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10.図書館騒動<前>

 別にグランとエレムは、四六時中一緒に行動しているわけではない。

 二人はルスティナの客扱いだから、片付けだ修繕だと慌ただしい城内でも、特になにを求められることもなかった。グランは頼まれればなにかに手を貸すくらいで、あとは適当にぶらぶらしている程度だったが、エレムはあの性格なので、暇があるとあちこちに手伝いに潜り込んでいたようだ。それでも最初の頃は、適当に目につく場所にいたし、気がつけばランジュの世話をしていたり、たいして変わった様子はなかった。

 エレムの様子がおかしくなったのは、『ラグランジュ』のことをルスティナ達に話した、その次の日辺りからだった。思い起こせば昼前ぐらいから、姿が見えなくなったのだ。

 飯時でも戻ってこないし、下手をすると夜になっても部屋にいないこともあった。そのくせ、なにかの折りにグランが部屋に戻ると、死んだように寝ているし、ちょっと目を離すともういない。

 きっと城内で働く侍女とでもいい仲になったんだろう、あいつも意外とやるもんだなと、グランは勝手に感心して放っておいた。城から出さえしなければ、グラン以外の誰かしらがランジュを気にかけてくれたから、エレムが面倒を見ていなくても不都合がなかったのも大きい。

 それがおとといになって、エレムが本館の図書室で目を回して医務室に担ぎ込まれ、ちょっとした騒ぎになった。

 図書室で逢い引きとか意外に渋いなぁ、しかし目を回すほどのめりこむ相手なんだからよっぽどいい女なんだろう。相手はどういう女か聞いてやろうと、グランが医務室に様子を見に行ったら、全然話が違った。

 通報した司書が言うに、最初は、エルディエルの攻撃の時に受けた衝撃で棚から落ちた本の整理に人手を集めていた、その中にエレムがいただけらしい。ところが、あらかた整理が終わったところで、書棚の中に、古代語の区画があることにエレムが気付いたのだ。

「ほら、僕らがこっちに飛ばされてきた遺跡って、ルキルアの領内なんですよ」

 何種類かの果物を混ぜて作ったらしい飲み物を飲まされながら、相当寝不足の様子でエレムがグランに説明した。

「キャサハのに比べたら規模はだいぶ小さいですが、この南西地区も、古代人の残した施設跡が割と点在してるそうなんです。ルキルアの領内にも何カ所かあって、そこで発見された古代語の石版を写生したものや遺物の一覧なんかが、この城の図書室にそっくり置いてあるんです。ほかにも、別の国にある遺跡から出たものの研究論文とか、古代語の解説書とか。エルディエルが近いだけあって、この地方の古代遺跡への意識はすごいですね」

 整理の用事が終わったあとは、それこそ寝食を惜しんでひたすら本を読んでたらしい。司書も、エレムとグランがルスティナの客なのは知っていたから、夢中になりすぎているのは心配しつつも放っておいたのだ。

 医者の処方は「ちゃんと食べてちゃんと寝ろ」だった。それはそうである。



 城の本館は、この前の攻撃のせいで外観はひどいことになっていた。表向きはなんともないが、裏から見ると大きな穴が背面にぽっかりあいているのだ。

 中はどうかというと、陽光宮の塔が倒れ落ちて直撃した玉座の間が全壊しているが、ほかの場所はそのまま無事に残っている。階段も無事だ。玉座の間は三階にあり、天井が高くて上に部屋がなかったのも幸いした。

 普段は二階から上は王族や要人くらいしか入れないらしいのだが、今は本館の機能が離宮に移っているので、謁見の間とよほど大事なものがある部屋以外は、立ち入っても咎められない。所々に暇そうに衛兵が立ってはいるが、危険な場所に人が入らないように警戒しているだけで、グランはもう城のどこに行っても誰何されることがなかった。

 廊下や階段は緋色の絨毯が敷かれ、白弦棟黒弦棟とは全く違う豪華な装飾が天井や壁に施されていて、うっかり触るのもためらわれるくらいだ。絨毯で足音が吸われるのも、グランにはなんとなく心地が悪い。

 教えられたとおりの順番に角を曲がり、階段を上がった先の重い木目の扉を開けると、いきなり空間が開けた。

 図書室は本館二階の南端にある、天井の高い部屋だ。直射日光を避けるためだろう、様々な模様の描かれた色つきのガラスが天窓にはめ込まれて、部屋の中に光の梯子はしごをいくつも投げかけている。本特有の匂いが立ちこめるが、換気が行き届いているのか、思っていたよりもかび臭かったり空気が淀んだ感じはない。

 大きな机に陣取って本の修理をしている、品のよい初老の女が、グランに気付いて軽く頭を下げた。この部屋の管理人で、蔵書の守護者だ。かつては若く美しかっただろうし、今も同年代の男の目から見れば魅力的な容姿なのだろうが、さすがにエレムのお目当てかと揶揄するには歳が上すぎた。

 司書の視線に案内されて、グランは書棚に剣の鞘を当てないように気をつけながら奥へ進んだ。

 司書の机からも目が届く、それでいて視線が気にならないような場所に、幾つか机が並べられている。そのうちのひとつに、エレムが本で城壁を作っていた。

 少し離れた場所から眺めていたが、まったくグランに気がつく様子がない。神官学校の優等生だけあって、集中力は人並み以上なのだ。

 グランは幾つかもらってきた砂糖菓子の包みを、机の上に転がした。エレムは本気で驚いた様子で顔を上げ、グランの顔を見て力の抜けた笑みを見せた。

「よくやるよなぁ、お前も」

 医務室に運び込まれたせいなのか、エレムの使っている机の側にだけ、人が横になれる程度の長椅子と上掛けが用意してあった。ここでの飲食は禁止の筈だが、長椅子の横に置かれた小さなテーブルには、果実水を入れているらしい瓶まで置いてある。飲まず食わずでまた倒れられても困るからだろう。

「今まで読んだことのないものばっかりで……ここを出るまでに一通り目を通しておきたいんです」

 エレムは砂糖菓子の包みを手に取ると、ちらっと司書のいる方に視線を向けてから、椅子を引いて机から離れたところで包みを開き始めた。本に菓子のくずが落ちないように気にしているらしい。

「あんまりやりすぎると、次に倒れたら絶対出入り禁止喰らうぞ。ほどほどにしとけよ」

「ちゃんと朝夕は食べてますよ」

 言いながら、砂糖菓子を口に放り込む。どうせ昼は忘れているに違いない。

 グランは手近にあった本をなんとなく一冊手にとって、長椅子に座った。ぱらぱらと開いてみるが、書いてあるのは古代語の写しなので、グランには全く読めなかった。

「……あ、それ新調したんですか」

 三つ目の砂糖菓子を呑み込んだところで、やっと人心地ついたらしい。グランは頷いて、新しい肩当てをこつこつと指で叩いた。

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