7.龍の眠る谷<3/4>
「……その龍が、古代人の使っていた乗り物かも知れない、とでもいいたいんですか?」
さすがにエレムも眉をひそめる。
「そそ、蟻だの蜘蛛だのを土で作っちゃうような面白い人たちだったじゃない? だったら、龍もいたっておかしくないよね」
「でも蟻だとかは、実際の生き物を見本にしてでかくした感じだったよな。龍なんか現実にいねぇだろ」
「判らないよー? 今はいないだけで、大昔はいたかも知れないじゃない」
本気なのかさっぱり判らないリノの笑顔に、グランとエレムは思わず顔を見合わせる。
「兄さん達の行くところ、謎あり不思議ありってかんじだものね。なにかまた面白いことがあるかも知れないよ。浪漫だね」
「とにかくそのなんとかって谷に行けば判るだろ。なんでもかんでも古代人のせいにしてんじゃねぇよ」
グランは吐き捨てた。同調するかと思ったエレムは、微妙な顔つきで否定も肯定もしないまま、グランとは別方向に視線を向けた。リノと一緒に馬にまたがり、嬉しそうに縄を振り回しているランジュに。
そういえば、今の自分に回ってくる厄介ごとのほとんどは、この古代の疫病神のせいだった。グランは頬を引きつらせ、怪訝そうなリノの視線を避けるように、街道の後方に遠ざかる内海に目を向けた。ちりばめた宝石のように波間に陽光をきらめかせるあの海を、自分たちが次に見られるのは、いつになることか。
内海沿岸からはなれるごとに、陸は徐々に高さを増していく。まばらな木々が街道沿いに並ぶ、広い草原。
大陸の東西を結ぶ主要街道の一つ、『探索者の街道』につながる街道だけに、行き来するものも多いらしく、道はよく整えられている。点々と建物も見られるが、集落と呼べるほどのものではなく、旅人を当て込んで近隣住人が宿や休憩所を設けているのだろうと思われた。先行するエルディエルの部隊が先触れを遣わしているらしく、そこで働いているものや利用者達が、外に出て物珍しそうに異国の軍隊の行列を眺めているのも見えた。
「高い山なんか見えないけど、本当にこの先に谷があるのか?」
「だから言ったでしょ、深い谷を竜が塞いで埋めちゃったから、実際には川なの。平地を囲む山の高さも、どれくらいかまでは知らないから、谷っていうよりは、狭くて細長い盆地みたいなものかも知れないね」
地図上では、竜臥谷から伸びる川は、内海とは反対側の内陸部に向かって流れている。このあたりの方が、竜臥谷よりも若干標高が高いのかも知れない。
まぁ、地図を眺めてあれこれ推測しているよりは、実際に見た方が早いだろう。エレムはリノとの会話をとっくに切り上げて、馬の背に揺られるランジュの横で、目につく花や生き物の説明をしている。
「……南西諸島では、病気や災いは、悪霊の仕業って考えが根強いんさぁ。それで、そういう魔を払う呪術が盛ん。効果は人に寄るんけど、実際、精霊っていうのは人を利用したり、悪さするものも多いからね、そういうのを寄せ付けない効果はあるらしいさぁ」
「クロケさんが使うのは呪術ではないのですの?」
「あーしのは、こっちで言う精霊魔法さぁ。精霊魔法使いは、精霊そのものを使うこともできるけど、精霊から力を借りた魔法を扱うことが多いんよ」
グラン達の後ろを歩くユカは、クロケの話にとても興味を持っているようで、時折質問を挟みながら熱心に耳を傾けていた。クロケはどうも、こっそりと自分の魔法を子供達に披露しているらしい。リオンも関心があるらしく、今は横で黙って聞いているだけだ。
「こっちで言われる魔法使いって、『古代魔法』使いか『精霊魔法』使いだと思うんよ。古代魔法使いは、本人がもともと持ってる魔力だけじゃなく、外から集めた魔力も力として使えるんさ。だから、精霊を魔力の源として利用する古代魔法使いもいるらしい。精霊魔法使いは、単純に、契約した精霊の力を使うんよ。だから力の強さは、契約した精霊の強さで決まるんさ」
「契約、ですの?」
「うん。契約だから、お互いの力関係も様々さぁ。精霊を使い魔みたいに使役する人もいるし、神様みたいに精霊を崇めて、操られて言いなりになってる人もいる。魔法の知識がないと、そもそも契約してることも知らないで、憑きものみたいに背負い込んでるひとも多いさぁ」
「精霊は人間と契約することで、なにかいいことがあるのですの?」
「あるみたいよ? でも人間が考えるほど判りやすい理屈じゃないっぽいんよね」
クロケは人差し指で自分の顎を押さえ、考えるように少し空を見上げた。
「よくあるのは、人間の生気をとりこんで、力にするらしい。古い町に行くと、よくできた絵とか、像とかに、くっついてる精霊がいるっていうんさ。人間が感動したり、驚いたり、悲しんだりすると、すごい力を発散するじゃない。あれを食べてるっぽいんよ。契約者を定めなくても存在できるくらい強くなると、そうしてる子は多いね」




