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6.疾風将軍オルクェル

 名前を聞いてしまったら通さないわけにはいかない。部屋にいた、カイル以外の全員が立ち上がった。グランは半分逃げ出すためだが。

 フォルツに通されて入ってきたのは、派手ではないが上質の上下揃いの服に、裾の長い深緑色の上着を羽織った褐色の髪の男だった。歳はグランやルスティナよりも、少し上くらいのようだ。もう少し年配の男を想像していたので少し驚いたが、騎兵隊の隊長というだけあって体格もいいし、くっきりした目鼻立ちで容姿も悪くはない。

 オルクェルはアルディラが失踪した時に護衛をしていた部隊の隊長で、ルキルア城の攻撃を指揮した人物でもある。アルディラに振り回されて迷惑を被ったという点では、彼も被害者のひとりと言えるかも知れない。

 アルディラは一旦エルディエルに戻ったのだが、エルディエルの部隊の半分は、事態の後始末のために、ルキルアの王都ルエラの郊外に駐留している。

 オルクェルは入ってくるなり、床に寝そべって人形を寝かしつけているランジュが目に入ったらしく、戸惑った様子で立ち止まった。それもそうである。王子と軍の高官が会合している部屋で、こんな子供が好き勝手に遊んでいるとは普通思わない。

 オルクェルは問うようにフォルツを見た。フォルツが構うなと言うように手を横に振ったので、気を取り直したらしくカイルの方に体を向けた。

「カイル王子、お話の途中に押しかけるご無礼、お許しください」

「僕……じゃない、私は別にいいよ? グランに用事があるんでしょ? 私たちも一緒でいいの?」

「は、ぜひ王子や総司令閣下にも聞いていただきたく存じます」

 膝を折って頭を下げると、オルクェルは改めてグラン達をぐるりと見回した。

「お集まりのところを中断させてしまい申し訳ない。実は、先ほど本国より連絡があり……」

 言いながら、頭の中で言葉を探している様子だったが、すぐに意を決した様子でグランを見た。

 グランとオルクェルは初対面だが、ルスティナ達は面識がある。それに『黒瞳黒髪で秀麗な顔立ちの剣士』という特徴を聞いていれば、誰が『グランバッシュ』かはすぐに判るはずだ。

「言葉を繕うのは苦手なので、率直に説明させていただこう。今回のことで大公にお叱りを受けていたはずのアルディラ姫が、逆に大公を言い負かした」

「……はぁ?」

「いろいろな要因が絡んで大きな騒ぎになってしまったが、姫が大公の代理という役目を放り出して逃げ出しさえしなければ、このようなことは起こりえなかった。普通ならもう少ししおらしくなってもいいようなものなのだが、お叱りを受けて姫が言うには、『縁談だというのを伏せて自分を送り出した大公が悪い、自分の気性を知っていて騙したのだから、そもそもの事の元凶は大公にあるのではないか』」

 あの娘なら言いかねない。ルスティナとカイルは目を丸くし、エスツファとフォルツとエレムは呆れてはいても驚いた様子もなく話を聞いている。グランは額を押さえたまま大きくため息をついた。

「その上、『今度は縁談ではない、前回の失態を償うためにも、大公の代理を改めて務めてこい』との大公に、条件まで出されたとかで……。もう大公でもどうにもならず、どうしたらいいかと私に打診してきた」

 なんだかとても嫌な予感がする。表情の引きつってきたグランと、オルクェルとを交互に見ながら、ルスティナが首を傾げた。

「条件と?」

「その……グランバッシュ殿が同行するなら、行ってもいいと」

 エスツファとフォルツとエレムが揃って吹き出した。

「姫が言うに、『今回のことでグランバッシュ殿には世話になったし、事態を収められたのもグランバッシュ殿の功績が大きい。非常に腕も立つし信頼できる剣士である。しかし今更、自分を助けた礼を渡そうとしても受け取らないであろう、それなら自分の護衛として同行してもらいその謝礼という形で相応の礼をしたい』とのことで」

 いや、これ以上俺に関わらないと確約するなら礼ぐらい受け取ってやる、さっさと出せ、いちいち俺を巻き込むな。グランの内心の叫びとは裏腹に、

「いやはや、元騎士殿もえらく気に入られたものであるな」

「やっぱり男は顔なのかねぇ」

「上流階級の方にはない、グランさんの見た目と内面の凄まじい格差ギャップがアルディラさんには逆に新鮮なのでは」

「……お前ら人ごとだと思いやがって。笑い事じゃねぇぞ」

「その通り、笑い事ではないのだ」

 好き勝手を言っている外野に、グランが憮然と声を上げる。その台詞に被せるように、ほとほと困り果てた顔でオルクェルは大きく頷いた。

「姫はあの気性であるから、一度言い出したら要求が通るまでてこでも動かない。しかし今回ばかりは、そのまま姫の我が儘を飲んでしまうと、大公もほかの公女達に示しがつかないのだ。それで思案したのであるが、私の隊に傭兵という形でグランバッシュ殿が編入してくれれば、まだ格好がつくし、アルディラ姫の気も収まるだろうと思う。グランバッシュ殿、カカルシャに着くまでで構わないのだ、どうか我が隊と同行願えないだろうか」

