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9.風の公女ふたたび<後>

「我らの事情も汲んでもらえたし、ルアルグの神官や法術師に特に含むものはない。むしろ大義のためとは言え、あのような攻撃を行わねばならなかったのは、神に仕える立場の方には大変な葛藤があったのではなかろうか。心中お察しいたす」

「……そのようなお言葉を頂けるとは」

 固かったヘイディアの表情に、ふっと感情の影がさした。確かにあの攻撃では人が一人死んでいるから、ひょっとしたら自分のせいでと言う不安はやはり拭えないのだろう。

 ルキルアとしては、唯一の死亡者がシェルツェルで、逆に助けられたようなものなのだが、そういう事情はルアルグの神官達にとっては別の話だ。

「ルスティナ様は、若い女性ながら一国の軍を統べられる有能な方と伺っておりましたので、どのようなお人柄かと逆に不安であったのです。優しいお言葉、痛み入ります」

 まだ多少固いが、笑みを見せればそれなりに美しい。ヘイディアはいくぶん潤んだ瞳で、ルスティナを見返した。

「やはり男性の中で苦労された方は、ひととなりも秀でていらっしゃるのですね。僭越ながら私も見習いとうございます」

「苦労……?」

 意外な言葉でも聞くように、ルスティナがおうむ返しに呟いた。ヘイディアが当然だというように頷いた。

「男性ばかりの場所で、そのような地位を得られるほどなのですから、とても大変だったでありましょう? 能力があっても、女というだけでなかなか認めてもらえぬのが常でございます。そのような中でも十二分にご自分の能力を発揮できるなど、やはり並外れた努力と人柄があってこそなのでありましょうね」

「いや……まぁ何事もなかったとは言わぬが……」

 なんと答えればいいか思いつかないでいるらしく、ルスティナが言い淀んでいると、

「そういえば、エレムは?」

 神官つながりで思い出したらしい。オルクェルの腕に抱きついたまま、アルディラが流れをぶった切って声を上げた。

 アルディラの視線が、椅子に腰掛けて砂糖菓子の紙包みで折り紙をしているランジュに移ったが、当然その隣にエレムはいない。

 この娘には、自分が原因でルアルグの神官達が余計なことをさせられたという自覚がないのか? グランは言いようのない疲れを感じたが、それを指摘したところで、更に自分が疲れるだけだろう。

「あいつは……今ちょっと別の用で外してる」

「リオンがね、またエレムとお話ししたいって言ってたの」

 誰も聞いていないのに、アルディラは勝手に説明を始めた。

「エレムが使う法術って、よく話に聞くレマイナの癒しの力とは少し違うのでしょう? 私もどういうものか見てみたいな」

「うーん……」

 エレムの場合、見せてくれと言われて、はいどうぞとできるものではないらしい。法術を使った状況も特殊だった。思い出して、グランはなんとなくルスティナに目を向けた……

 が、ルスティナはグランの視線には気付いてるようなのに、なぜかこちらを見ようとしない。

「そういや、またリオンも来てるのか?」

「私の世話係だもの。今は離宮で従者達と待たせてあるわ」

 どうやら先日の騒ぎのせいでお役御免、ということにはならなかったらしい。アルディラは続けてなにか言おうとしたが、

「歓談されている中を恐れ入るが」

 開いたままの扉を申し訳程度に叩いて、いつのまにかやってきたフォルツが廊下から声をかけてきた。グランを見てなにか言いたそうな顔になったが、すぐに表情を整え、

「オルクェル殿、カイル王子の支度が整った故、黒弦棟にお越し願いたいとのことである」

 そういえば、そういうことでアルディラ達は来たのだった。アルディラは肩をすくめ、名残惜しそうにまたグランを上から下まで眺め直した。

「ルキルアからの出立まで何日かあるから、それまで離宮でお世話になるの。また来るわね」

 来なくていい。届け俺の心の声。

 グランの思いが届く暇もなく、アルディラとオルクェルが慌ただしく身を翻した。二人が扉に向かうと、ヘイディアもルスティナに頭を下げてから後に続く。錫杖が澄んだ音を立てた。

 その足音と気配が遠ざかって、やっとグラン達は息をついた。

「いやまぁ、相変わらず意思のはっきりした姫君であるな」

「わがままなじゃじゃ馬って言っときゃいいんだよ、あんなの」

 自分のしでかしたことを反省してるようで、全然アルディラは変わっていない。可能な限り関わらずに済ませたい相手だった。

「苦労……か」

「ん?」

 廊下の方から視線を動かさず、一人違うことを考えていたらしいルスティナが、どこか戸惑った様子で呟いた。

「いや、ヘイディア殿が……」

 言いながら、なにげなくグランに顔を向けたとたん、ルスティナの動きがまた固まった。言葉と一緒に息も失ったその頬が、一気に耳まで桜色に染まっていく。間近で見ると色の変わり具合が劇的で、逆にグランの方が驚いたくらいだった。

「そ、その、ちょっと用を思い出した」

 とめる暇もない。顔を隠すように銀色のマントを翻し、ルスティナは早足で部屋を出て行ってしまった。その後ろ姿をグランが呆然と見送っていると、エスツファが苦笑いを見せた。

「ちょーっと、これは洒落にならなかったなぁ。元騎士殿の色男ぶりもこうなると罪であるな」

「……着替えるか」

 ふと視線を感じて目を向けると、部屋を追い出された仕立屋が伺うように扉の陰から顔をのぞかせていた。ランジュは椅子に腰掛けたまま、砂糖菓子の包みで折った動物で勝手に遊んでいる。

 グランは自分に着せられた礼服を眺めた。ルスティナの頬色の変わり具合を思い出して、思わずゆるみそうになった口元を見られないように、誰もいない壁側に向かって顔をそらした。

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