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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
星の王太子と降星の荒野
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17.魔法使いと精霊と<1/7>

 視界の主は、屋根のない城塔の屋上に似た場所に立っていた。八角形の床石を規則正しく敷き詰めた、八角形の白い島。同じような島が、距離を置いて闇の中にいくつも浮き上がっているのも見える。足場部分の八角形の下は、丸く膨らんだ木の実のようにも見えるが、途中から闇に溶けていて形を見定めることができない。

 頭上は星の海。だが島から下の景色は闇の中に溶け、そこがどのような場所にあるのかは判らない。ただ、浮き上がった島の下方では時折、白っぽいなにかがやってきては潜りこみ、そしてまた出て行くような動きが見えた。

「前に来たときは、もっと数が少なかったのに」

 視界の主がキルシェの声で呟いた。

「再稼働して修復が始まってるんだわ……。でも、誰がどうやって……」

 視線が動く。キルシェは自分の足下の床板の、更に下がどうなっているかを覗き込もうと、島の縁に近づこうとしたようだった。だが、数歩動いたところで、

「おや、誰が来たと思えば」

 振り返ると、今までほかに誰もいなかったはずの島の上に、人が立っていた。

 胸あたりまで伸びた黒髪に、灰色の瞳の、それなりに若い男だ。細身の体にぴったりとしたズボンと底の厚い黒靴、その上にやたら布の量の多い黒の外套を羽織っている。何を生業としているのか、ぱっと見推測が難しい容貌だ。

「火の精霊の気配がしたからもしやとは思ったが、お前だったとは」

 髪をかき上げた右手の中指で、黒鉄色の指輪がきらめいた。手首には同じ色の腕輪があるが、あまり重そうには見えない。男に不敵に微笑まれ、キルシェが面倒そうに目を細めたのか、視界が微妙に狭まった。

「……どこかで会ったかしら」

「コルディクスだよ! 忘れたとは言わせんぞ!」

「コル……? えーと、あー、うーん、はい、久しぶり」

 絶対に思い出していないが、面倒なので話を合わせようという思惑がありありの投げやりな返答をすると、

「で、こんな所でなにをしてるの? ここって、もう崩壊を待つだけの古代遺跡よね?  なんに使われていたかも判らないような」

「レマイナ教会の調査班が、別の遺跡から、ここの存在に関わる記録を見つけ出し、解読に成功したのだ」

 気を取り直すように、コルディクスは広げた右手で背後に浮かぶ『島』を大げさに示した。

「その記録から、私は一足先に場所の特定に成功した。ここはもう私のものだ」

「てことは、管理者権限の取得に成功したんだ? でも、ここってなんのための施設なの? 動力は何?」

「ここは、世界を闇に呑み込み新たな王を現すための施設」

 グランが聞いたら「変な本の読み過ぎじゃねぇ?」と一蹴されそうな台詞を真顔で吐くと、コルディクスはぐるりと周囲を見まわした。それらは施設と言うよりも、闇という海に円を描くように浮かぶ、白い島の群れのようだ。

「今は私の集めた魔力で稼働しているが、修復が進めば魔力とは関係ない力で維持管理ができるようになる。古代魔法でもない、現代魔法とも法術ともまったく違う、新しい動力だ」

「へぇー……」

「しかし、今はまだ、人の手による魔力の供給が必要だ。あれらが協力してくれればいいのだが、あれらは侵入者を警戒し殲滅はしても、捕獲のための機能がないようでな」

「あれら?」

 と、何食わぬ声で質問を続けながらも、キルシェはじりじりと、自分に背を向ける男から距離をとっていた。視線は男の右手の指先、小刻みになにかを描くような動きに向いている。

