11.星の王太子と荒野の異形<2/7>
「まぁ、いろいろ、です」
言外にそれこそ「いろいろ」なものが感じられる。いろいろ察して微妙に気の毒そうな顔のグランとは対照的に、ルスティナは微笑ましそうに笑みを見せると、
「……このお茶はミンユ殿が淹れてくれたのかな。色味の美しいよい香りのお茶だ」
この奇妙な一行の中でも異色中の異色である高級軍人のルスティナに微笑まれ、ミンユは嬉しそうに
「は、はい。シャザーナでは一般的に飲まれている茉莉花のお茶です。花で香り付けがしてあって、気分が落ち着くんですよ」
「なるほど、香りが強いのに爽やかで飲みやすいお茶だ。ミンユ殿はお茶の入れ方を心得ておられるようだな」
「ありがとうございます!」
ミンユはほんのり頬を赤らめ、嬉しそうに頭を下げた。どうやらミンユは、東方の文化に明るいらしい。一通り挨拶を終えると、
「そういえば、ラムウェジ様、ものすごい早さで大陸を半周してきましたよね。なにかお役目があったんですか?」
「うん……その、それを含めて、どう話そうかなと思ってたんだけど」
ラムウェジは話を振られ、それまでのお気楽な表情卯から一転、考えをまとめるように眉を寄せた。
こうしてみても、ラムウェジとエレムに親子ほどの年齢差があるとは思えない。せいぜい、年の離れた姉弟というぐらいだ。しかもラムウェジは、エレムが子供の頃から、見た目の年齢はほとんど変わっていないのだという。
大地の生命力を借りて癒やしの法術を行使する際、その力を一緒に浴びることで、老化が遅れているのかも知れなということだった。そのためラムウェジは、本当に必要と思われるとき以外は、法術の行使を控えているくらいらしい。
年をとること、老いるということを、生物学者と神学者に改めて考えさせてしまうような存在だ。
「……やっぱり、私たちがここまで来た理由から話した方が判りいいような気がする。ちょっと長くなるけど、聞いて貰っていいかな」
ラムウェジが山中を越えてきたのは、エレムに少しでも早く会いたいからではなかったのか。動機は親馬鹿だと思っていたグランは目を瞬かせた。
「エルディエルで大公にご挨拶した後、船で北東地区に向かったのは、ただの偶然と気まぐれだったの。たまたま、湾岸を伝って北上してる貿易船がエルディエルに寄港しててね、たまには船に乗るのもいいかなーって感じで。北東地区にはちょっとご無沙汰してたし、最近はラウダン経由で西の大陸との交流も盛んになって、湾岸区域なんかめざましく発展してるっていうじゃない」
観光目的か。ラムウェジ級になると、いちいち教会の指示を仰がなくても、ある程度行程に自由が効くらしい。
「で、北西地区の教会統括支部とかに、ご挨拶にいったついでに、刊行物の出版部門に顔を出しに行ったの。北西地区は印刷技術も進んでて、大陸中に配布される教会の書物や、別大陸の学術書なんかを翻訳して出版するための拠点になってるの。古い知り合いもいるし、最先端の知識にも触れられて楽しい所なんだけど、そこで、ある班の主任から相談を受けたのよ……」
「私たちは、遺跡から発掘された神代文字の文書の解読を主に担当しています」
主任であるシュライの部屋は、日陰だが風通しのいい上階にあった。几帳面な性格なのか、書棚は部門ごとに整理され、机に乱雑さもない。
シュライは入り口近くに置かれた客人用の椅子をラムウェジに勧め、自分は水差しに満たされた黄金色の茶をカップに注いでいる。ラムウェジはすぐには座らず、ゆっくり歩きながら書棚や机の上を興味ありげに観察している。
「ご存じかと思いますが、神代文字による文書は、初期の古代語文書と文法に似た点が多い。接続詞が極端に少なく、場合によっては、主語すらも省かれている。我々から見たら、複数の解釈ができるようにわざと単語ばかりを用いているようにすら思えます。しゃべり言葉では加減で解釈できるものが、文字になってしまうと読み取りづらくなる、ということは現代でもあるわけですから、その時代なりの暗黙の法則というものがあったのでしょうが……」
