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4.夕暮れ時の打ち明け話

 グラン達の事情はちょっとというか、かなり特殊だ。

 といってもグランは流しの傭兵で、エレムはレマイナの神官。旅の連れとしては変わった組み合わせだが、それ自体はさほど驚くことでもない。

 特殊なのは、グランが最近拾ったランジュの正体である。

 この大陸には、古くから広く囁かれる伝説がある。『手にした者に望むものを与え、成功と栄光を約束する古代の秘法、あるいは秘宝』の存在。その名前は『ラグランジュ』という。

 ランジュはその『ラグランジュ』そのものなのだ。

 なぜグランがそんなものを拾ってしまったのか。というか、グランが手に入れたのはただの古びた一振りの剣だった。柄が気に入っただけだったのに、それがたまたま『ラグランジュ』のありかへの鍵であり、『ラグランジュ』そのものだったのだ。

 話に聞くほど、『ラグランジュ』は都合のいい宝物ではなかった。『ラグランジュ』は、手にした者に成功と栄光を約束する。――その代わりに、その願いにふさわしい苦難と試練を与えるのだ。言ってしまえば、ただの等価交換である。

 しかも外見は、持ち主に全く役に立たない姿をとるとかで、グランの場合は一〇歳程度の少女の姿で現れた。

 なによりグランには、『ラグランジュ』を使ってまで叶えたい夢も欲しいものも、特に無かったのだ。

 結局グランが『ラグランジュ』に願ったのはただひとつ、所有権の放棄、即ち『返品』だった。

 それなのに、『ラグランジュ』が運んでくる厄介ごとは、グランが今までの旅で経験したことないようなとんでもないことばかりだった。なぜただ『返品』するために、こんな目に遭わなければならないのか。どの辺りが「ふさわしい苦難」なのか、古代人を正座させて小半時ほど問い詰めたいほどだ。

 しかも、『ラグランジュ』には世間には知られていない、『ラステイア』という対の存在がある。ラグランジュとは逆に、持ち主に役に立つ姿で現れ、持ち主に「望む栄光と、それにふさわしい破滅をもたらす」存在で、それがシェルツェルについていたことも、先日の騒ぎの要因として大きかった。

 それでも、グラン達以外に真の姿を知っている者がいない以上、『ラグランジュ』の世間的な価値は変わらない。この存在を他の奴に知られたら、更に厄介な事になりかねない。

 グランとしては、可能であれば、ルスティナやエスツファにはそのへんはうまく話をぼかした上で、シェルツェルやその腹心イグ=『ラステイア』のしでかしたことを伝えておこうかと思っていた。

 だが、グランから月花宮での出来事を聞いたエレムは言うのだ。

「ルスティナさんは、アルディラさんのことを打ち明けたグランさんを、信じて動いてくれました。だったら、グランさんもルスティナさんを信じていいと思います」

 どうなんだろう。

 グランには必死になって追いかける夢とか、将来の希望だとかいう、大げさで面倒くさいものは持ち合わせがない。だから、伝説の秘宝『ラグランジュ』を追い求める奴らの気持ちは、いまいち判らない。

でも世の中には、自分の魂を売ってもいいと思うくらい、名誉だとか名声だとか、一生かかって使い切れないような金だとかを欲してやまない奴らがいるのだ。それこそシェルツェルみたいなのが。

 シェルツェルはまぁ、結果としては極端な例だろう。それでも、世の中のたいていの者には、ああいう欲が多かれ少なかれあるわけで、それが刺激されてふくれあがって自分でもうまく抑えられなくなると、最後にはああなってしまうのだ。

 それなら、あまり他の奴らにはラグランジュに関することに触れさせない方がいいような気もした。

 一方で頭をよぎったのは、腕を掴んだグランの手に手を重ねて、まっすぐ自分を見返したルスティナの顔だった。裏では計算だらけのグランの説得を、真正面から受け取って頷いた瑠璃色の瞳。

 その日、夕暮れも近くなったルスティナの執務室で、グランとエレムは事の流れをすべてルスティナに話すことに決めた。同席したのはエスツファとカイルだった。

 全てを話すとなったら、イグとグランの会話を全部聞いていたカイルも外すことはできない。エスツファには、ルスティナに話したらどうせ内容が伝わるのだから、それなら最初から同席してもらったほうが面倒がないだろう。

