23.魔法使いと精霊と<7/7>
「それは当然よ、わたしも教会のお役目としてあたってる案件だし、グランさんは職業傭兵なんだから」
「だったら、条件次第で、やれることはしてもいい」
もし異形の件が、古代施設や『コルディクス』とは無関係だとしても、異形の問題を解決することで、北に向かう自分たちにも利益はある。まったく無駄ではない。
「でも、判ってるだろうが俺はただの人間だ。キルシェの精霊だのは、成り行きでこうなってるだけで、俺の意思で使役してるわけじゃない。契約主を共有だとか言われても、俺にはキルシェの場所が判るわけでもない。魔法を操る奴らに、決定的な対処法があるわけでもないからな。見たまんまの情報しか持ってないし、純粋な戦力以外の期待はされても困る」
「大丈夫、その辺はわきまえてるわ。エレムも、そういう心づもりで、協力して貰ってもよいかしら」
エレムは迷う様子もなく頷いた。ルスティナもヘイディアも、彼らの話に真剣な様子で耳を傾けている。
「それに、もう一人、協力をお願いできそうな人がいるじゃない。一人というか、一体というか」
と、ラムウェジは、緊張感漂う雰囲気にそぐわない、底の知れない笑みを見せた。
離宮に戻ると、庭の隅に陣取った精霊達が、飽きた様子もなく碁盤を囲んでいる。今、白龍と向かい合っているのはランジュだ。
どうも、白黒の石の並びが、クロケ相手の時とは違う。
「白と白で挟んだら黒が白になって、黒と黒に挟まれたら白が黒になるのさ。陣取りさ」
覗き込んだエレムに、横で見ていたクロケが単純な解説をした。確かにその決まりなら、ランジュでも判る。一見、白の方が優勢のようだ。
「皆さんご一緒で、なにかあったんですか?」
一生懸命考えているランジュの横で、口を出したいのをぐっと我慢して見守っていたリオンが、戻ってきたグラン達を見て目を白黒させた。なにしろ、グランとエレムだけではない、後ろにはラムウェジにヘイディア、ルスティナまで一緒だ。ユカは碁盤に興味を示しつつも、さすがに空気を読んでルスティナの後ろに控えている。
「なにかっつーか、なぁ」
「みんなは遊んでて貰って構わないよ、話があるのはジェームズくん」
「もう少し敬った呼び方があるであろう……」
白龍の後ろから碁盤を覗き込んでいたジェームズが、ラムウェジの呼びかけに、微妙な顔で言い返す。
「黒いのの関係者は、どうして揃いも揃って我らを雑に扱うのだ」
「俺は関係ねぇだろ」
「ごめんねぇ、ちょっとジェームズくんにお願いがあって」
「だから敬った呼び方が……まぁよい、なんであるか」
まだなにかいいたげなジェームズは、白龍に半分広げた扇で「煩わしいからそっちで話せ」的に追い払われ、渋々と移動してきた。
「どうも、わたしが追ってる案件と、キルシェちゃんが巻き込まれている件が、関係が深そうなのよ。貴方なら、キルシェちゃんの精霊からいろいろ読み取ることもできるみたいだし、私たちが知らないことも知ってるでしょ。調査に協力して欲しいの」
「本来はそなたらとは交わらぬ存在であるからな」
威厳ありげに言っているが、昼日中から現れて人間相手の酒盛りだのおしゃべりだのに興じているのだから、ありがたさは半減である。
「しかし別に、キルシェ殿がこのままでも私に不都合はないのだ。そなたほどの神威を宿した者なら、人間の権力者も容易に動かせるであろう。私の助けなど要らぬのではないか」
ラムウェジの背後に何がついているのかも、それなりに見て取っているようだ。一目置くようなことを言ってはいるが、ラムウェジの後ろの存在を畏れていると言うよりも、自分より上位の存在の影響下で動きたくない、というのが本音のように見えた。
「ジェームズ殿は森の守り神として敬われる存在なのであろう? この案件は文字通り山林の中、放っておくともっと多くの人間が被害に遭いかねないのだ」
