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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
星の王太子と降星の荒野
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27.北の山から<4/6>

 それらは、頭の小さなひょうたんに羽と腕が生えたような、奇怪な形をしていた。鳥か虫の集団が巣に帰ろうとしているかと考えるには、それはあまりにも巨大だった。人間の倍以上はあろうかという影らは、槍のようなものを振り回し、執拗に地上の人間を攻撃してきた。

 剣と盾で応戦するものの、空からの相手に、剣と盾では防戦もままならない。傷を受けた仲間が倒れていく中、空から、大きさの異なる別の集団が現れた。

 新しい集団は、最初のものらより一回り小さいものの、数は大きく上回った。小さな者らは、手に持った槍、炎を帯びた弓矢のようなもので、大きなもの一体を集団で攻撃している。地味だが確実に、大きなものの数は減っていった。

 不利を悟ったのか、大きなものらが離脱をはじめた。すると今度は小さなものが、倒れて動けなくなった人間を抱え上げ、飛び上がっていくのだ。

「私は白い岩の上で、空からの敵をふせいでいたのですが、攻撃を受けた勢いで割れた岩の隙間に落ちてしまったのです。衝撃で動けずにいる自分の上にも、小さなものが集まって来ました。しかしあの隙間では入り込むことができなかったようで、諦めたのかその場を離れていきました」

 気を失っていたエイサイが目を覚ましたのは、すっかり空が暗くなってからだった。岩の隙間から這い出すと、仲間が襲われた周辺には、黒く乾いた血だまりと、大きななにかが燃えて炙られたような焼け焦げの跡が残って、白い荒野の中で何事かがあったのかを示していた。しかし、異形達がどこに向かったかまでは、推測できる手がかりはなかった。

 自身が腕に受けた傷は、深くはなかったが、出血がおさまっても、傷を受けた周辺の皮膚が焼けただれたように熱を帯びて腫れている。

 もっとも、刀傷などを受けると、傷が炎症を起こすことは珍しくはないのだ。その類いだと思い、女は仲間の危機を誰かに知らせるべく歩き出した。どうやってか荒野を抜けて細い崖道に入ったところで、道ばたの窪みで夜を明かそうとしていた別の旅人に助けられたのだ。

 あとは彼らに簡単な手当を受け、明け方近くになって空が白みはじめたのを期に、移動を再開。無事に下山した、ということらしい。

「今度も、『焼けただれ』ですか……」

「傷を受けたときに悪い『気』が入ったというなら、法術で癒やせるはずなんだけど、やっぱりだめなんだ。エトワール氏と同じ症状なの」

 手入れの悪い剣や槍で傷を受けると、なかなか傷が塞がらないどころか、その傷口部分から腐敗していって手足を失う、というのもありがちな話だ。中には傷から入った「悪い気」のせいで、手足が麻痺したり、頻繁にけいれんを起こすようになる者もある。

 しかしそれとは別の類いの「焼けただれ」たような腫れが続き、ラムウェジの法術でも回復しない。

 話し終えたエイサイは、辛そうに目を閉じている。引かない炎症が、体力の回復を邪魔しているのだ。

「その異形が、何らかの呪文を武器に施していて、その武器で傷を受けるとそんな症状が起こるとか……ですか?」

「治りを遅らせるため? かな? 確かに、軍隊を消耗させるには、けが人や病人を多く出させた方が効果的だとはいうけど……」

 しかし理由はともかく、原因がわからないのでは治療の施しようがない。ヘイディアは耳を傾けてはいるが、治癒の法術に関しては門外漢だ。ルスティナもエスツファも、さすがに推測のしようがないようすだ。ユカもこの状況では、軽々しく口を挟めず、こわごわと様子を伺っている。

 そこへ、

「ふむ、呪いといえば呪いだな」

 それまでそこにはいなかったはずの声が、気配と一緒に突然グランの後ろから寝台に歩み寄ってきた。ちょっと時代が古い感じだが、白を基調にした貴族の正装を身に纏った、金髪の美青年、ジェームズだ。

 騎士団長やエイサイは、突然現れたジェームズに驚いた様子だ。だが、ラムウェジやルスティナが眉を動かした程度の反応しかしなかったせいか、大きく取り乱したりはしなかった。むしろグランの方が、危なく条件反射で張り倒すところだった。

