13.星の王太子と荒野の異形<4/7>
「『ハイガー』は、山道に詳しい地元の者に道案内を頼んで、街道をそれて山中に入ったらしいのです。街道上での足取りが消えたように思えたのは、そのためでした。ただ、一緒に入った案内役は今も戻って来ていない。『ハイガー』から同じように案内を頼まれた者がほかにもいたので話を聞けましたが、『ハイガー』はどうも『夜間の案内』にこだわっていたようで……」
「夜間、ですか?」
グランとエレムは思わず顔を見合わせた。
カカルシャにたどりつく前の町で聞いた話では、地元の住人は山間での夜間の移動は極力避けていたようだった。脇道にそれて「開けた場所」に出て、それが夜だったら何者かに連れ去られてしまうことがあるから、と……
二人の様子に気づいたラムウェジが、濃いめの眉を動かした。
「あら、その顔だと、なにか聞いてるの? 山間部の伝承。脇道のないはずの山中の迂回路が、いつのまにか見知らぬ場所に通じていて、あるはずのない開けた場所に導かれることがある」
「ええ、地域によって食い違いがあるようですけど、僕らが聞いたのは、羽を持った人が天と地を行き来しているだけか、もしくはその場所に夜に導かれると、羽を持った人に連れ去られてしまうとか……」
ただの伝承だと思っていたが、ここに来て妙な重みを持ってきた。
「私たちが聞いたのは、夜間にその開けた場所に出くわすと、羽のある天人に攻撃されて最悪殺される、という話だった。それで、『ハイガー』から話を持ちかけられた案内役の多くは断ったらしいんだけど、報酬が破格だったものだから、天気のいい夜ならなんとかっていうことで、案内を引き受けた人がいたらしい。ただ、その人は数日経った今も戻ってきていないって」
そしてそこから『ハイガー』の足取りは途絶えた。
「……普通に考えりゃ、目的の場所に上手く到着できたから、口封じに殺されたってことじゃねぇの。報酬が後払いなら、殺しちまえば金も払わなくていい」
一気に重苦しくなった空気の中で、グランが躊躇なく、一番現実的な推測を口にした。
「確かに、そのまま帰したら、今度は追ってくる人に所在がばれてしまう危険が高くなりますけど……」
いつの間にか静かになって、こちらの話に耳を傾けている子供達を気遣いながらも、エレムも同意する。
「私たちが早く追いつけなかったことで、被害者が出てしまったとしたら、それは憂慮することだし、……そうまでして施設を独占したいなんて、やはりそれなりの目的があるってことになるじゃない。『ハイガー』が、山中の迂回路を通ることに意味があると判断したのなら、やはり『見知らぬ開けた場所に出る』という地元の伝承が関わってるのかも知れない」
「……『道』ですの!」
食べるのに満足したのか、お茶をすすりながら話に耳を傾けていたユカが、いきなり声を上げた。
「ルスティナ様、アヌダのお社と村を繋いでいた参道と同じですの! 権利のある者が許さないと通れない『道』ですの!」
「……なるほど、あれと同じことか」
ルスティナは頷いた。あれを経験しているグランとエレムも、すぐに納得して息をつく。
サフアの村から山頂の社へは一本道のはずなのに、『巫女の許しがない者は社にたどり着けない』とかで、実際ヘイディアとオルクェルは最初、その参道を通過することができなかった。権限を持っているユカが許したから、グラン達は山頂に招かれたのだ。
「……なんだか、みんなで面白いことを経験してきたみたいね?」
ラムウェジは笑みを見せた。後で詳しく聞かせて貰うわよ、という意図を感じたのか、エレムが微妙に頬を引きつらせた。
「……とにかく、山中の迂回路にまつわる話を聞いて、正体は古代魔法に類する幻惑か、あるいは転移の術が関わっているんじゃないかと推測は立ててたの。それなら、私なら突破できるかも知れない」
ヘイディアでも正体の見抜けなかった『道』の力を、ラムウェジは伝承の情報からの推測だけで、『突破できるかも知れない』と判断したというのだ。ユカが驚きで言葉に詰まっているのが判る。
「幸いというか、法術で回復させた人の身内に山道に詳しい人がいて、なんとか案内役を頼めたの。安全な日中のうちに近くまで向かって、怪しい場所の目星をつけたら、夜まで待機、その後周辺を探索、という方法をとろうとしたんだけど……」
実際は、待機の必要はなかった。夕刻近くになって、先導している案内役が、自分たちの通っている山道が、いつもと違うことに気がついたのだ。
緑の少ない山間、傾斜の中にわずかに踏み固められた細い道を歩いていたのが、ふと気づくと、広い広い、平坦で空の開けた場所に出ていた。
空は晴れているものの、夕暮れ時の淡い光が霞んで、遠くまで見通すことができない。ただ、周囲にここ以上に高い場所は見えなかった。
平坦で広い荒野。それまで赤茶けた色をしていた足下の岩場は、色が抜けて白く輝き、荒野の所々に転がる大小の岩も白く、その岩が崩れ砕けてできたと思われる砂だまりも、白。
そして、天と地上のそこかしこで、異様な光景が展開していた。
夕日を背にしているため影でしか判別できないが、羽を持った、下半身を大きく膨らませた影が、五体から十体の集団で「大きなもの」を囲み、手に持った棒状のもので、その「大きなもの」を攻撃していた。その集団に囲まれた「大きなもの」は、自分を囲む者達と似た形をしていたが、大きさが違う。単純に考えて、倍以上の大きさがあり、力も強いようで、自分に群がる影たちを、同じように手にした棒状のもので払い、突き、ほぼ互角に戦っている。
相手に攻撃をくらってふらふらと地に落ちていく「小さなもの」。一方で、攻撃していた「大きなもの」をしとめ、ほかの集団の応援に行く「小さなもの」。
あれらは一体なにをしているのか。そもそも正体はなんなのか。見極めようとした矢先、ラムウェジは、その活動が特に活発な地表近くに、彼らとは違う形のものが存在するのに気づいた。
「大きなもの」が集団で地表にあるなにかを攻撃していて、その大きなものを、更に周りに集まった「小さなもの」が攻撃している。
その中心にいるのは、二本足で立ち、なにかを護るように背を預け合い、自分たちを攻撃する「大きなもの」を追い払おうとしている。手に持っているのは明らかに剣であり、羽はなく、空から攻撃をしかけてくる者達よりもはるかにちいさく、力も弱い。かろうじて攻撃を防いでいたものの、ひとつ、またひとつと、体勢を崩し地に倒れていく。
「……人間が、異形に襲われてる!」
呆然と立ちすくむ一行の中で、ラムウェジだけが一足先に我に返った。一方で、中空で「小さなもの」と交戦していた「大きなもの」が一体、新たに人間が現れたことに気づいたらしい。羽と腕を振って、周りに群がる「小さなもの」を振り払うと、大きく飛び上がり、降下の勢いをつけてラムウェジ達に向かってきた。
普通なら反射的に逃げ出しそうなものなのだが、ラムウェジは逆に、その異形に向かって駆け出した。大きさで距離感が掴みづらいが、「大きなもの」はかなりの速度で近づいてくる。小刻みに震う羽音まで聞こえてくるようだ。
虫のような羽。人間のような上半身、貴婦人のドレスのように丸く膨らんだ下半身。手に持っているのは、長く、先端のとがった、……槍?
「大きなもの」は、ラムウェジに向かって槍を振りかざした。




