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3.これまでのこと、これからのこと

 最近の巷での、格好のうわさ話といえば、王国カカルシャへの縁談の席に向かう旅からエルディエル公国の姫君が逃げ出したこと、その姫君が王国ルキルアの政治交渉材料に利用されていると“なぜか”勘違いしたエルディエルの騎兵隊が公国お抱えの法術師達を使ってルキルア王城を直接攻撃したこと、そして結局姫君はなんの関係もないところからひょっこり現れたという一連の事件だろう。

 その攻撃でルキルアの王城は半壊し、死者一名、行方不明者一名、負傷者若干名を出した。傍から見たらとんだとばっちりでしかない。

 ルキルア側は、本当ならもっと強くエルディエルに抗議してもよかったのだ。たった一人の死者はルキルアの宰相で、行方不明になったのはその警護を担当していた腹心で、負傷者の中には軍の高官も含まれていた。だがルキルアは、


『エルディエルの攻撃は、何者かの陰謀による誤導である。我々がするべきは国同士が争い疲弊することではなく、この地方の平和を乱そうとする何者かに立ち向かうためにも、国同士が親交を深め和平を保つことだ』


という見解を唱え、エルディエルをはじめ、周辺諸国に深い感銘を与えた……

 と、表向きにはとてもうまくおさまっている。

 まぁあの短期間に、よく考えたものである。実際には、お互いが団結して戦うべき何者かはもう存在しない。瓦礫の下敷きになって死んだルキルアの宰相シェルツェルそのひとが、自分の利益のために情報を操作して、エルディエルの軍隊まで利用しようとした張本人だったのだから。

 ルキルアとエルディエルの間で、どんな駆け引きが展開されたか、グランは知らない。シェルツェルの野心の為に利用されたのかもしれない現王妃とその赤ん坊が、今後どういう風に扱われていくのかも、今は判らない。その辺はこの国の者たちが決めることで、グランが詮索する理由はなかった。

 ただ、シェルツェルという重しがとれたことで、ルキルア王室と、それに関わる者達は雰囲気も心も軽くなっているようだ。ルスティナやエスツファをはじめとした、ルキルア軍の将官や兵士達も、城で働く者らも、みんな一様に明るい顔をしている。

 城の修繕に関しては、エルディエルからも援助があるというから、あの件に関しては丸く収まりつつあるのだろう。



 エルディエルの部隊との和平会合が一段落したあとも、ルキルアには決めること、することがたくさんあった。

 城内の建物のうち、王国軍の拠点のひとつの白弦棟と、第一王子の居住区画に当たる月花宮の損壊が特に激しく、比較的被害の少ない本館も、謁見の間が決定的に崩壊している。修繕するにしろ建て直すにしろ、まずは一時的に本館機能を別の場所に移さなければならない。王と妃の住まう陽光宮はほぼ無事だが、修繕の為に多くの者が出入りするから、王族の居住区画もこの際移動が必要になってくる。

 幸い、王都であるルエラの西側に、今はあまり使われていない離宮があって、王と王妃とまだ赤ん坊の第二王子はそちらに移ることになった。

 ただ問題は、第一王子のカイル……が管理している偏った趣味の庭園だった。それらの世話をおろそかにできないと、カイルは離宮への移動を拒否したのだ。

 幸い、本館で被害があったのは玉座の間だけで、本館の両側にある王国軍の建物のうち黒弦棟はまったく無傷だ。白弦棟も、正面玄関ホールと付随する階段が全壊していたものの、軍務機能に大きく関わる部分は無事だった。早急に本館からの通路を整えれば、軍務拠点は移動の必要がなかった。

 カイルの居室は一時的に本館の左側にある黒弦棟内に整えられることになり、警護に関しては常駐の白弦騎兵隊・黒弦騎兵隊が持ち回りで受け持つことになった。

 第一王子のカイル自身は、自分が暮らしていた月花宮が、ひょっとしたら取り壊しも視野に入れなければならないほど損壊したことで、逆に吹っ切れたらしい。

「亡くなった母さまが、これからは父上や新しい母上ともっと仲良くしなさいって言ってるのかも知れないね。城の修繕が終わったら、僕も父上と同じ建物に住むことにするよ」

 瓦礫の飛び散った庭園の中から、半壊した月花宮と、その建物に護られて傷ひとつ付かなかった温室を見上げ、カイルはルスティナにそう言ったという。

 月花宮は、体の弱い前妃のために建てられた宮殿だ。カイルにとっては母親の象徴のようなものだったのだろう。そこに引きこもって好き勝手にやっていたことも、事態の遠因のひとつだったと、カイル自身は反省しているらしい。

「あの攻撃の中、命がけで助けに来てくれたグランに諭されたことが、よほど心に響いたようなのだ。王子はあまり詳しく話してくださらないのだが、いったい、どのような話をしてくれたのだ?」

「いや……まぁ、男同士じゃなきゃ判らないこともあるんだろ、きっと」

 感動に目を潤ませるルスティナにそう問われて、グランは曖昧に濁してその場を誤魔化した。

 イライラして思わずカイルの頭を蹴り倒したのだなど、美談のように受け取っているルスティナに、とても言えたものではない。

 もっとも、全部を見ていたランジュがエスツファに話してしまったので、さほども経たずにみんなにばれてしまった。

「元騎士殿も、割と見栄っ張りなところがあるのだな」

 当のカイル本人がなんとも思っていなかったから、ルスティナに格好つけて見せたのをエスツファにらからかわれただけで済んだが。

 それ以上に、グランには彼らに話すべきかどうか判断をつけかねていたことがあったのだ。

 侍女や使用人の割り振りも決まり、王達が離宮に、王子が黒弦棟の仮の居室に落ち着いた次の日、グランとエレムとランジュはやっと、ルスティナ達ときちんと話をする機会をつくることができた。エルディエルの、あのとんでもない攻撃があった日から、既に四日が過ぎていた。

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