39.地を駆け、空を駆け<5/5>
「じゃあ、打ち合わせ通りにね。私たちが刻限になっても戻らなかったら、日のあるうちに町にたどり着けるように移動を開始してください」
「は、はぁ……」
イグシオは戸惑った様子ながらも、ラムウェジの声に頷いた。
怪我をして連れ去られた人たちは、実は異形に保護され、手当を受けている状態だという。状況を確認するため何人かで見に行きたい、というラムウェジの申し出を、ラサルはあっさり了承した。
「グランバッシュ殿は同胞の恩人であり、我らの現状を打開するために必要な存在である。ぜひ施設に来て貰いたい」
「やっぱ俺なの?!」
いろいろなことが重なりすぎて突っ込みもできなかったが、ラサルが自分たちと和解して一番に話したのは、「施設機能を奪回するために協力願いたい」だったのだ。
『ラグランジュ』との契約が、古代施設の関係者(物?)になにがしかの影響を与えているらしいのは、今までの経験からなんとなく判る。グランにとってはただの疫病神なのだが、古代文明においてラグランジュの立ち位置はどんなものだったのだろう。
「ということで、行くのはわたしとグランさんとクロケちゃんと、ユカちゃんね?」
「はいですの!」
「……」
グランにはものすごく不本意だった。特に最後のが。
機動力を考えたら、クロケまでは判るのだ。移動は上空、案内はラサル達がしてくれるが、ラサル達は古代施設に付属する衛士、古代施設的に言えば『防衛機能』のひとつだ。グラン達に予測できない非常事態で機能に異変が起きた場合、空中を移動できる手段を持ったクロケが必須になる。
しかし、ユカ。何故ユカなのか。
「ユカちゃんは使い魔くんを使って簡単な連絡役ができるじゃない? 私たちが戻るとき、合流しやすくなるでしょ」
グラン達が上空にむかったあと、地上組はしばらくイグシオの知っている休憩地点で待機する。刻限内にグラン達が戻ればそれでよし、でなければ移動を開始し、夜になる前には一番近い集落に到着する、という流れになる。
ルスティナは、自分が行けないのは残念そうだったが、ユカの同行には特に反対はしなかった。
「ラムウェジ殿が施設に出向かれるなら、私は先に現地で、イグシオ殿と共に集落の長に会って事情を説明しておこう」
説明って、『ラムウェジは空中の古代施設を見に行ってます、ちょっと遅れます』とでもいうのだろうか。いやまぁ、馬鹿正直に説明することもないのだが、ルスティナは真顔でやりそうで怖い。
イグシオは話についてくるのがやっとの様子ながらも、
「根拠があってラムウェジ様がそう言われるなら従うっす。どのみち空の上じゃおれはお役に立てないっす」
普通の人間は空の上などに用はできないので、そこで役に立てることもなさそうだが。
ヘイディアの表情は読めないが、ミンユは心配そうだ。今の件で、異形のうちの「ちいさいもの」は自分たちを攻撃してこないことは判ったが、それでもまったく未知の領域に師を送り出すのはやはり不安だろう。一方で、エレムが心底不安そうに、
「危険はないかとは思いますけど、逆に二人で一緒になって暴れてこないでくださいね」
「どういう心配なの」
「言葉通りですよ……」
エレムは明らかに、自分が地上に残ることに葛藤していた。そもそも二手に分かれることなど全くの想定外なのだ。
エレムにしてみれば、グランにもラムウェジにも、こんな予測不能な状況で、自分の目の届かないところに行かれるのは不安すぎる。しかし、地上にルスティナが残れば、この一行に同行を許可された理由が『ルスティナの存在』であるヘイディアは当然、ルスティナのそばにつく。
先に集落にたどり着いたとして、ルスティナなら政治上の交渉は上手くやるだろうが、ヘイディアは対人恐怖症の気があるから、宿や食事の手配といった細々な交渉ごとには不向き。ミンユはしっかりしているが不測の状況にどこまで対応できるかは判らない。イグシオは現地の慣行には慣れているだろうが、女性達ばかりの一行に対しどこまで配慮できるかは未知数。この場で彼女らの補佐役を任せられるのエレムだけなのだ。
「エレムは心配しすぎなのよ、あっちもこっちも自分で面倒見られるわけじゃないんだから、ルスティナ様みたいに大きく構えてればいいのに」
「あんたが普段から無茶ばっかりしてるから信用できねぇんじゃねぇの?」
「それをグランさんが言うの?!」
言い合う二人に、エレムは今からもう胃が痛そうなそぶりだ。
「エレムさんが苦労性なのが、なんとなく判った気がするのさー」
黙って観察していたクロケが、妙に納得した様子で呟いた。




