31.七つの宮と見えない太陽<2/5>
「俺には単純に、足場か、建物の屋上かに見えたけどな……」
少なくとも、キルシェとコルディクスがいた六角形の足場には、下に続くような通路の入り口などもなさそうだった。転移の魔法で異動するなら、目に見えた出入り口など必要無いのかも知れないが。
「住処や祭事の建物以外で、古くから『宮』と呼ばれているものとなると、……黄道十三宮くらいですけどねぇ……」
エレムがいまいち自信なさげに言葉を添える。大人達をかきわけるように図面を覗き込んでいたユカが目をぱちくりさせた。
「黄道ってなんですの?」
「天文の用語なんですけどね」
と、エレムは言葉を探るように少し首を傾げ、
「地上から見あげた空を球体になぞらえると、太陽は一年かけて決まった場所を通過します。その太陽の通り道にあたるところを黄道というんです。古代の人は、空にある星をつなげて形を作って名前をつけていました。太陽の通り道の上に、大きな星座が十三あって、それを特別なものとして『黄道十三宮』と呼んでいたんです」
「その後の紆余曲折で、星座は整理されて、今はほとんどの大陸で黄道十二星座が正式に用いられてるけどね」
ラムウェジが補足する。
「現在って、一年は十二ヶ月だけど、古代文明では十三ヶ月あったんだよ。星座の基本的な概念は、古代文明時代に既に確立されてたの。古代の人はその月ごとに十三宮のひとつを割り当てて、占いにも使ってたみたいね」
「太陽の道の上にある宮ってことか……」
グランは思わず、ランジュに目を向けた。
最初は大人達を真似て図面を覗き込んでいたランジュは、もう飽きて別のテーブルを使っておとなしくお絵かきをしていた。与えられた紙の上には、話題の中心になっている図面を真似てか、丸がたくさん散った落書きが描かれている。
古代遺跡には、太陽を象ったものが多く存在する。ラグランジュの象徴は月らしいが、そのラグランジュ自体は、太陽の紋章の上から現れたのだ。
今まで騒ぎに遭遇する度に、ランジュの存在を痛感させられてきた。今回ばかりは関係ないかと思っていたが、施設自体が太陽と関連付けられた設計となると、やはりどうしても、ランジュの――『ラグランジュ』の影響力を意識せずにはいられない。
「ただ、十三の宮があったとしても、地上から見あげたとき、空に見える『宮』は半分の六か七。地上からは常に、黄道の半分しか見えないからね。そう考えると、古代魔法円で七芒星が多用されるのは、空に見える七つの宮の力を借りる、という含みもあるのかも知れないよね」
古代人は天文を重視していた。古代都市は東西南北を正確に示しているし、中央には『太陽』を模した壁画が必ず存在する。太陽や空、ひょとしたら宇宙そのものを、古代人は重要視していたのかも知れない。
「……そうなると、逆にこの中央の空間が気にならないか」
グランは図面の中央、小さな島に囲まれた何も無い場所を指で示した。
「中央、ですか?」
「古代施設っていうのは、中心に『太陽の壁画』があるもんだろ」
グラン達が行ったキャサハの遺跡は都市の中心部に太陽の壁画があったし、なんなら「星の天蓋」も中心部に太陽が隠されていた。
しかし、この図面の施設の中央には何も無い。古代施設の法則性からは外れてしまう。
「……この施設そのものが、巨大な法円ということは考えられぬか」
ルスティナが、島に囲まれた中心部分を指さした。
「施設を法円として稼働させられる最低の数が、七つということなら、『七つの宮が見守る』という言葉にもあてはまる」
『七つの宮』の力を借りて魔法を発動させる。それなら、この施設自体が、魔法円を表している、ということも考えられなくはない。
「法円を用いて魔法を行使することが目的の施設、ってことですか。そうだと、その魔法が実際に発現したときに現れるのは……」
「『太陽』……ってことか……?」
それなら、施設そのものに太陽を模したものが存在しなくても、古代施設の法則性からは外れない。
「……だとしたら、最終的な『魔法』の目的はなんであろうな」
エスツファの言葉が、それぞれを沈黙させた。
太陽は力、熱、生命力の塊だ。その炎によって、時には地上を裁き、時には恩恵を与える。転じて、権力の象徴としてよく用いられる。
「天の道より七つの宮が見守る中、……古き王が滅び、新しき王が生まれる……か」
「物騒な『守護者』が見回ってるあたり、どうにも平和的な目的の施設とも考えづらいな」
それまで黙って耳を傾けていたフォルツが呟いた。
フォルツにとっては魔法だの法円だのは話半分のようだが、それだけに、はっきりしている情報を客観的に分析しているらしい。そもそもルキルアはこの話には関係ないのだが、やはり好奇心が勝るのだろう。
