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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
星の王太子と降星の荒野
521/622

33.七つの宮と見えない太陽<4/5>

「船乗りの人は、夜は星を見て移動するっていうさ。そういえば大陸(こっち)にくる船の中で、いろいろ話を聞いたさ。月のない夜なんか、みんなで甲板に出て流れ星も見たさ」

 クロケもお気楽に応じている。

「北極星は一晩中動かないから、夜の航海の基準になるらしいさ。ほかにも方角を知る方法はあるらしいけど、星が一番判りやすいって言ってたさ」

「そういえば北極星は、熊に間違われて矢で射貫かれた親子の頭の部分だって昔話があったはずです。古代の人は、それ以前に盛衰した各地の文明の伝承や歴史を継承する意味で、星座を制定していったようです。英雄とされた人を死後も賞賛するためや、悲運だった人を天に上げて悼んだという由来の星座の伝承もあります」

「死んでから褒められてもどうしようもないのですの、生きてる間になんとかして欲しいですの」

「生きてる間は生活苦だったのに、亡くなってから急に評価される芸術家もありますものねえ」

 幻想的な星座の話が、現実的な苦情に変わっている。娘三人は楽しそうだが、話が耳に入る周りは微妙な笑顔を浮かべている。



 子供達が盛り上がっているその後ろに、ラムウェジとルスティナがついている。自分から同行を申し出たルスティナは、足下が落ち着くと今度はラムウェジと何やら話し込んでいた。

 わざわざついてきたのは、事態に関わるユカやグラン達への心配だけではなく、単純にラムウェジと話す機会を持ちたかったからかもしれない。エスツファが同行を容認したのも、日中の移動なら、そんなに心配することもない行程だと踏んだからなのだろう。いろいろ気をもんでいたのがなんだか馬鹿らしい。

 消去法で、その後に続くのはヘイディア、エレム。最後尾はグランだ。

「……南西地区和平条約の中に、古代施設の情報共有が含まれているのはおふたりもご存じでございましょう。あれは、エルディエルの始祖であるケーサエブが、今後の安定した人間社会の継続には、『古代文明の遺産を把握し、適切に管理あるいは監視する必要がある』と考えていたことが由来しております」

 ヘイディアは大勢の中ではおとなしいが、最近は少人数だと比較的喋るようになった。グランとエレムに対しては、だいぶ慣れてきた、というのもあるのかも知れない。

「古代文明が衰退して久しい現代でも、古代遺跡の中には魔法力を残した遺物が発見されることもございます。私もこの旅の中で、表に現れないだけで活動を続けている古代文明の遺産があることを目の当たりにいたしました。用いられ方によっては、人の安全を脅かしかねないものもあることを」

「レマイナ教会が、医学・薬学の普及と同様に、古代遺跡や古代文献の調査を重視するのもそこにあるようですね。古代文明には、人間に役立つ知識もある一方、安易に用いては危険を伴うものも多々あります。古代文明の知識を正しく管理し、人の益になるように用いるには、やはりどの国にも中立な組織でないと難しいでしょうね」

 管理者を喪いながらも、人間に害を及ぼさずひっそりと活動をするものもある一方で、現代人に管理されていた施設は、守るべき民を燃料に用いていたりもした。古代人によって『設計』されたとおりに動く魔法人形よりも、現代人が施設の運用に関わっている方が厄介なのかも知れない。

「表向き、今回はカカルシャからイムール国へエトワール殿下の状態を伝えるための訪問ですが、これによってラムウェジ殿の本来のお役目である、偽『ハイガー』氏の身柄確保と、古代施設の把握について一助となるのであれば、エルディエルが提案し成立した和平条約の目的にもかなっております」

「南西地区和平条約の中に、古代遺跡の情報共有が盛り込まれているのは、古代文明の遺産を他国に独占させないようにという、エルディエルの身勝手さからの規約ではない、ということなんですね」