 エイサイは、いきなり現れた貴族風の男に、どう反応していいか戸惑っている。宮仕えの人間は、こういう権威ありげな相手には弱い。

「人間は、体の中に毒を持っているのを知っているか」

 ジェームズはエイサイの二の腕付近に目を向けながら、誰ともなしに問いかける。エレムが目を瞬かせた。

「体に、毒?」

「うむ。人に限らずだが、ものを食す生き物は皆、体の中心に、毒の池を持っている。すべてを溶かす酸の池だ」

「それって、胃のことですか?」

 どんな子供でも、胃が食べ物の処理を担っていることは経験で判る。吐き戻しで喉が焼けるのは、胃液のせいだというのもある程度大きくなれば理解はできる。

「これは、その毒を、ほかの場所にも現すよう体の仕組みを変える『呪い』だ」

「……体の中の酸を、胃以外の場所に作用させる魔法ってこと?!」

「『白いの』は皆、ものわかりがよいようだな」

 合点がいったラムウェジの声に、ジェームズはにやりと笑みを見せた。

「どうやら、傷が癒える速さに応じて、『毒』の働きも強めるように、『呪い』がかけられているな。万一敵を逃しても、容易に戻ってこられないようにするためだろう。これでは、深部は法術で塞げても、一番の表面が癒えない」

「塞がるのと同じ早さで、傷の表面が溶かされてるってことなのね。それで、よくもならないけど、それ以上に悪くもならないってことか」

「毒を作り出す『仕組み』自体は体にとって正しいことだから、法術では変えられない。そなたの癒やしの法術では、傷を塞ぐことはできても、『呪い』を――組み替えられた体の作用を修正することはできない。だから傷を洗ったところで、毒は止まらないし、毒の影響を受け続けている部分は癒えることがない」

「なるほど……」

「私にとって、『毒』を打ち消すこと自体は造作もないが、これはそれでは解決せぬ……ちょっと失礼」

 ジェームズは胸元に手を当てて優雅に一礼すると、エイサイの腕に手を近づけた。

 巻かれた布に触れるか触れないかの位置で、少しの間手を止めていたが、

「……うっそ! そんなこともできるの?!」

 ラムウェジが驚愕の声を上げるが、グランには何が変わったかは判らない。一方で、見守っていたヘイディアが微妙に眉を動かしたから、なにかの力の働きに気がついたのだろう。

 ジェームズはエイサイから離れると、くるりと振り返って得意げに笑みを見せた。

「組み替えられた酸の作用の仕組みを、体本来のものに正し、傷の表面に現れていた酸は打ち消した。あとはそなたの法術でなんとかなるだろう」

「うわー、そうか精霊魔法って、そういう使い方もできるのね。勉強なるわー」

 はっきりと納得した様子なのはラムウェジだけで、周りのものどころか、当のエイサイ自身も何が起きているか判っていないようだ。ラムウェジはジェームズに入れ替わって、エイサイの二の腕に手を当てた。

 エイサイの表情が劇的に変わったのは、そこからだった。戸惑いから、なにかを確認するような目で自分の二の腕を眺めた後、

「……痛みが消えた? 一体なにが?」

「これが本来の癒やしの力なのよねー。いやいや、面目ない」

 と、ラムウェジはエイサイの腕に巻かれた布を解きはじめた。現れた肌に、周りの者も言葉を失った。

 傷を受け、今の今まで「焼けただれ」ていたとは思えなかった。熱がまだ残っているのか、肌自体は赤みが差しているが、真新しい皮膚に覆われているせいか、傷が治ったばかりというよりも、子供の肌のような生命力さえ感じさせる。

「あとは、しっかり休んで、体力を取り戻してちょうだい」

「あ、ありがとうございます、ラムウェジ様、それに……」

 突然現れ、名も告げられていないジェームズに、エイサイは畏敬のまなざしを向けた。

 ジェームズは得意げに胸を張っている。こころなしか、ジェームズの周りの空気も輝いているように見える。

 目をぱちくりさせていたユカが、はっとした様子で、

「……これなら、エトワール様も治せるのではないのですの?!」

「ああ、それもそうね」

 ラムウェジがぱちんと両手を合わせる。

 カイチの村には、同じ症状で伏せっているエトワールとその従者がいる。同じ原因なら、同じやり方で解除できるだろう。

「すごいわジェームズくん。さすが角が万能薬とも言われる一角獣の化身だわ。私でもどうにもならなかったのに、颯爽と現れて解決しちゃうなんてかっこいい」

 ラムウェジは大げさに胸の前で自分の手指を組み、ジェームズを褒め称えはじめた。

「ぜひその力で、ほかの人も癒やしてあげて欲しいわ。あなたの力を待っているひとがほかにもいるの」

「うむ、やはり人間ではできることに限りがあるからな。正しく敬う者に対して、恩恵を給うのはやぶさかではない」

 根が単純なのか、ジェームズは胸を張って鷹揚に答えている。ラムウェジに協力を求められても最初は渋っていたとは思えないノリだが、ひょっとしたらこいつは褒められて伸びる性質(タイプ)なのかも知れない。

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