「その時代の人が生きていないから、それも確認しようがないわけね」
整理されて味気ない研究室、という印象が拭えないが、机の上の書類の束を押さえているのは、粘土でできた石碑の模造品だ。それを指でつついてラムウェジが笑みを漏らすと、シュライはわずかだが恥ずかしげに口元をゆがめ、すぐに表情を正した。早く座れとでもいうように、客用のテーブルにカップを置いて、自分はその向かいの椅子に腰をかける。
「それで、わたしに話って、どういうことかしら? 神代文字に関しては、ここの研究者の誰にも敵わないと思うけど」
「私もそう思います」
悪びれるそぶりもなくシュライは言い切り、あらかじめ用意していた巻物を取り出した。といっても、巻物そのものは特に価値のあるようなものではない。
そこに書かれている数行の文字に、ラムウェジは思わず目をすがめた。
「これは、最近になって北西地区のカーガル遺跡の最深部で発見された金属板の一片に書かれた文字を、そのまま複写してきたものです。金属板は、例の、あれです」
「……なるほどね」
地上に形が残っている古代遺跡の場所は、現状、ほとんど特定されている。ただ、保護が上手くいっていない場所では、荒らされて内部のものが持ち出され尽くし、あまり研究に役立たないものも少なくない。カーガル遺跡はそういった「荒らされ尽くして一般からは見向きもされなくなった」場所の一つだった。
しかし、そういった場所でも、なにかの弾みに未知の階層、領域が発見されることが、ごく希にある。とある傭兵と神官が、知り尽くされていたはずの遺跡内の未知の場所から思わぬものを持ち帰ったように。
そしてそういった新たな場所では、よく正体不明の金属片が発見される。
見た目は昏い金色。どんな環境下でも劣化せず、傷もつかず、汚れも定着しない。鋼や金剛石を用いても傷がつけられないし、現存するどんな薬液にも反応しないため、具体的な成分を分析どころか、推測することもできない。
紙や石よりも当然安定した存在なので、古代文明では、長期保存のための記録媒体として用いられていたのかもしれない。実際、単純な案内板として用いられていたとしか思えない配置で発見されたものもある。しかし、それ以上の役割があるのでは、と思われるものも多々ある。
力のある法術師が見れば、それらのほとんどがなんらかの魔力を帯びていること、ひょっとすると内部に古代魔法に準ずるなにかしらの呪文が書き込まれているかも知れないことを感じ取れるのだが、なにぶんそれは、見た目の数値として証明ができないのだ。
内部では通称があるのだが、外での会話はでは、その金属は曖昧な言葉で表現される。「例の金属」「あれ」的なもので、知っているものには通じるし、知らないものには当然通じない。それはそれで便利な言葉だった。
「……それにしても、相変わらず意味深ねぇ」
ラムウェジは紙の上の文字に何度も視線を巡らせ、ため息をついた。
天の道より七つの宮が見守る中 地に満ちる光は喪われ
天の王は息絶え地は闇に呑み込まれる
地は時の裁定により
古き王が滅び 新たなる王が生まれる姿を見るだろう
「今回、発見されたのはこれだけではありませんでした。この文字が書かれた金属板の下から、古代語の書物が発見されたのです。紙にしては余りにも状態が良好で、逆に、最近作ったものを誰かがいたずらで置いたのではないかと、発見した集団内でも意見が割れたほどでした。ただ、発見場所の近くの町に居合わせた法術師に現場を確認させたところ、どうやら金属板に、『保護の魔法』が施してあるのではないかという話で……」
「……金属板の目的が、書物を劣化から護るためのものだった、ということかしらね。書庫に施されるような呪文が書き込まれていたのかしら」
「あまり強力な法術を行使できる者ではないので、『そんな感じがする』程度の証言らしいのですが。ラムウェジ殿に見ていただければ、もっと詳しく判るかも知れません」
「興味深くはあるけど、それが今のお話の目的ではなさそうね」
「その通りです」
シュライは素直に頷いた。