 全員の視線がグランに集まる。グランは速攻で首を横に振った。

「わ、悪いんだがたった今、国王の代理でカカルシャに行くその白弦総司令に同行を依頼された所だ。そっちのことはそっちでなんとかしてくれ」

 おや、というように眉を動かし、エスツファがルスティナに視線を向けた。

 オルクェルは虚を突かれたような顔でグランを見返し、確認するようにルスティナを見やる。先を越された落胆とは別の表情が見えた気がしたが、それがなにかまではグランには判らなかった。

 ルスティナはグランを見る目元に一瞬笑みを乗せ、すぐに申し訳なさそうな表情を作ってオルクェルに顔を向けた。

「そういうことなのだ、アルディラ姫のご慧眼には感服いたすが、我らも同様の理由でグランに同行を依頼していた所であった」

「そこをなんとか、折り合いをつけてもらうことはできないであろうか。アルディラ姫が出向かないことには、カカルシャの面目を更に潰すことになるし、恥ずかしい話、私自身の面目も立たないのだ。このままでは姫を無事にカカルシャに送り届けるどころか、たどり着けさえもしないまま本国に戻らねばならぬ」

 そう言われると気の毒な気もしないではないが、だからといって、グランが代わりにあのじゃじゃ馬の相手をしてやる義理はない。アルディラの言葉ではないが、娘の我が儘にいいように振り回される大公が悪い。文句はそっちに言えばいいのだ。

「それだったら、途中からうちの部隊が、アルディラ姫の隊列と合流すればいいんじゃないかな」

 それまで黙って彼ら達の会話を眺めていたカイルが、にっこりと笑った。

「どうせ行く場所は同じなんだし、後方警護って形にしちゃえば? ちょっと大げさになっちゃうけど、またいなくなられちゃうよりはいいと思うよ。グランはルスティナの客人だから、あまり好き勝手に姫に呼びつけられても困るけどね」

「ちょ、ちょっと待」

「それは妙案でありますな……」

 グランの静止など耳に入らないようで、オルクェルは感心した様子で頷いた。

「そういうことであれば、姫も嫌とは言わぬはず。姫の要求に応じてしまう形で、グランバッシュ殿に我が隊と同行願うよりも、形としては逆に望ましいかも知れぬ……。さすがルスティナ殿のような有能な将官を擁する国だけあって、王子もまた聡明で考えの深いお方であらせられるのですな」

 一見カイルを褒める形で、さりげなくルスティナを持ち上げたな……。あきれ顔のグランの視線に気づかない様子のオルクェルは、一転して明るい表情をルスティナに向けた。

「ルスティナ殿、今の王子のご提案で話を決めさせて戴きたいが、よろしいか」

「それで丸く収まるならこちらは構わぬが……」

 言いながら、ルスティナは伺うようにグランを見たが、グランが異を唱えるよりも早く、オルクェルはカイルに向かって膝をついた。

「では早速、今の話を本国に伝えたく存じます」

「うん、姫によろしくね」

 慌ただしく身を翻したオルクェルはその拍子に、寝かしつけた人形に本を読んでやっているランジュが目に入り、再び反応に困った様子で立ちすくんだ。それでも、つっこむのは後まわしにしたらしく、すぐにあたふたと退室していく。その深緑色の後ろ姿を、フォルツが慌てて追いかけていった。

 グランは半分呆然と、ルスティナとカイルを見返した。自分の意向はどこに行った。

「さすが、疾風将軍の異名を持つだけあって、行動の早い人だね」

 カイルはにこにこと、オルクェルの去っていった方を見送っている。

 それはただの慌て者なのではないのか。グランの内心のつっこみに気付いたわけではないだろうが、ルスティナが再びグランに視線を戻した。

 ルスティナは今の出来事を反芻するかのように少しだけ考え込んでいたが、すぐにひとつの結論に達した様子で、嬉しそうな笑みを見せた。

「とにかく、グランが一緒に来てくれる気になったのなら、よかった」

 結局、そういうことになるのだ。

 脱力して椅子に座り直すと、慰めると言うよりは絶対面白がっている顔で、エスツファがグランの肩を叩いた。人形に絵本を読んでやっていたランジュが、めでたしめでたし、といいながら絵本を閉じた。

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