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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
星の王太子と降星の荒野
503/622

15.星の王太子と荒野の異形<6/7>

「あいつら連れて衛兵本部だとか行ってられねぇだろ」

 市門から離宮までの子供達の引率を、クロケとリノに任せるのはどうにも心許ない。二手に分かれるなら、レマイナ教会の関係者でもあるエレムがラムウェジに付き合うのが順当だろう。消去法で今回は、グランが先に離宮に戻ってきたのだ。

 幸いというか、ラムウェジに会ってからのリノは妙におとなしく、子供達が市場のあれこれを見たいと声を上げてもそつなくかわしてさっさと戻ってきたので、これは助かった。

 リノがラムウェジからなにを感じ取ったのかはよく判らない。あれは親馬鹿の化身だから、今までの経緯も踏まえて、今下手なことをして怒らせたら厄介だとリノは踏んだのかも知れない。グランもあの女は敵に回したくはない。

 建物の二階にあるエスツファ用の部屋からは入りきれない兵が待機している裏手の広場がよく見える。規則正しく並んだ天幕の列から離れた場所に設けられた炊事場では、夕食の当番兵が準備をしている。

 そのそばで、人間の姿をとった白龍とジェームズが、勝手に起こしたたき火を使ってなにやら正体不明のものを炙りながら雑談している。兵士どころか人間でもないクセに、なぜ当然のように部隊に紛れ込んでいるのか。グランが思わず眉間を押さえていると、

「……しかし、地元の伝承は伝承として、それが今になって頻繁に現れはじめたのはなぜであろうな」

 エスツファは、グランの視線の先にあるものを見て察したように苦笑いすると、その目を北の山並みに移した。もう沈もうとする夕日の最後の光を受けて、色濃い緑色が山裾を彩っている。

「今回はラムウェジがいたせいじゃねえの? 普通の人間は通れないように幻惑の魔法なりがかけられてたのが、ラムウェジには通用しなかったとか」

「しかし、エトワール殿らは、ラムウェジ殿よりも先にその場に入って襲われていたのであろう?」

「あー……」

 そうだった、エトワール達が先に、「あるはずのない開けた場所」に入り込んでいたこと自体は、ラムウェジとは無関係だ。

「今までは『どこかの誰かがこういう体験をした』という怪談のような話でしかなかったようなのに、ここにきていきなり、具体的な形で目の前に現れた。今まではそれこそ、幻惑の魔法で護られていたのが、最近になってなにごとかがあって、解けてしまったとか……」

「きっかけって言ったら……」

 ラムウェジが追いかけてきた『ハイガー』が、案内人と供に足取りを消した。グラン達があの場に関わることで知っているのは、その程度のことだ。

「……それに、偽者の『ハイガー』が目指していたのは山中のどこかにあるかもしれない古代施設だろ。ラムウェジ達が出たのは、なにもない、開けた場所だった」

「ラムウェジ殿の話では、最後には異形の者らは傷ついた人間を連れ去ってどこかにいなくなってしまったのであろう。ということは、その開けた場所自体は、縄張りではあるかも知れないが、住処ではないのかも知れぬ」

 何も無い、高い場所にある開けた場所。そこから飛び立って、羽のある異形はどこに行ったのか。

「……まぁ、部外者の我らが、少ない情報であれこれ考えていても不毛でしかないな。それは置いておいて、ラムウェジ殿は今夜はどこに滞在するのであるかな」

「どこって、普通に考えたら今日はレマイナ教会の建屋に……」

「エスツファの旦那ぁ」

 形ばかり扉を叩き、返事を待たずにフォルツが顔を覗かせた。

「おや、元騎士殿は先に来てたのか。ルスティナとエレム殿が、エレム殿の母上を連れて戻って来るらしいぞ。今、連絡が来て……」

「なんだ、ルスティナがわざわざ使いを寄越したのか。そんな暇があるならさっさと戻ってくればいいのに」

「いや、この連絡はオルクェル殿からで……」

「なんで?」

 カイチの村に行ったことも、ラムウェジに会ったことも、エルディエルには今回関係のない話ではないか。思わず問い返したグランに、フォルツはフォルツで困惑した様子で、

「いや、『これからここに来るその母上殿に、ヘイディア殿とリオン殿が目通りしたいが大丈夫か』という確認なのだよ。こっちは母上殿がここに来ることも知らなかったのに、勝手に返事もできぬしなぁ」

