの」も新たに集まりはじめているようだ。飛来してくる「おおきなもの」の群れから、地上の人間を護るように、「ちいさなもの」も展開をはじめている。数は双方互角、いや、若干「ちいさなもの」が少ない。

「おおきなもの」の狙いは、あくまで地上の侵入者、「人間」のようだ。横から動きを妨害する「ちいさなもの」など見えていないかのように、槍を手に下降してこようとする。それを「ちいさなもの」が、横から体当たりしたり、数匹で群がって食い止めている。

「この地で何事かが起きようとしているのか」

 剣を抜き、周囲を探っていたルスティナが、異形たちの攻防に息を呑んだ。おとぎ話というよりも、殺伐とした神話の戦場のような光景だ。

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