「そろそろ新しい動力を得ねばと思っていたのだが、貴様が来てくれて助かった。しばらく見ないうちに、見慣れぬ性質の精霊まで取り込んだようだな。試し甲斐がある」

 言いながら振り返った男が、右手の指先を伸べる、より一瞬早く。

 キルシェの足下に光の法円が展開した。

 円の中に七つの角を持つ星が描かれる、おなじみの、転移の法円。

 だが、それが完全に展開し発動するより先に、光の法円の上に「黒い光」としかいいようのない線が展開した。黒い線は、キルシェの法円の上に、似て異なる文様を描いた。

 一三の角を持つ、黒い星型を基調にした法円だ。

 その黒光の法円は、転移の法円を上書きするように広がった。同時に、外枠の円からいくつもの黒い線が上方に伸びた。

 まるで、鳥かごのように。

「二度も同じ手が通じるか、暁の魔女よ!」

 男は会心の笑みで高らかに言い放った。

「ここで会ったが百年目、前回のお礼も込めて貴様からは――ぶっ」

 どうにも古典的(オーソドックス)な口上を挙げている男の顔面に、火花を放つ光でできた小鳥が突っ込んだ。闇の檻の隙間から飛び出した雷撃の精霊が、かぎ爪で男の顔にしがみつき、バタバタと翼をはためかせて男の顔を打っている。

「いや、ちょっと痛い痛い、何これビリビリして――ええいめんどくさい!」

 男の右手が、黒い光で覆われる。その黒い光を手袋代わりにでもするように、男は自分の顔にへばりついた雷撃の鳥を剥ぎ取り、足下に叩きつけた。態勢を整えて飛び立つ暇もなく、雷撃の小鳥は男の足に踏み押さえられてしまった。

「なんだこの痺れ、この鳥はなんでできて――あっ」

 痛みを払うように顔をはたいていた男は、黒い檻の中に新たな法円が展開しているのに気づいて慌てて右手を動かした。だが、中空に展開した法円は、今度は扉のように左右に割れ、キルシェはその中に滑り込み、姿を消してしまった。

 閉じ込める対象を喪った空の鳥かごを前に、男は悔しそうに奥歯を噛みしめていたが、

「――まぁいい、次元を変えただけで場所は移れなかったようだな。こっちに戻ってくるには、同じ場所から出てくるしかあるまい」

 気を取り直した様子で、男は眼鏡を直す。踏みつけた雷撃の鳥をつまみ上げ、それを取り囲むように虫かごのように目の細かい、新たな黒い光のかごを作り出した。

「これは珍しい。今は使役できなくても、研究材料にはなりそうだ」

 新たなおもちゃでも見つけたように目を輝かせ、男は小さな鳥かごを握りしめるように手をすぼめた。握りつぶされた、わけでもなく、黒い鳥かごは中の小鳥ごときゅっと縮まり、見えなくなった。

 白い六角形の島の上の、黒い鳥かごと、黒い髪の男。

 それを上空から視認して、炎で形作られた鳥は、北の中心にある星を背にし、まっしぐらに飛び立った。



「……雷撃の鳥は目くらましで、閉じ込められる間際に、キルシェさんは炎の鳥を逃がしたってことですか」

 話の内容を咀嚼するようにしばらく黙り込んだ後、一番に口を開いたのはエレムだった。

 離宮の中庭の一角、人間ではない二匹だか二体だかが起こしたたき火の周りに、さっきまで将官用の部屋に集まってた面子がごっそり移ってきて、一気に賑やかになった。ランジュはクロケと白龍の間に納まり、更にその横には、いつの間にかリノまでが当然のように加わって、もうなにが目的の集まりなのか傍目には判らない。

 ほかの兵士達も気づいているが、この面子が集まっているときは、特に用がなければ近づいてこない。

 ランジュは白龍から枝に刺した芋を与えられ、一緒に火であぶっている。白龍はグランにはそっけないが、ランジュからはたまに食べ物を貰っているせいか、扱いは悪くない。見かけは白龍の方が幼いから、子供のごっこ遊びにしか見えないのだが。

「……その炎の鳥が、なんでまっすぐ俺のとこに来るんだよ」

「そりゃあ、仲間がいるからじゃないでしょうか」

 グランの左手には、キルシェいわく『契約主を共有している』という炎の精霊が棲みついている。仲間と言うよりは、分身と言った方が近いのだろう。命令もなく解き放たれて、本能的に片割れのもとにやってきただけなのかも知れない。

 もちろんキルシェがそれを見越して、グランを巻き込もうとしている可能性は充分にある。明確に助けを求めないだけたちが悪い。

「結局、そのキルシェちゃん? はどういう状態なの?」

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