38.地を駆け、空を駆け<4/5>
「わ、私たちが見たのって、こういう生き物だったんだ。いや、生きてるわけじゃない? 魔法人形?」
槍先を天に向け、待機する槍兵のように直立するラサルに恐る恐る近づき、ラムウェジが唸るように声を上げた。
エレムとラムウェジ達は襲われた位置から少し離れ、イグシオの案内で、道幅の広くなった場所で待機していた。そもそも、最初の時点でグランとミンユが上方に移動しているのを把握しているため、クロケがいない状況では後を追えなかったのだ。
クロケが順番に元の場所までグラン達を運んでいる間に、『ラサル』を除く蜂たちは一旦場を離れている。上空で姿を隠して待機しているようだ。
一旦は姿を現したジェームズは、グランを放り投げた後はまた姿を消していた。人間の姿をとっていないときは、人前に出るのを控えているのかも知れない。ここにいる連中にはばれているのだから、今更のこだわりのような気がするが。
「土でできてるのに、節とかなめらかですの。古代の技術すごいのですの」
「そ、そんなに近づいて大丈夫すか?」
「この方達は、嘘はつかないのですの」
彫像のように控えているラサルに、ユカは好奇心いっぱいに近寄り、まじまじと観察している。おっかなびっくりその後ろから眺めているイグシオに、物知り顔で説明までしていた。
どうやらユカは、ルスティナにくっついてきたチュイナを通して、会話を聞いていたらしい。それで彼らは分断されても、慌てずに待機していたのだ。
ヘイディアとエレムは、地下施設の蟻を直接見ているので、衝撃もそれほどではないようだ。大概のことでは驚かないはずのラムウェジの方が、初めて目にする存在を受け入れるために、必死で頭を回転させてるようだ。
「地下施設の蟻や、我らのような存在は、大陸の各地で活動している」
「喋ったっす、口が動いたっす」
「おとなしくお話を聞くのですの」
ラサルの動きにいちいち反応しているイグシオを、ユカがたしなめる。
正直、人間と同じ仕組みの発声器官を持っているわけではないだろうから、あの口の動きも、見せかけのものだろうとグランは思う。上半身が人間の姿なのは、人間とある程度交流をとる目的で作られているからだ。働くためだけに作られた蟻たちは、ほんとうに蟻の形をしていた。
「各地の女王たちは、空間を越えて情報をやりとりすることができる。我らの獅子宮には現在、形を持った女王はいないが、六の宮全体を統べる『頭脳』が、×××の地下施設跡から飛び立った新女王達からの情報を受け取った。その『頭脳』が、貴殿らの情報を施設の衛士に伝達した」
「女王以外にも、貴殿らを統括できる存在がある、ということか」
仲間……といっていいのかは判らないが、現在も古代施設に関わって活動する存在たちには、空間を越えた伝達網が存在し、起きた事柄を共有しているようだ。グランは、サフアの地下施設で、世代交代した蟻の女王達と接触しているから、グラン達の情報もある程度伝わっているようだった。
「あなたたちは、普段、なにしてるのですの?」
もともと好奇心が旺盛なユカは、物怖じせずにぽんぽん質問を飛ばす。ラサルは律儀に答えている。
「我らの仕事は、落ちた『七つの宮』の回収と、再構築に備えた魔法力、施設材料の貯蔵だ」
「宮が、落ちる?」
頭の中で話を整理していたらしいラムウェジが、思わず声を上げた。ラサルの話に余って耳を傾けていたエレムが、理解が追いつかずに戸惑っているラムウェジを制するように片手を上げる。
「……あなた方の『施設』の状況について、教えていただけますか?」
「『六の宮』は、『七つの宮』の基礎である。『六の宮』自体は魔法力を利用しない半永久動力を用いて、緩衝地帯上空に浮遊している」
「浮遊?」
「半永久動力?」
「一度にこちらが発言したら、困らせてしまいますよ」
聞き捨てならない単語が次々と飛びだしてくる。一緒に問い返したラムウェジとユカを、エレムがそっとたしなめる。
ラサルは二つの問いを、「施設の動力と機能に関する質問」と解釈したようだった。
「施設は緩衝地帯の真上で浮遊している。運用動力は魔法力に依存していたが、いずれは施設全体が魔法力に依存しない半永久動力に切り替わるよう設計が成されていた。しかし全体の動力が完全切り替わるより先に魔法力が枯渇しはじめ、『七つの宮』は一旦本来機能を休止し、動力を最小限に抑えつつ記録保持を優先しながら、本体を維持してきた。一定期間後も魔力の再供給が行われなかったため、少しづつ宮を切り離し、全体の動力の消費を抑えながら高度を維持してきた」
「切り離し……?」
「最初は七から六。次は五、その後は長期間、三の状態で維持を継続した。我らの仕事は、切り離されて緩衝地帯に落下した『宮』から魔法力を含む素材を回収し、『七つの宮』の再構築に備えて魔法力及び重要素材を保存することである」
「そのままの状態では、魔法力が足りなくて高度を維持できないから、最低限の機能を残して施設を少しづつ切り離していたと……?」
「じゃあ、あの荒野に点在してた大きな白い岩は、落下してきた古代施設の残骸ってこと?」
現場を実際に見ているラムウェジが声を上げる。
だとしたら、ハンジャの騎士エイサイが隙間に落ちて意識を失った「大岩」も、落下してきた施設の一部ではないか。
古代施設の落下地点は、魔法力を含む残骸が散乱していたから、草木が生えないままの荒野になっていた。それを拾い集めて空に戻っていく異形……
「……落ちた『星』を拾いに来てたのですの!」
ユカは目を輝かせると、勝ち誇った目でグランとエレムを振り返った。
「地元の伝承は本当だったのですの! 大人の先入観はよくないのですの!」
落ちてきたのは星ではなく古代施設だが、宮が『星座』を模しているのであれば、ユカの説は当たりとも言えなくもない。グランは頬を引きつらせ、エレムが面目なさそうに頭をかいた。
「……あなたたちは、人は攻撃しないって言ったわね?」
やっと話を呑み込んできたらしく、ラムウェジが落ち着いた声でラサルに問いかけた。
「じゃあ、『七つの宮』の衛士に攻撃されて、怪我を負った人たちは、今どうなってるの? あなたたちが連れて行ったのよね?」
「回収した人間は、『六の宮』施設で保護している」
ラサルは淡々と答えた。
「『王台』に備えられた『女王の蜜』の中で、損傷した身体機能の回復と解呪を行っている。いずれも身体機能に欠損はなく生命を維持した状態である」