「いやまぁ……耳が早いことだな」

 エスツファは苦笑いで顎を撫でた。

「『ラムウェジ殿がいらしてないので返答ができない、到着したら追って知らせる』でよいのではないかな。どうせ同じ敷地にいるのだ、到着したらすぐにあちらに伝わって勝手に来そうな気はするが」

「ラムウェジ殿の名前は話には聞いていたが、エルディエル側が浮き足立つほどの御方なのか?」

「そういや、ラムウェジが前にエルディエルに向かってたのは、レマイナ教会の代表として大公に会うためだったからな」

 ラムウェジ自身、教会内では「わがままが効く」立場にあるようだから、わりと重んじられた存在ではあるようだ。

 レマイナの法術師は、大陸で普通に生活していればわりと見かけることがある。だが、多くは軽微な傷や病気を「かなり頑張って」癒やす程度で、短時間で重傷者の傷を塞いだり、高熱を下げたりという強力な法術師は、ラムウェジ以外にはあまり聞いたことがない。

 教会内での役職は、もちろん法術の有無だけで決まるわけではないだろうが、あの強力な法術が立ち位置になんの影響も与えていないとは思いづらかった。


 落ちた太陽の残滓が西の空から薄れていく頃合いに、ルスティナ達が戻ってきた。別れた時はルスティナとラムウェジとエレムの三人だけだったのが、カカルシャの騎士らしい男が数人、離宮の前まで護衛についてきた。

「衛兵本部で話してたら、宮廷騎士団まで出てきちゃってびっくりしたわー」

 将官執務室代わりの部屋で出迎えたエスツファ、フォルツ、グランの前で、「あははー」と頭をかきながらラムウェジはお気楽に笑っている。

「そういえば、こないだカカルシャ(ここ)を通ったときに、直接国王夫妻とご挨拶してたのよね。騎士団長もそのとき同席してたんだった」

「ラムウェジ殿が直接出向かれたので、衛兵側も反応が早かったな。騎士団長が話の判る方で、表向きは『山賊が調子に乗り始めているから裏道の利用は控えるように』と民衆に注意喚起してくれることになった」

 ルスティナが感服した様子で言葉を添える。

 それは……普通の旅人の報告なら相手にもされない突飛な話なのを、ラムウェジが相手なものだから無碍にもできず、無難に話を合わせたのではないか。後ろに控えるエレムの微妙な笑顔が、グランの推測を如実に裏付けているのだが、もちろん言葉にはしない。経緯や理由はどうあれ、国側が警戒してくれるならそれに越したことはないだろう。

 一通り話すと、ラムウェジは改まってエスツファとフォルツに向き直った。

「ということで、エレムの母のラムウェジです。閣下方には、ランジュちゃんとグランさんの面倒までいただいて……」

「だから俺の保護者面はいいって言ってんだろ!」

「こらこら元騎士殿、反抗期の息子にしか見えないからおとなしくしておられよ」

 エスツファは面白そうに諫め、ラムウェジと握手を交わしている。その横のフォルツは、事前の話からのラムウェジの印象(イメージ)差異(ギャップ)についていけずに唖然と口を開けている。

「……ていうか、なんで離宮(こっち)に来てんだよ、レマイナ教会の宿泊所があんだろ」

「あー、カカルシャ側からも、是非王の賓客として王宮に滞在願いたいとか言われたんだけどねぇ」

 と、ラムウェジは更に斜め上方なことを言い出し、

「せっかくだし、みんなといろいろお話ししたいじゃない? みんながどういう旅をしてきたかも知りたいしさぁ。ルスティナ閣下もいいって言ってくださったし、どうせならこちらで厄介になろうかなーって」

「よくカカルシャ側(あっち)に納得させたな……」

「アルディラ姫に息子達がお世話になってるから挨拶もしたいって言ったら、あんまり食い下がられなかったよ?」

 その「アルディラ姫に世話になっている息子」が同行してるルキルア軍ってなんなんだ? とか今頃思われていそうではある。グランが思わずこめかみを押さえていると、

「恐れ入ります、ラムウェジ様がご到着と伺って……」

 後ろにユカとランジュを連れて、というかあれは勝手についてきたんだろうが、答えなど待つ気もないヘイディアとリオンが開けっぱなしだった扉から入ってきた。その更に後ろには、止めるに止められなかったらしい警備役の兵士までついてきている。

「おやおや、耳が早い」

 押しかけてくるのは予想通りだったので、エスツファはのんびりとしたものである。

 むしろ、一歩部屋に入ってラムウェジを目にしたヘイディアとリオンの反応に、グランは驚いた。

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