29.北の山から<6/6>
「じゃあ、小さい異形はなにをやってるんだろう? コルディクスが『捕獲のための機能』を後付けしたってこと?」
「なんのために『捕獲する』かとなると、……やっぱり魔力の収拾のためなのかなぁ」
人間には多かれ少なかれ魔力が宿っていて、それを抽出する方法もあるらしい。コルディクスがそれを知っているなら、あり得ない話ではないが。
「一見敵対しているように見えるのは、『おおきいもの』は手加減ができないから、獲物を殺してしまわないように止めているってことなんでしょうか」
ミンユがお茶を淹れたカップを配りながら、エレムが首を傾げる。ラムウェジも腕組みしながら首を傾げ、
「確かに、『おおきいもの』は攻撃を受けるだけで、『ちいさいもの』に逆襲しようとはしなかったわね」
「『おおきいもの』が、単純に古代施設を守ってるだけの存在なら、古代人の設計通りに動いてるだけじゃないのか。『侵入者を排除する』だけだから、侵入者ではない『ちいさいもの』にはなにをされても抵抗しない」
「そういえば、地下水脈の蟻さん達も、同じ動きだけを繰り返していましたね。目の前で仲間が襲われていても気がつかない。改めてどこからか命令が出されないと、行動を変えない」
「錬金術師が使役するという土人形みたいなもなのかしらね。見たことはないけど」
そもそも錬金術師という単語自体、たまに話に出てくるだけなので、どういう存在なのかグランには想像できない。命のない人形を魔法力で動かすことは、古代人以降の魔法使いも試みていると言うことなのだろうか。
会話に耳を傾けていたルスティナは、話を整理するように腕組みをして考え込んでいたが、
「異形の行動を変化させるなにかをこちらがしない限りは、少なくとも『ちいさいもの』はこちらの命に関わることは仕掛けてこない、と解釈してもいいのか……」
「あーしが聞いた旅人の話だと、羽のある生き物は『天神の原』と空を行き来してるだけで、攻撃はしてこなかったさ」
「ちいさいものは普段は、そういう『作業』をしてるってことなんでしょうかね」
「情報が断片的すぎて、無害と断定するわけにもいかぬが、『おおきいもの』より危険は少ないとみてもよいかも知れないな」
どのみち今の段階では推測しかできない。ルスティナは思考を一区切りさせるように頷くと、
「ラムウェジ殿、カカルシャの王宮騎士団とつなぎは取っておられるようだが、彼らはこの件に対しどういう方針をとっているのだろう」
そもそもルキルア軍は、グランとエレムが身を寄せているだけなので、今回持ち上がっている街道の封鎖問題、異形が関わる襲撃・失踪事件には、直接協力はしていない。本来であればルスティナもエスツファも関わる理由はないのだが、間接的なラムウェジとの縁があるから、関心を持っているのだ。
「ハンジャ国使者の護衛であるエイサイ氏が保護されたことで、得体の知れない異形が人間を連れ去っているのは確実と騎士団は判断したわ。王の式典に参加する使者が巻き込まれているんですもの、主催国の体面もあるから動かないわけにはいかない。問題は、事件の起きている裏道が、カカルシャ領ではない、ということなのよね」
この村と、「探訪者の街道」の入り口にあたる町はカカルシャ領だが、ここから上の山岳地帯は他国の領地なのだ。地元の人間はある程度出入りを見逃されているが、他国の兵が調査あるいは討伐に向かうとなれば、それなりの手続きは必要になるだろう。
「イムール国は直接関与していないとはいえ、街道の封鎖騒ぎに乗じた軍事行動とでも周辺に解釈されたら、話がこじれかねない。なんの根回しもなく動くことはできないのよ」
「せめてイムール国側から何らかの要請があったというなら、カカルシャも体裁が立つであろうが、街道は使えず裏道も危険、連絡が取りづらい状態であるからな」
「ここに被害に遭ったエトワール殿下がおられるのに、その原因に対処できないなんておかしいのですの。それにラムウェジ様は、殿下の命の恩人なのですの」
ユカの率直な意見に、エレムも心情的には同意した様子ながらも、
「ただ、ご本人がまだ眠ったままですしねぇ。意識が戻ったとしても、体力的に同行は無理でしょうから、お願いできるのは文をしたためて貰う程度になるでしょうし」
