4.黄金の谷、雲の城<4/4>
「最初の予定よりも南下しているからな。ここから街道を北東に向かって、高地を通る形になりそうだ。海とはしばらくお別れであるな」
「ここから北東だと、やっぱりククォタ経由になるのか」
「であるな、ラレンスから東に抜けていれば、通らずに済んだかも知れぬが」
「ククォタって? なんかまずいことでもあるのか?」
聞き覚えはあるが、グランにはあまりピンとこなかった。代わりにエレムが、
「ほら、例の……ルキルアでの一件で、シェルツェルさんが騒ぎに名前を利用した国ですよ。カカルシャがアルディラ姫との縁談を進めようとして、それに反発したククォタは、カイル王子と手を組んでアルディラさんの旅を妨害しようとした、って」
とばっちりもいいところの、カカルシャのお隣さんだ。結局あの書簡自体が偽造されたものだったため、宛名に書かれたククォタの誰某とやらは無関係と判断され、それっきりになっている。
「しかしな、あそこで名前が出てきたのも、あながち理由がなかったわけでもなさそうなのだ」
自分の椀を空にしてしまったフォルツは、エレムに鍋からに炊き込み飯をよそってもらいながら、顔だけは真面目に続けた。
「へぇ?」
「もしシェルツェルのあのもくろみが成功して、カイル王子とアルディラ姫が亡き者されていたとしたら、ルキルアを制圧したエルディエルの次の矛先はどこに向かったであろう?」
「……そりゃ、書簡の宛先になってたククォタの誰かだろうなぁ」
「そういうことだ」
単にエルディエルの部隊を動かす口実にしただけではなく、その先に更に企みがあったかも知れない。ククォタの中にも、シェルツェルに協力することで益を得られた何者かが、いたかもしれないのだ。
一足先に食事を終えたエスツファが、炭酸水のカップを片手に話を継ぐ。
「シェルツェルは、国内だけじゃなく、国外にもいろいろとつながりを作ろうとしていた節がある。王子のために、珍しい南国の植物の株を買い付けてきたという商人がいただろう。あれも、ただ仕入れを頼んだだけではなく、他国の情報を集めたり、各国の貴族や権力者と密かに連絡を取り合うために、頭のいい貿易商や行商人を抱き込んでいたようなのだ」
「なるほどな……」
「実質知恵を付けていたのは、あの側近殿でろうがな。あのぼんくら貴族をいっぱしの詐欺師まで仕立て上げたのだから、なかなかであるよ」
エスツファには、シェルツェルはただの詐欺師扱いのようだ。自分の中では一区切りついているのか、表情に苦々しさはない。
「国内は我々の力で大掃除ができても、国外になるとそうもいかぬ。まぁ、当の本人はもう死んでいるし、側近殿の影響力も消えた今になって、こちらから強いて遠くの藪をつつく必要もないだろう。しかし、我々が行く先に、シェルツェルの元協力者が潜んでいたら、ちょっと厄介かも知れないな、という話はルスティナともしていた」
世間では、エルディエルの姫君ご一行が次々提供する武勇伝で盛り上がっていて、ルキルアでの一件は既に過去の話になっている。しかしルキルア国内では、まだまだ進行形で後始末が続いているのだ。国を出てもその名前が出てくるとなると、やはり過敏にはなるだろう。
「まったく、ここまできても、亡霊のように姿をちらつかせるのであるからな」
「亡霊……ですか」
「死者は土に戻っても、強い思いは残るものであるよ。まったく面倒なことだ」
グランとエレムの視線に、エスツファは肩をすくめる。ルスティナも軽く頷いたものの、
「万一連絡を取り合っていた者がいたとしても、ルキルア国内の協力者達よりは関係も薄いであろう。なにより、死んでしまった他国の宰相に義理立てする必要もなかろうから、今更なにごとかを仕掛けてくるとは思えぬよ」
「確かに、警戒しすぎて本物の亡霊を呼ぶのも本意ではないからな」
エスツファはにやりと笑うと、
「エルディエルの部隊も一緒であるし、せいぜいお守り代わりに隠れさせてもらうとしよう」
「ていうか、そのエルディエルが一緒だからいろいろ面倒なことになってそうな節はあるよな。姫のわがままもほどほどにしてもらわないと」
フォルツの何気ない言葉に、しかしグランとエレムは同じように口元をこわばらせた。
確かに、なにも知らないフォルツから見たらそうだろうが、グラン達は知っている。行く先々で騒ぎが起きるのは、大人達の会話に全く興味を示さず嬉しそうに飯を食っている、この中の一番ちっこい子供の姿をした存在のせいだということを。
もちろんエスツファもルスティナもそれを理解しているはずなのだが、あまり深刻視していないのか、グランとランジュに対する態度は全く変わらない。
「そうそう、ここからククォタ領まで向かう街道は、名所だらけという話だぞ。『竜臥谷』やら『雲の城』やら、聞くだけで面白そうな地名がたくさんある。街道から見える場所にあるとよいな」
「雲のお城ですの? 雲があるような高い場所を通るのですの?」
ユカが耳ざとく反応して聞いてくる。フォルツは軽く首を傾げ、
「『雲の城』は、石灰棚の丘という話だな。本当に城があるかまでは知らないが」
「雲の上にあるような町、という意味かな。どういう所なんでしょうね」
「雲はふわふわなのですー」
ぶつ切りのイカを食いちぎろうと頑張っているランジュが、耳に引っかかった言葉に反応して声を上げる。その場の全員が、揃って明るい笑みを見せた。




