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5.それぞれの希望と思惑

 これはやはりあれか、瓦礫の中で散々走り回った成果がやっと現れたのか。あの件では苦労ばっかりでなにも美味しい事がなかったが、そうだよなぁ、こんないい男が自分たちのために命がけで頑張ってたのに、心が動かない女なんかいるはずがない。ルスティナの言葉をグランがしみじみ噛みしめていると、

「というのも、グランには改めて仕事として頼みたいことができたからなのだが」

 ルスティナがこともなげに言葉を続けた。グランの表情の変化を眺めていたらしいエレムが、横で笑いを噛み殺している。グランは言葉の続きを問うようにまじめな顔でルスティナを見返しながら、テーブルの下でエレムのすねを蹴り飛ばした。

「今回のことで、我がルキルアとエルディエルは、協調の態勢ができあがりつつある。これも、身を挺して我らの窮地を救ってくれた上に、我々とアルディラ姫の間を取り持ってくれたグランとエレム殿のおかげだ」

 その功績者のひとりは、蹴られたすねをさすりながら、半分涙目で作り笑いを浮かべている。

「だが、問題はカカルシャなのだ。エルディエルの公女がカカルシャへの訪問を嫌がって逃げ出した経緯もあって、カカルシャは落ち度もないのに体面を汚されたような形になっている。エルディエルとしては、今度はきちんとした形で公女をカカルシャに送り込みたいらしい」

 その辺りのカカルシャ側の感情は、グランにもなんとなく想像できた。縁談云々の思惑はともかく、表向き、公女アルディラはエルディエル大公の代理としてカカルシャに向かっていたのだ。行きたくないからやっぱりやめるわ、などといわれたら面白くないに決まっている。

「しかし『近隣の国はないがしろにして、エルディエルにすり寄ろうとしている』と思われるのもカカルシャとしては得策ではない、と考えたのだろうな。カカルシャから、我が国を含めた近隣諸国にも、延期になった式典への招待があった」

「へぇ」

「それを受けて、我らと宰臣方も揃って相談したのだが、城が半壊しているこの状況で王や王子を送り出すのもふさわしくないのでは、という意見が多いのだ。代理の使者をたてる方向で検討しているのだが……」

「僕……私は、ルスティナとエスツファに行ってもらえばと父上にすすめたんだ」

 なにやら困った様子で言いよどんだルスティナのかわりに、にこにことカイルが口を開いた。まだところどころ子供っぽい口調は抜けきらないが、前に比べたらだいぶ話し方がしっかりしてきたようだ。

「宰相頭も空席だし、ロウスターは更迭で黒弦総司令は空席。今、名実ともに王族の代理として出向けるのはルスティナしかいないんだ。それならいっそ、エスツファにも使者として同行してもらって、黒弦騎兵隊総司令として最初の仕事をしてもらうのがいいんじゃないかなって」 

 エスツファはあの騒ぎの後、ロウスターの更迭を受け、黒弦騎兵隊の副司令に復帰している。

 そもそも、ロウスターが総司令に就任したのは、シェルツェルの推薦以外なにも根拠のないことだった。そのロウスターの不興を買って黒弦騎兵隊副司令を罷免されたエスツファが、復帰するのは当然のことだった。

 シェルツェルが死んだことで、シェルツェルの所有物だった「ラステイア」の効果が切れたのも大きいのだろう、ルキルア王はだいぶ以前のような判断力を取り戻しているという。

 全員の視線が自分に集まったのに気付いて、エスツファは据わり悪そうに頭をかいた。グランがからかうように笑みを見せる。

「とうとう腹を決めたのか」

「両弦の総司令があまり若くても、よその国になめられるから、おれにしておこうってほかの副官連中が言うんだよ。あいつら、この機会におれを総司令に仕立てて、面倒くさいことは全部押しつける気でいやがる」

「王子の前でなんてことを言っているのだ」

 ルスティナがエスツファをたしなめるが、カイルはくすくす笑っている。エスツファはまた頭をかくと、

「……それなら、元騎士殿とエレム殿にも、護衛として同行してもらってもいいんじゃないかと思ってさ。エレム殿の話だと、あの嬢ちゃんの返品先が、街道を越えた大陸北西部なんだろ? 山脈を北に越える街道に合流するなら、どのみちカカルシャ方面に行かなきゃならん。おれ達と一緒なら、嬢ちゃんを馬車にも乗せてやれる。こちらとしても、あんたらみたいに、状況に応じて自分の判断で行動できる同行者がいれば、不測の事態があったとしても心強い。お互い悪くないんじゃないか」

 エレムがすねをさすりながらグランを見る。特に意を唱える気はないらしい。

 どうしたものか。グランは、敷物の上で遊んでいるランジュに目を向けた。こちらの話を聞いているのかいないのか、ランジュは着替えさせた人形を膝に抱き、絵本を読んでやっている。

 グランにとって全く役に立たないだけで、ランジュの存在自体はごく普通の子供と変わらない。しかし、『ラグランジュ』の力は、グランが目的に沿った行動を始めると、それに試練だとか機会だとかを与えるという名目で、とんでもない厄介ごとを引き寄せ始めるはずだ。

 グランがランジュの返品先へ向かって行動を始めれば、またなにか面倒なことが絶対に起こる。それに、ルキルアの将官達を巻き込んでいいものかどうか。

「……ほらその顔だ」

 ルスティナは頬杖をついたまま、柔らかく目を細めた。

「まだなにか心配なことでもあるのか?」

「え、いや……」

「我らはグランの話を全部聞いた上でこう言っているのだから、もし『ラグランジュ』の影響を考えているのなら、それはなにも気にすることはない。我らとこれ以上付き合うのは面倒だ、とでも思っているのなら、それは仕方がないが」

 言いながら首を傾げる。ルスティナ自身は駆け引きだとかをしているつもりはなく、単純にグランの意思を尊重しているのだろう。打算が感じられないだけに、グランは逆に反応に困った。

 どう答えるのが一番いいのか。考えがまとまるより先に、廊下が騒がしくなった気がして、グランは視線を動かした。本館とつながる渡り廊下の方向から、複数の人の足音が響いてくる。ルスティナ達も気付いて首を巡らせた。

「王子もご一緒の所を失礼ながら……」

 扉を叩くのもそこそこに顔をのぞかせたのは、白弦騎兵隊副司令官の一人であるフォルツだった。フォルツは王達が離宮に移ったのにあわせて、離宮の警護に当たっているはずだった。

「元騎士……じゃない、グランバッシュ殿にどうしても急ぎ会いたいという客人があるのだが、お連れしてよいだろうか?」

「俺?」

 カイルは一応この国の王子だから、誰が来ようが普通はここの話が終わるまで待たせるはずである。しかも用があるのはカイルではなく、グランにだというのにだ。

 となると客人は、カイルを交えた話を中断させてでも通さざるを得ない誰かである、と推測できる。

 悪い予感しかしない。

「いやちょっと待て、とりあえずことわ……」

「もうそこまで来ちゃってるみたいだけど、誰?」

 グランが逃げるように腰を浮かしたのとほぼ同時に、カイルがのほほんと問い返した。伺うように目を向けられ、ルスティナは無言でフォルツに先を促した。

「その……エルディエルの第八騎兵隊隊長オルクェル将軍が……」

 いわんこっちゃない。グランは露骨に額を押さえた。

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