「なんとまぁ……」

 腹を決めて全てを話し終わると、しばらくの沈黙の後、一番に口を開いたのはエスツファだった。

「あの嬢ちゃんが伝説の『ラグランジュ』とはねぇ。宮殿の屋根が崩れても動転するでもないし、えらく芯のしっかりした子だと思ってはいたが」

「しっかりじゃねぇよ、なにも考えてないんだよありゃ」

 当のランジュは、床の上に広げた布の上で寝そべって、侍女達がくれた布の人形にあれこれ着せ替えをさせて勝手に遊んでいた。彼らの会話は聞こえているだろうし、意味も判っているのだろうが、やっていることは普通の子供となんら変わりはない。

「それで、あのイグ殿が、『ラグランジュ』と正反対の性質を持ったものだったと……。確かにそういわれれば、シェルツェルが急に力をつけてきた頃からだな、いつの間にかイグ殿が一緒にいるようになったのは」

「それとなく素性を調べようとしたのだが、まったく掴めなかったのはそういうことだったのか」

 椅子に腰をかけ、組んだ足の上で頬杖をついて話を聞いていたルスティナが、腑に落ちたと言うように頷いた。

「……信じるのか? こんな話」

「信じるもなにも」

 あまりにもすんなり受け入れられて、グランの方が戸惑ってしまった。ルスティナは頬杖をついたまま小さく笑った。

「グランには、そんな作り話をする必要はないであろう?」

「まぁそうだが……」

「それに、王子はそなたとイグ殿の会話を一部始終聞いてるし、実際にイグ殿が人ならぬものに戻ろうとしている所を見ておられる。それになにより、グランはイグ殿の持ちかけた取引を蹴ってまで、王子を助けてくれたではないか。グランの話を疑う理由は我々にはない」

「お前、ルスティナに話してたのか?」

 グランは驚いて、彼らの話に口を出すでもなく黙ったままだったカイルに目を向けた。カイルはきょとんとした様子で、

「うん、『ラステイア』がなんなのかはよく判らなかったけど、シェルツェルとイグがいろいろ手を回して、騒ぎを大きくしてたんだっていうのは、ルスティナには言っておかなきゃいけないと思ったからね」

「おれも話を聞いてはいたが」

 にやりと笑って、エスツファが言葉を引き継いだ。

「とりあえずシェルツェルに関しては、エルディエル側とうまく話もついたし、それ以上の詳しいことは元騎士殿の気持ちの整理がついてからでもいいんじゃないかと思っていた。今までいろいろと慌ただしくて、落ち着いて話を聞ける状態でもなかったしな」

 話すか話さないか、散々考えた結果がこれなのか。ふと思いついて、グランは横のエレムに目を向けた。

「まさかとは思うが、全部話せってお前が言ってたのは、ひょっとして……」

「実はその」

 エレムは困ったような楽しそうな笑みをみせた。

「エスツファさんにそれとなく水を向けられたので、グランさんが自分から切り出すまで少し待っていていてくれるように、お願いしてたんです。僕から話してもよかったんですが、グランさんはなんだか珍しくいろいろ考えてたみたいだったし。それにやっぱり『ラグランジュ』の持ち主は、グランさんですしね」

「お前はぁぁ」

「ちょ、ちょっと」

「まぁまぁ」

 一人、どうするべきかあれこれ考えていた自分が馬鹿みたいではないか。思わず腕でエレムの首を絞めにかかったグランを、エスツファが笑いながら押しとどめた。

「おれとしては、やっぱり元騎士殿が曖昧に済ませようと思うのなら、それでもいいと思っていたよ。話さないことに決めたとしても、それなりの理由があるのだろうからな。まぁおれ達を、話しても差し支えない相手だと思ってくれたのならよかった」

 言いながら、エスツファはルスティナに目を向けた。

「それに、時折物思いに沈む元騎士殿の顔もなかなか絵になっておったし、なぁ」

 同意を求められて、一瞬頷きかけたルスティナは、周りの視線にはっと我に返った様子で、グランから視線をそらした。軽い咳払いのあと、表情を整えて改めてグランを見る。

 なんだ今の反応。グランは思わずまじまじと見返してしまったが、もうルスティナは何事もなかったように、

「で、これからどうするつもりなのだ?」

「どう……?」

「こちらとしては、グランはその娘を親戚の所に送り届ける旅の途中だと思っていたから、長くひきとめる気はなかったのだ」

 確かに、ラムウェジが表向きに作った話ではそういう設定だった。それに付随したうわさ話では、グランは遠い東国の元騎士ということになっているらしい。もちろんそんなことを自分から言ったことは一度もないし、今はもう、ルスティナ達もそんなことを信じてはいないだろう。エスツファやフォルツがグランを元騎士呼ばわりするのは、からかい半分のあだ名みたいなものだ。

「急ぐ旅でもないのなら、……もう少し一緒にいてくれると嬉しいのだが」

 瑠璃色の瞳にまっすぐ見据えられ、グランは目を瞬かせた。

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