いや、関係ないと言えば、
「……そういや、なんであんたがここにいるんだ?」
沈黙を破って投げかけられた今更な質問に、ヘイディアは意味を考えるようにわずかに首を傾げた。代わりにラムウェジがさらっと、
「そりゃあ、ヘイディアさんにも一緒にイムールまで行って貰うから」
「なんで?!」
「アルディラ姫とオルクェル様より許可をいただきました。道中、皆様のお役に立つようにとの仰せでございます」
「だからなんで?」
「えー? だって相手は空も飛べる異形だし」
口をパクパクさせているグランに、ラムウェジは当然のように答える。
「風が扱えれば、空から来られても動きを牽制できるじゃない?」
「そうだけど、そういうことじゃねぇだろ! 今回はエルディエルはなんにも関係ないのに、変に他の国のことに関わったらまずくねぇの?」
主神レマイナの属神の中でも、ルアルグ神への民衆の認識は特殊だ。
完全中立でありすべての国民に対し平等で中立的なレマイナ教会と違い、ルアルグはエルディエルの守護神として広く認識されている。古い時代ならいざ知らず、現代では、教会に属する神官を臣下として抱えているのはのは、エルディエルだけなのだ。
そのルアルグの神官が、ラムウェジに同行という形とは言え異国に潜り込むというのはどうなのか。外交的になにか含みがあるととられかねないのではないか。
「エルディエルがこの地域の政になにも関わりがないから、こそでございます。それに今回は国民関係なく、正体不明の異形が人に害をなしているとのこと。人の力及ばぬ相手にこそ、神の力は有効でございましょう」
「そもそも、『探訪者の街道』が封鎖されてようが、その裏道で『盗賊』が暴れてようが、地理的にエルディエルには痛くも痒くもないのよね」
ラムウェジがあっけらかんと補足する。
「エルディエルは海路で北西地区と交易できるから、オヴィル山脈越えの『探訪者の街道』が使えなくても何にも困らない。街道近辺山岳地帯の国なんか、国益的に関わる理由もないのに、たまたまアルディラ姫が近くに来てて、ちょっと私と縁があるからってだけで強力なお抱え法術師を同行させてくれるなんて、ただの奉仕だよ。そのくらいはこの周辺の人たちだって判断つくと思うよ」
「それはそうかも知れねぇけど」
「それに、ルスティナ様も同行されると申し上げたら、姫もオルクェル様も、是非お供するようにと……」
「はぁ?!」
グランは、ルスティナにぐるんと首を向けた。
「あんた、見送りじゃねぇの?!」
さすがに想定外だ。頬を引きつらせたグランに、ルスティナは悠然と首を傾げ、
「我らはもうお役目も終わって、あとは帰りの行程を打ち合わせるだけであるからな。フォルツ殿が来てくれたおかげで、私もそこそこ融通が利く」
と、心配無用とばかりに穏やかに微笑んだ。仕事を押しつけられる形になるフォルツは、微妙な顔をしているが。
「それこそ自分の身は自分で守れるし、足は引っ張らぬと思う」
「だからそういうことじゃなく!」
「村から裏道を利用すれば、イムールの首都……というか、政治の拠点になるような大きな町はひとつしかないみたいなんだけど、そこに行くまで一日もかからないのですって。街道を使うと逆に大回りになってしまうらしいの。街道の情勢とは関係なく、イムールの要人はカカルシャとの行き来によく裏道を使ってたのね」
「そりゃ何事もなきゃってことだろ! 順調にいかない公算が大なのになに言ってんだよ」
自国ならまだしも、遠い異国で予測不能の騒動に首を突っ込んでどうするのだ。どうしてここにいる奴らはみんな緊張感がないのだ。
ユカがやれやれと肩をすくめる。
「グランバッシュ様は、自分では無茶するくせに人のことには妙に慎重なのですの。心配性なのですの」
「遊びに行くつもりのお前に言われたかねぇよ!」
「見聞を広めるためですの! ラムウェジ様がよしとしてくださってるのにしつこいのですの!」
「何でもかんでも俺のせいにすんな! エレム、お前もなんとか言え!」
「そうですね……」
促され、達観した様子のエレムが言い添える。
「カカルシャの騎士さんも同行するようですし、僕らは万一のための控えなんですから、人選はラムウェジ様にお任せしてもいいと思いますよ」
「……お前、俺には口うるさいのにラムウェジには甘くないか」
「世の中には、正論が通じる相手とそうでない相手がいるということですよ……」
ちらりとラムウェジを見て、ため息のようにしみじみとエレムが呟く。ラムウェジが心外そうに、
「なんで私が一番非常識みたいな流れになってるのよ」
「そうですの、グランバッシュ様ほど非常識な方は見たことがないのですの、いろいろと失礼ですの」
「お前は一度自分を省みろ!」




