30.七つの宮と見えない太陽<1/5>
あとは、ほぼラムウェジの言った通りの流れになった。
一旦町に戻り、グラン達が離宮を拠点に出立の準備をしている間に、カカルシャ政府と周辺諸国の使者達との間で、街道の封鎖問題に関わる話し合いが行われた。その中で、「封鎖された街道を迂回するために旅人が裏道を利用しはじめ、盗賊にあうなどの問題が起きている」ことも伝わった。
さすがに「羽を持った異形」のことは正式な話題にはならなかったようだが、地元の利用者だけでなく、イムール国の使者等にも被害が広がっているということで、それなりの危機感は持ってもらえたようだ。官報板にも、カカルシャを代表国として、封鎖問題に対しての仲裁に入ることが報告されると同時に、(要人が被害に遭っていることは伏せられてはいたが)街道以外の山道で盗賊の被害が多発していることが報告された。
「街道が封鎖されても、地元の裏道が使えると思ってのんびり構えてた山岳地帯の民も、これはさすがに堪えるでしょう。早急な対応と問題解決を支配層に求めるはずです。民の不満が高まれば、タンザム国の上層部達もかたくなな態度をとり続けることは難しいはずです。あまり長引かせて不便を強いては、誰が後継者になっても民からの反発が強まりますからね」
と報告に来たのは、カカルシャ政府の使者でも、宮廷騎士団の使いでもなく、ククォタ王家第三王女の侍従頭カシルスだった。カシルスは街道の封鎖問題の対策会議に、ティドレの護衛役として参加したらしい。
ルキルアの将軍二人に表敬と称してやってきたカシルスは、ざっと会議の流れを説明すると、グランとエレムに目を向けた。
「会議とはまったく別の所で、興味深い話が聞こえてきました。山道で『賊』に襲われたイムール国の王太子とその従者が法術師のラムウェジ殿に保護され、近くの村で静養されているとか」
「耳が早いな」
「人より、ちょっとだけ聞こえがよいのでございます」
グランの言葉に、カシルスは胸に手を当て、恐縮そうに頭を下げた。
「その王太子についてイムールへの連絡役を、ラムウェジ殿がかってでられたとか。エレム殿はラムウェジ殿のご子息であり、その縁でお二人が同行されるという話も聞きました。ティドレ王子は封鎖問題の対策以外にもカカルシャで用があり、しばらくククォタ国王代理として滞在する予定でございます。道中の安全を願っているとの、殿下よりの伝言でございます」
それは、なにごとかあればこちらもそれなりに援護する、という含みだったのだろう。カシルスはそれだけ言うと、エスツファには「ティモからのおてがみ」を渡して去っていった。準備中の変わった来客は、その程度だった。
「準備整ったよー」
カシルスの来た日の夕方近くになって、ラムウェジが離宮にやって来た。何故かリオンが一緒だ。
フォルツに案内されて、グラン達のだべっていた中庭にやってきたラムウェジは、右手に持った細長い筒を振り上げている。エレムが目を瞬かせた。
「なんですか、それ」
「面白いもの持ってきたよ、みんなで見よう」
「みんな?」
「ルスティナとエスツファの旦那が、今場所を用意してる」
フォルツが離宮の建物の情報を指で示す。
「だったらそっちにラムウェジを通して、俺たちだけ呼びに来りゃよかったのに」
「しょうがないだろ、先に別の相談事があるって言われたんだから」
「へぇ?」
ラムウェジが中庭に姿を見せてしまったものだから、白竜達と遊んでいたクロケにユカ、ランジュにも気づかれてしまった。子供達にまとわりつかれながら、離宮の建物の中、将官用の部屋に向かう。
部屋では、ルスティナとエスツファだけでなく、先に通されていたらしいヘイディアが立ったまま何やら話し込んでいた。リオンがついてきていたのは、ヘイディアのおまけだったらしい。
「これはまた、ずいぶん賑やであるな」
「フォルツがラムウェジ連れて中庭に来るからだ」
「ああ、すまぬすまぬ、ちとこちらも話があったのでな」
グランの言葉に、エスツファは悪びれもせず笑い返した。ヘイディアがわずかに頭を下げる。リオンに手を引かれたランジュがにこにこと、
「おもしろいものみるのですー」
「みんなで見ようって言われたのですの」
「なんでそこで、自分が面子に入ってるってなんの疑いもなく思えるんだ」