「カカルシャ政府としても、できるのは、エトワール殿下の状態と怪我をされた状況を伝えに行くという名目で、少人数を使者に出す体で襲撃現場の偵察、くらいでしょうね。国同士のやりとりはいろいろ面倒くさいのよ」
ラムウェジは肩をすくめると、
「でも、私なら無関係の『旅人』として移動ができる」
ぺろっと舌を出した。
「カカルシャ政府には、私が使者としてイムール国に出向こうかと提案をしているの。向かう途中で『意図せず』異形達に遭遇するかもしれないけど、無事にイムール政府と接触できれば、カカルシャ側の意向を伝えることもできる」
レマイナ教会の『移動する神官』の中立性は大陸全域で認められている。知名度の高いラムウェジなら、どの国も歓迎するだろう。政治に絡まない使者役としては適任ともいえる。
「ラムウェジ殿は実際に異形と遭遇しエトワール殿下を助けた御方だし、殿下の容態も説明できる。イムール側の使者を案内して引き合わせることができれば、全面的な協力も仰げるかも知れぬな」
「じゃあ準備ができたら早速向かうのですの!」
ルスティナの言葉に続けて、元気よく声を上げたユカをはたき落とすように、グランが即答した。
「なに言ってんだ、お前は留守番に決まってんだろ」
「今までだって皆さんのお役に立ってきたのですの、皆さんの旅にはわたしが必要なのですの」
「自分で自分の身も守れねぇのにえらそうなこと言ってんじゃねぇよ。そもそも山の中で水なんかねぇんだぞ、なんの役に立つ気でいるんだよ」
水が豊富なところなら、『水を生き物の姿で操る』ユカの力は使い道が広くある。しかし岩場の多い山中、まったく川がないわけではなくとも、戦力になるほど豊富な水量が見込めるとも思えない。しかも相手は、「空を飛んで襲ってくる」異形なのだ。
いくらグランでも、空からの相手は未知の領域だ。しかも持っているのは槍、間合いが異なるし、槍は投擲もできるから上方に位置取られると勢いも増す。地上に縛られた人間には、不利な要素が多すぎる。エレムもさすがにグランに同意の様子だが、
「あら? 別にいいけど」
ラムウェジはあっさりと答えた。
「山登りについてこれる程度の体力があれば、わたしは構わないよ」
「なに言ってんだ! 得体の知れない異形が出るかも知れないって今話してたばっかりで……」
「今回の目的はイムール国の政府関係者に会いに行くことだもの」
確かに、口実としてはそうだが、異形の縄張りに入り込む可能性を想定しての行動ではないのか。グランのいいたいことなど判っているクセに、ラムウェジはすました顔で、
「ユカちゃんも、まだまだ落ち着き先が決まらないで旅を続けるなら、いろんなものを見ておいた方がいいとも思うのよね。もちろん危険は避けるに越したことはないから……ミンユ、今回はついてきて貰っていいかしら」
名前を呼ばれ、お茶を淹れた後は慎ましく控えていたミンユは顔を輝かせた。
「ユカちゃんの補助ね。専属で護衛がつくならみんなも文句ないでしょ」
「護衛、ですの?」
ミンユは、年齢こそユカより上のようだが、わりと小柄であまり頼りがいのある体格とは思えない。護衛につけるというなら、レドガルの方がまだ判りやすい。ユカもさすがに目を白黒させているが、
「お任せください!」
「は、はい、よろしくお願いしますのですの」
嬉しそうに胸を張ったミンユに、ユカも疑念を口にできないでいる。レドガルはエトワールやその従者の世話に残ったままなので、意見を聞くことが出来ない。
「カカルシャ側が、書状の準備と、同行する兵士を選出してるはず。案内人も頼まなきゃいけないだろうし、出向くのはあさって以降になると思う。山中の移動になるから、装備もそれなりに必要だよ。エレムもグランさんも、心づもりをしておいてね」
「承知しました」
エレムが答え、グランも不本意さを隠さないままとりあえず頷いた。途中から静かになってしまったリノは、何を考えているかいまいち判らないとぼけた表情で全員の様子を伺っている。
張り切った様子のユカと、そのユカに不満そうなグランを見比べ、ルスティナはなにか考えるようにあごに手をあてた。
話にまったく役に立っていないジェームズは、カップを片手に、臣下の会議に立ち会う貴族のように鷹揚に見守っていた。お前などいなくてもなにも困らないのだが。




