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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
星の王太子と降星の荒野
528/622

40.天空の城に住まう者<1/6>

「……やっぱりこの格好なのか?」

「背負うわけにもいかぬ故」

「いい思い出ないんだよなー」

 グランのぼやきを、ラサルは冷静に受け流した。元々表情はないし、多分感情もないだろうが。

 晴れ上がり、強い太陽の光の下で色を失い輝く空。

 まさか、またこんな経験をするとは思わなかった。

 いつの間にか槍を収めた、というか痕跡も残さず「消失」させたラサルと、上空で待機していた『六の宮』の衛兵達にそれぞれ横抱きに抱えられ、グラン達は太陽の方向に向かっていた。

 比較上「小さい」方と呼んでいたが、ラサル達「ちいさなほう」も、自分たち人間よりも一回りほど大きい。人間と同じ形の腕二本に抱えられているのは、安定感はあるがやはり落ち着かない。

 相手はただ「一番効率のいい形で」作業的に自分達を運んでいるだけなのだから気にすることもないのだが、やはり人間としての気恥ずかしさが拭えない。

「すごいのさ、そんなに魔力を使ってるわけでもなさそうなのに、体を維持しながら人間まで一緒に持ち上げて飛ぶなんて、古代魔法って効率いいんさぁ」

 別の『蜂』に抱えられたラムウェジと並んで飛びながら、クロケが変なところで感嘆の声を上げている。

 土でできた蜂の形の異形より、羽もなく自力で飛んでいるクロケの方が、見ていて現実味がない。なんとなーくだが、冷気が光を反射する陽炎のような輝きが尾を引いて見えるので、やはり精霊であるフェリルの力で飛んでいるのだろう。

「すごいですの! 凧に乗った軽業師さんでも見られなかった景色ですの!」

 ユカはと言えば、一度状況を受け入れてしまうと、持ち前の好奇心が不安とか高所の恐怖心だとかをすべて凌駕してしまったようだ。抱きかかえられた形で地上を見下ろし、色のついた地図のような鮮やかな風景に歓声を上げている。

 一方で、もともと乾燥気味の風が、高度を増すごとに徐々に寒さを感じさせるほどになってきた。しかし、地上は遠くなっても、相変わらず空は青いまま、浮遊しているものなど何も見えない。

「――あれ?」

 瞳をきらきらさせて地上を観察していたユカが、その目を瞬かせた。

「チュイナの様子がわからなくなったのですの。術を解いてないのに、変ですの」

「へぇ?」

 チュイナはルスティナと一緒にいるはずだ。グランはもう人の姿など確認できない地上を目をすがめて見下ろした。

 地上から遠く離れたことで、緑豊かな山中に、不自然に白く広がった荒野がはっきりと目についた。ラムウェジが最初に異形に遭遇したと思われる場所だが、思っていた以上に広い。所々大きな岩塊が転がっているように見えたが、距離がありすぎてそれ以外のものは見えなかった。

 あんなに広い所に、計画的に調査場所を割り振っていた測量技術者達がたどり着けなかったとは、にわかには思いがたい。

「ああ、こういうことなのさ」

「なるほどねー」

 ラムウェジとクロケは逆に、妙に納得した様子で呟いている。彼女たちでなければ判らない「なにか」を感じ取ったのか。グランは視線を、ラサルが目指す天空に向け直した。

 そして、絶句した。

 霧が晴れた、というのはおかしいだろう。空は相変わらず晴れ渡り、太陽に近くなったことで薄くなった青が広がっているだけだ。しかし、その空には今、さっきまで影も見えなかったはずの巨大な白い「島」が、円を描くように浮かんでいた。

 まるで、空を覆っていた青い霧を抜け出たような唐突さだった。

 下から見ると、その島一つ一つは、ひっくり返した鶏の卵のような形をしていた。頂点に当たる部分を取り囲むように、四角い板のようなものが何枚もついている。一見、果物のへたのようにもみえるが、それらがなんのためについているのかは推測できなかった。あれを傘のように広げて浮遊しているのでもなさそうだ。

 何かに似ていると思ったが、へた状に見える板部分もあわせると、形だけなら苺に似ている。

 島の底側、苺のでいう先端の尖った部分にあたる場所には、大きな穴があいていて、中は空洞に近い状態らしいのが見て取れた。

 今の段階で、視界にはっきり見える『島』は、六つ。それが、下から見た感じでは正確に距離を保ち、円を描いて浮かんでいるように見えた。ラムウェジが感心した様子で、

「逆さにした壺みたいな巣を作る蜂がいるって、聞いたことはあるけど」

「蜂の巣ってことですの?」

「確かに、空中を拠点にして活動させるなら、蜂の動きを参考にするのが早いわよね」

「古代人には昆虫愛好家マニアでもいたのか?」

 地底湖で見た蟻も、実際の蟻を巨大化させたような生態(?)を構成していた。あの中でも、卵やら蜂の子やらが生活しているのだろうか。それはそれで微妙な気分だ。

「上になにか見えるのさ」

 クロケが、太陽の光を避けるように額に手をかざしながら上を見あげた。6つの島が円を形作る更に上空に、星のように白く輝くなにかが見えるが、ここからでは形も数もはっきりとは見えない。

 いつの間にか周囲には、自分たちを運んできたラサル達以外の『蜂』が集まって来ていた。接近者を警戒する警備兵のような存在なのだろう、今は一定の距離を保ったまま近づいては来ない。自分たちを護衛しているつもりなのかも知れない。

「しかしこんなもんが浮かんでて、下から見えないってあるのか? 今は望遠鏡も単眼鏡もあるんだぞ」

「ユカちゃんが、チュイナちゃんと連絡できなくなったって言ったさ? あの辺りに、幻惑の結界が張ってあるのさ」

「あの『あるはずのない開けた場所』あたりで感じたのと、同じような力ね。近くまで寄れれば、法術や魔法の素質があるひとには『なにかある』って判るだろうけど、そもそも空の上だものねぇ。これは見つけられないわ」

 だとしたら、件の古代施設から新文献が発見されなければ、この空の施設は現代の人間に認識されることはなかったのだ。キルシェのような例外はあるが、キルシェは古代魔法を扱うから、枠としては古代人寄りのはずだ。

 古代魔法の恩恵を受けられなくなった『新しき人』のために、古代人はわざわざ地上の施設に、空の上の遺物を示す文書を残した、ということなのだろうか。

書物なら、文献なら、見つけた者に魔法が使えなくても場所を推定することが出来る。『新しき人』にそれ相応の知性と文化が備わっていることが前提になるが。

 地上に点在する「なんに使われていたか判らない」風化しない古代施設。荒らされて見捨てられたその奥に、まだ隠されたものがある。文明が、人間が、知識を価値ある財産と認識できるほど成長した頃合いに現れる、次世代への手紙のような――?

「なんか、全然近くならないさー」

 グランの思考を、クロケの不思議そうな声が遮った。

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