「まぁまぁ、話が始まる前にもめてても混乱するだけですよ」
後ろの騒ぎになどまったく動じる様子もなく、ラムウェジはルスティナ達に簡単に挨拶すると、
「いろいろ手回しも終わって、明日の早朝にカイチの村からイムールに向けて出立することになりました。みんな、準備は大丈夫だよね?」
「準備だけはな……」
「あーしはいつでもいいさ」
「万端ですの!」
「ばんたんですー」
残るはカカルシャ側の手配待ちだったから、離宮組は備えだけは整っている。しかしユカが張り切っているせいで、グランは逆に気分が乗らない。意味が判っていないランジュがユカの真似をして声を上げ、リオンが微妙な顔をしている。
「わたしたちは夜明けの開門とともに、町を出て村に向かいます。カカルシャ側の面子とは村で合流する予定。大人用の馬車は用意して貰ったけど、お見送りのひとはリノくんの荷馬車に乗せて貰ってね、頼んであるから」
そのリノは、そういえば今日は姿を見ていない。本業の情報集めにでも飛び回っているのだろう。
「で、ぎりぎりになったけど、教会に頼んでいた資料が届いたの」
中央に用意されたテーブルの上に、筒の中から、細く丸められていた紙を取り出して広げて見せた。大人達も子供達も、ぐるりとそれを取り巻いてのぞきこむ。
描かれていたのは不思議な図面だった。
ある一点を中心に、六角形の島が円を描いて配置されている。島の数は、内側に七つ。その七つを取り囲むように、外側に六つ。それぞれが等間隔に配置されている。島にはそれぞれにそれを象徴するような飾り文字と注釈がつけられているが、共用語ではない文字で、グランには読めなかった。だが、
「……なんか配置に覚えがあるな」
描かれた『島』の配置に不思議な既視感を覚え、グランは目をすがめる。
「これは、カーガル遺跡で発見された文書に書かれていた『古代遺跡』の見取り図。私も資料の現物を見たわけではなかったから、グランさんの話を聞いて気になって」
「精霊さんの見た記憶では、闇の中に、『島』が漂っていたってことでしたよね?」
「ああ……確かに、足場は六角形で、目に見える場所に白く浮き上がってたけど……」
炎の精霊に見せられた『記憶』を思い起こし、グランが頷く。
「ただ、こんなに数はなかった気がするし、きれいに並んでたかって言われると、距離感がなぁ」
「キルシェちゃんは『増えてる』って言ってたのよね?」
ラムウェジは自分の頬に手を当てて、なにかを思い起こすように首を傾げた。
「古代施設関係の資料を見ると、用いられる数字に妙に偏りがあるのよね。古代魔法で用いられる法円は、内側に七つの角を持つ星を描くことが多いの。で、その次に多く出てくるのが、五芒星と三角形。たまに三角を組み合わせた六角の星(六芒星)もあるけど、一番よく見るのが七つの角を持つ七芒星ね」
キルシェの使う魔法円は、七つの角を持つ七芒星が描かれる。あれが古代魔法の基本かと思っていたが、ほかにも形はあるらしい。
「そういえば、書物を守る板に書かれていたのは『七つの宮』でしたね。それが島の数を表すなら、普段は少ない数で運用されていて、必要なときに島が七つ現れるってことなんでしょうか」
「完成した施設の数を、必要に応じて増やしたり減らしたりする方が大変ではございませんか」
エレムの推測に、淡々とした顔でヘイディアが付け加える。しかしキルシェが『増えている』と言っていたのなら、少なくとも以前来たときはもっと島の数が少なかったはずだ。
「七つあれば足りるなら、外側の六つはなくてもいいってことにならないか? 何で設計に入ってんだ?」
「……十三という数字にも、古代魔法的な意味があるのではないでしょうか」
そういえば、コルディクスがキルシェの魔法を封じたのは、十三の角を持つ星を描いた法円だった。
「それに、『島』をわざわざ『宮』と呼ぶのはなぜであろうな?」
ヘイディアの隣で、あごに手を当てて考え込んでいたルスティナが口を開く。
「『宮』と名付けるからには、何者か高貴なものがそこに住んでいる、あるいは宿っていると位置づけているからとは考えられぬか。キルシェ殿が立っていたのは平面の六角形の『島』だったようだが、何者かが住んでいたり、祀られているような所なのだろうか」