 古代遺跡は「なんのために作られたのか」判らない施設が多い。現代人の発想では理解できない目的の施設、それを安易に現代人の視点で利用しようとしたら、思わぬしっぺ返しを喰らうかも知れない。それが、利用しようとした当人だけならいいが、周辺のなにも知らない国民まで巻き込むことだってあるかも知れない。

「……下から見ると、緑が美しい山地だけど、内部に入るとこんな荒れた場所もあるんですね」

 雑談の間に、周りの景色が少しずつ色合いを変えてきた。さっきまで、急斜面ながらも緑多い森林地帯だったのが、少し高度が上がると、目に見えて木々がまばらになってきた。街道からは見渡せない、「裏側の景色」なのだろう。

「もうすぐ、崖沿いの細い道に入りますっす。なるべく山側を歩くようにしてくださいっす、来ないとは思いますが、もし向こうから降りてくる人が来たら、山側にくっついて立ち止まってくださいっす」

 先頭に立って歩いていたイグシオが、後列にも判るように身振り手振りで説明する。

「どうして山側なのですの?」

「止まって待つ方は山側でないと、すれ違ったときに相手とぶつかって均衡バランスを崩したら怖いっしょ?」

 引率の先生のように説明するイグシオに、ユカはふむふむと耳を傾けている。

 もちろん、どんな相手とすれ違うか判らないから、というのもある。すれ違いざま突き飛ばされでもしたら、こんな崖道、誰も助けてくれない。意味もなく他人に危害を加えるような奴も、世の中にはいるのだ。

 絶壁とまではいかないが、岩肌のむき出しになった急斜面の崖道だ。とはいえ、話だけで想像していたよりも、道幅は広い。見た感じ、大人三人程度なら不安なく並べそうだ。

 それでも確かにこんな所、誰かが立ち往生していたら、気がつかずにすれ違ったり追い抜くことはあり得ない。

 下を覗き込めば、崖の底まで簡単には落ちていけない程度の出っ張りが所々にある。誤って足を滑らせたとして、どこにも引っかからず、なんの痕跡も残さない、というのも考えにくい。

 かといって、岩壁を見あげれば、よほどの特殊な道具でもなければよじ登れそうになさそうな斜面だ。登ったところで、人が安心してとどまれるような場所があるのかは謎だが。

 必然的に一行の最後部を護る形になったグランは、先に歩くものが無意識に右手を触れて歩く岩壁に目を向けた。

 この辺の地質の特徴なのか、崖道を形作っているのは縦に筋が入った茶色みの強い岩盤で、なかなか頑丈そうだった。この崖も、風化で削れたり崩れたりしたのではなく、もう何百年も、ひょとしたら何千年も前から、こういう地形だったのだろう。

「……道の傾斜が緩やかだからまだいいですけど、これで急勾配だったりしたら怖い場所ですよね」

「よくまぁこんな道見つけたもんだ」

 山側の、人間がよく手を触れそうな場所は磨かれたようにつやつやしている。もともとガラス質の多く混じった地盤なのだろうが、長い間人間が使ってきたことで、多くの人の手に「磨かれて」きたのだろう。こんな山間部で長い間生活してきた住人達のたくましさを感じる。

 イグシオは慣れっこなのか、山側に寄り添うように歩くよう後ろに声かけしながら、サクサクと歩いている。イグシオの後ろを歩くユカも、ミンユとクロケがおしゃべりに付き合っているからか、疲れも見せずわりと問題がなさそうだ。風が強いと危険な場所のようだが、今日は天気もよく、風もほとんど感じられ……

「……?」

 自分たちの前で、前方に気を配っていたらしいヘイディアが、なにかに気づいた様子で顔を上げた。とはいえ、ここから見えるのは、雲すらほとんどなく、太陽が輝くだけの空ばかりだ。自分たちの足音以外の音も、ほとんど聞こえ――音?

 グランの表情が硬くなったのに気づいて、エレムが肩越しにその視線を追う。空ではない、その下の、足下の崖道に視界が遮られた、更にその下。

 唐突に、()()()が、崖下から舞い上がった。

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