ルスティナが気持ち眉を寄せ、ラムウェジの援護に入る。
「人間の視点では見えぬことも、力ある精霊であれば対処できるかも知れぬ。ぜひ助力願えぬか」
「ま、まぁ、私は古来から多くの人間に力を貸してきたのであるし、普通であれば力を貸すのにやぶさかではないのだが」
ざっくりと求愛を断られているとはいえ、ルスティナはジェームズ好みの人間の女子なので、正面から頼まれればまんざらではないらしい。しかし、気がすすまないのも確かなようだ。
しばらく逡巡の気配を見せた後、ジェームズは不意に、いいことを思いついたとでも言うように表情を明るくした。
「そうだな、その黒いのが私に頭を下げて誠心誠意助力を乞うとでも言うのなら、考えなくもない」
「何でそこで俺?!」
グランの声にも、ジェームズはそらっとぼけた様子で、
「私は神として崇められるべき存在だ。これまでも、多くの者を導き願いを聞いてきたものだ。その私を今までないがしろにしておいて、都合のいいときだけ頼られても、はいそうですかとはならぬであろう」
「それもそうよねぇ」
「そうよねぇじゃなく!」
「人にものを頼むなら、それなりの筋と礼儀が必要なのではないか、黒いの。人間の世界ではそうだというようなことを、貴様が言ったように思うのだが」
うっわ、こいつ俺に言い負かされたのを地味に根に持ってやがる。揃って注目を浴びるグランを、ジェームズは優越感漂う笑みで見返した。
それも、わずかな間で、
「調子に乗ってんじゃねぇぞ馬ぁ?」
間髪入れずに踏み出したグランから離れる隙もなく、ジェームズは胸ぐらをつかみ上げられた。
「ななななんだその態度は、それが人にものを頼む」
「うるせぇぞ、馬の分際でなに対等な気になってんだよ! てめぇの勝手で人を絵の中に引きずり込んで、理だなんだ押しつけてあげくケンカまで売ってきたのはてめぇじゃねぇか! そのてめぇが俺たちに何を詫びたって言うんだよ、俺もルスティナもお前からはなんの詫びも埋め合わせもされてねぇぞ!」
「そそそそれは、先の村で悪鬼を倒す手伝いを……、私がいなければ白いのなど毒息で腐れ死んで」
「それはキルシェに使われてたからで、俺たちが頼んだわけじゃねぇだろ! 勝手に参加しておいて借りを返した気になってんじゃねぇ!」
グランはつばがかかりそうな間近まで顔を引き寄せ、筋が通っているのかよく判らないことを勢いでたたみかけた。もともとグランに苦手意識のあるジェームズは、青ざめてしどろもどろになっている。
「そもそもお前の角を切り落としたところで俺たちにはなんの得にもなってねぇのに、図に乗ってんじゃねぇよ! それとも馬は馬らしく、てめぇのした悪さなんかとっくに忘れちまってんのか? ここはてめぇの方から頭を下げて、是非お役に立たせてくださいって頼む所じゃねぇのか? 角だけじゃなく首も落とさなきゃそれも理解できねぇのか? ああ?」
「わわわ判った! 協力する! キルシェ殿が自由が利くようになるまではそなたらに協力するから! いや、させてくださいぃ!」
浮いた足をジタバタさせ、ジェームズが絶叫する。グランは鼻で露骨にあざ笑い、放るようにジェームズの体を離した。そこで、周囲の者らが、半分引いた様子で静まりかえり、自分たちの様子を注視していたのに初めて気がついた。
気まずい沈黙が流れる。
ランジュは目をぱちくりさせ、白龍は「相手が悪かったな」とばかりに、涙目で襟を正すジェームズを気の毒そうに眺めている。
「ま、まぁ、円滑に話がついてよかったわ。よろしくね、ジェームズくん」
ひきつり気味の笑顔で取り繕うようにまとめたラムウェジの横で、なぜかユカだけがひどく感心した様子で、
「こ、これが、精霊との駆け引きですの――?」
「今のはただの恫喝です」
目も当てられないとばかりに、エレムが顔に手を当てて呟いた。




