12.星の王太子と荒野の異形<3/7>
「書物の内容は、ある施設の建設と、機能に関するものでした。その施設には、人の目では見えないものを見ることができる鏡や、力の波を感じ取る計測器が備えられていて、はるか遠くのどんなものの姿も捉えられるというのです。その施設に関連した別の場所では、あらゆる物質を素通りする見えない存在を捕らえる研究が、並行して進められていることも述べられていました。書かれている内容のすべてが、現在の私たちの持つ概念を越えていました。一体なにを目的とした施設なのか、書物の解読班でも様々な意見が出されましたが、一番有力だったのは、軍事技術に転用するための基礎研究施設ではないか、というものでした。古代都市では、都市防衛のための『力の盾』が普及していましたが、一方で、それを外部から破るための研究も行われていたのではないか、と」
わりとありきたりな推測だ。施設自体がこちらの概念を越えているのだから、目的自体もこちらの想像を超えたものである可能性が高いのだが。
「驚愕すべきは、その施設自体は、最終的には魔力でも人力でもない動力で半永久的に稼働を続けられるように研究がなされていたようなのです。もっとも、その研究自体は書物がまとめられた時点でも未完成で、施設の動力自体は魔法力に頼っていたようですが」
「将来的には、魔法力が衰退していくのを予測した上で、施設が長期稼働できるように設計していたということなのかしらね。……その研究が進んでいて、もし新動力が完成していたら、その施設って、今も世界のどこかで稼働してるかも知れないってこと?」
「稼働自体は、まだ誰も施設そのものを確認していないため不明です。その後の解読で、施設の場所自体はかなり絞られました。大陸を横たわるオヴィル山脈のちょうど中央付近。『探訪者の街道』が通るあたりです。候補範囲は山中であり、現状、古代施設の存在は確認されておりません。しかし、原住人である山岳地帯の部族間では、古代施設とは別の存在として認識されている可能性もあります。調査チームでは、文献内で描写されている当時の地形と、現在の地形を比較し、更に絞り込みを進めて、近々調査隊を編制して、現地住民への聞き取り調査と供に、可能な限りの探索を行うつもりでおりました。それが……」
そこまで淡々と説明していたシュライが、ため息のように言葉を切った。ラムウェジは、彼が手元のグラスの茶で唇を湿すのを待って、
「……それが?」
「研究チームの外部協力員であったハイガーという者が、現代共用語に翻訳された報告書の半分と、施設座標特定のための資料を持って失踪しました。おそらく、彼は場所の特定に成功し、施設に向かったのだと思います。管理権限を独占し、施設の機能を利用するために」
「ハイガーというひとは、レマイナ教会の神官ではなく、北東地区のある大学から出向していた外部協力員だった。レマイナ教会の遺跡探査チームでの研究には初参加だったけど、それまでの委託業務での有能さと実直さが評価されて、地元の教会から推薦されたようね。ただ、ハイガー失踪後の調査で、実は別人が入れ替わっていたらしいのが発覚した。
当の本人には、出向直前に依頼が取り消されたと連絡があり、代わりに別の地区の民間の仕事が紹介されていたの。報酬がよかったのと、仕事の性質上あまり外部と詳細な連絡が取れなかったこともあって、別の地区にいたことが家族にも知らされていなかったんですって」
「でも、すり替わるには、相応の知識や能力がなければ難しいはずですよね。能力のある研究員として潜り込むんですから」
エレムの言葉に、ラムウェジは大きく頷いた。
「そう、その通り。研究中の”彼”は、とても有能で、特に文書の解読に関しての解釈力はずば抜けていたの。仕事ぶりは真面目。外見はちょっと特徴的だったみたいだけど、性格に突出した問題があるわけでもなく、素行は『口数が極端に少ないだけの普通の人』だったって。研究者って変わった人が多いから、むしろ扱いが楽で現場での印象は悪くなかったみたい」
「ラムウェジ殿は、その『失踪した偽の研究者』を追ってきた、ということなのかな」
ルスティナの問いに、ラムウェジも再度頷くと、
「報告書が持ち出されたこと自体は、いいって訳ではないけれど、解読された文の写しはほかにもあるし、そもそも原本が残っているからたいしたことではない。問題は、彼が先行して施設に向かおうとしてる目的なんだよね。チーム内では『軍事関連施設』という説が有力で、シュライ氏はその悪用をもっとも懸念していた」
「『古き王が滅び 新たなる王が生まれる』、ですか……」
エレムは、意味ありげな文言を手元の紙に書き出し、なにやら首を傾げていた。なにか納得がいかなそうに、眉を寄せて口を閉ざす。ラムウェジはそれには構わず、
「『古き王が滅びる』という字面からみれば、つまりは大陸の情勢を握る既存の政権の転覆か、あるいは物理的に地表を攻撃して『闇に変える』的な事象とも解釈できるじゃない? それだけの機能を持った施設ではないかと、調査チームは推測しているようなのよ」
「ふむ」
「ただ、文献からある程度施設の場所が絞りこめたのだとしても、稼働しているかどうかも判らない施設に確証も無く向かおうとは、普通思わないでしょ。ただ情報が欲しいだけなら、全体の翻訳と解読がもっと進んでから持ち出した方が楽なはずだし……」
「目的とする部分の情報を得たから、もう用はなくなった、ということなのかな」
ルスティナの推論に、ラムウェジも頷き返す。
「解読がもっと進んで正確な場所が特定されたら、今度は調査チームが直接現地に向かってしまうでしょうから。資料をいただいて作業を遅らせ、調査チームがもたもたしている間に、先にたどり着いて施設を独占したいと考えた、と見るのが妥当でしょうね」
「てことは、もし稼働していなかったとしても、再稼働させるための方法自体は知ってるってことなのか」
「知っているだけではなく、手段も持っている、のではないかな」
グランの言葉に、ルスティナが静かに推測を追加する。
……ヒンシアで稼働していた古代施設は、古代の燃料の代わりのものを動力にしていた。そもそも古代施設は魔法力で動くから、何らかの形で備蓄されたものを取り出すことができれば、稼働はできるのだ。
ということは、『ハイガー』を名乗っていた男は、施設の稼働に必要になる動力源も既に持っている、ということもあり得なくはない。
「なんにしろ、シュライ氏は、『ハイガー』を追って身柄を確保した方がいいという考えだった。レマイナ教会としても、教会が主導で行った調査で発見された古代施設が、特定の個人や国家に占有されるのは望ましくない。ということでわたし達は、『ハイガー』の足取りを追って北西地区から移動してきたんだけど、オヴィル山脈越えの『探訪者の街道』に入ったあたりで周辺の情勢は怪しくなる、山中にさしかかったところで、『ハイガー』の足取りが消える。どうしようかと思う間もなく急患に出くわしちゃって、対処してるうちに少人数での移動が制限されてしまって、まともにオヴィル山脈を越えるのも難しくなっちゃった。南側とは、街道を利用した連絡手段が使えなくなっちゃったから、南西地区の教会支部に応援や情報提供を頼むこともできないじゃない」
「でも怪我の功名というか、その村で、同じように足止めを食っていた方々から、有用な情報がいろいろ聞けたのです」
それまで静かに控えていたレドガルが、言葉を継いだ。




