3.黄金の谷、雲の城<3/4>
「えー? そういえばあんたたちに、なんにもお礼してなかったなと思ったさぁ」
「そういうのはいらない!」
嘘のつけないオルクェルが、(それでもなんとか懸賞金の下りは伏せて)雪女捜しの顛末を説明したところ、『それなら宿もまだ決まっていないだろう、自分の天幕でほかのものと一緒でよければ一晩くらい泊められる』と、ルスティナが提案したらしい。
「戻ってきたのが夜更けであったのでな、グラン達の天幕はほかの兵士も一緒であるし、声をかけるなら朝の方が良いかと思ったのだ」
「そもそも知り合いでもなんでもねぇんだぞ、ほいほい通してるんじゃねぇよ!」
「でも楽しい人ですの」
「氷はつめたいのですー」
ユカの言葉にあわせて、にこにことランジュが声を上げる。クロケがしーっと唇に人差し指を当ててみせたので、ランジュは慌てて自分の口を押さえた。
どうやら天幕で一緒にいる間に、氷を使った芸でも披露したのだろう。容易に想像がついて、グランは思わず額に手を当てた。
「なにをしたのか知らないが、旅先でも人助けとは元騎士殿達は相変わらずだなぁ」
フォルツは呑気に白い歯を見せている。こればかりは、グランを見るエレムの笑みも目が冷たい。なにをどう言えばいいのかいろいろ追いつかなくなってきて、グランは軽く頭を振って話を変える。
「今合流したってことは、あんたもカカルシャまで行くのか?」
「いや、とんぼ返りも癪だからもう少しいるが、部隊がここから出立したら自分は戻るよ。元騎士殿達の顔も見られたしな」
ルキルアを出た時、城に残った者達とはもう会えないつもりでいた。微妙な顔つきになったグランを見て、ルスティナは穏やかに目を細める。
「客人もあることだしな、少し早めに朝食がとれるよう頼んでおこう。どうせ出立前の準備で皆今日は早起きだ」
「海のごはんは美味しいのですー」
「そうか、この辺の食材で作るのか、それは楽しみだな」
耳ざといランジュの声に、フォルツがにっかり笑う。こいつらは揃って、器が大きいのか、呑気なだけなのか、グランにも未だに測りかねる。
なんだか三年くらい経っているような気もするが、グランとエレム……とランジュが初めてルキルアの領内に足を踏み入れてから、まだ半年も経っていない。
それまでも平穏平坦な生活を送ってきたわけではないが、ルキルアと関わってからは普通ならまずあり得ない事件ばかりに連続して遭遇し、ここではとうとう世界の危機まで救ってしまい、それこそ伝記が五つ六つできあがりそうな勢いだ。
それでも表向き、グランとエレム、そしてルキルアはあまり目立ったことにはなっていない。見た目一番派手だったヒンシアでの一件も、『若いながらも聡明なアルディラ姫と、その異母兄で"疾風将軍”とも名高い騎兵隊長オルクェルの活躍の賜である』ことになっている。大国エルディエル以外は、似たような規模の小国が肩を並べ平穏を保つ南西地区で、近隣諸国との勢力均衡を崩したくないルキルアにとって、同行するエルディエルの部隊は逆に、都合のいい隠れ蓑になっているのだ。
「ああ、見てきたぞ。美しい湖に浮かぶ、崩れかかった魔女の城。あれ、ほんの少し前まで普通に人間が生活できていたのだろう? いやぁ、魔法というのはすごいもんなんだな」
いつもならほかの兵士と一緒に外で食べるのだが、今日はルスティナの天幕で、フォルツを中心にしての朝食になった。これが夜なら酒も入って盛り上がれるのだろうが、あいにく朝飯が済んだら自分たちは出立の準備を始めなければいけない。
今日で部隊が出立と言うことで、朝の炊き出しは、火事で焼け出されて野営地に避難してきた町のものらが、心づくしの地元の料理を用意してくれていた。
地元でとれる魚貝を、コメと一緒に大鍋で炊き上げた料理だ。見た目が豪華な上に一度に大量に用意できるので、祭りの時によく作られる料理だそうだ。手間がかからないので、野営地などで大人数で食べるのにはうってつけなのだという。
ぶつぎりにしたイカ、エビ、貝などがごろごろ入った味つきのコメを器に盛られて回されて、子供達は歓声を上げた。天幕の中は香辛料の香りで満たされている。物珍しそうにフォルツも口に運び、明るい声をあげた。
「匂いをごまかすための香辛料かと思ったら、ものじたいが全く生臭くないのだな! 取ったばかりのものを調理すると、魚も貝もこんなに爽やかなものなのか。山しかないルキルアでは絶対食べられない」
「海老さんは塩焼きも美味しいのですー」
「なるほど、臭みがないから塩だけでもいいのか。これは帰る前に町をもう少し見ていかないと……」
「そりゃいいけど、ヒンシアの話はどうなったんだよ」
「ああ、そうだった」
フォルツは明るく笑い、
「城が見える堤防は、物見高い奴らで大賑わいだった。魔女の操る炎の蛇と、ルアルグの神官殿が呼び出した水竜の戦いについて、吟遊詩人が歌ってたが、相当面白い話になってたな。ありゃそのうち歌劇にでもなるんじゃないか」
「水竜ってか、竜巻だけどな」
「みなさん逞しいですねぇ」
自分たちが平穏に住んでいた町の領主が、いつのまにか得体の知れない魔女に取って代わられていた。その魔女が正体を知られたことで、炎の蛇を操り、ルアルグ神の加護を受けたエルディエルの部隊に抵抗した。
おとぎ話を地でいく騒ぎを、ヒンシアの住人は実際に目で見ていて、それなりに衝撃も受けただろう。その一方で、それを新しい活力として取り入れている。人というのは弱そうでしたたかだ。
「そういえば、ヒンシアで娘の神官二人と話をしたぞ。ちっちゃくてぽっちゃりしたのと、背が高くて眼鏡をかけたのと。エレム殿と元騎士殿には特に世話になったと言っていた」
「ああ。ラティオさんとロキュアさんですね。教会の誘致は順調に進んでるんでしょうか」
「ああ、役場に近い貴族の邸宅跡を増改築する計画だそうだ。エルディエルと町の後押しもあって、診療所と孤児院もかなり良い設備が見込めるらしい」
「それは良かったです」
ランジュがこぼさないように気遣いつつ話に耳を傾けていたエレムが、穏やかに眼を細める。あの町に孤児院が出来たら、自分たちに関わりのある小さな姉妹がそこに世話になるはずだった。
「へぇー魔女ねぇ、この大陸はちゃんと魔法が残ってるんねぇ。こっちに来ることに決めて良かったさぁ」
「クロケさんのいたところは、魔法使いがいっぱいいたのですの?」
「いっぱいはいないよ、南岸諸島は魔法より呪術が一般的なんさぁ」
「じゅじゅつ、ですの?」
輪のはじっこのクロケとユカが、フォルツの話から拾った単語で更に別の話を始めている。ランジュは出される食べ物を口に入れるのに忙しく、そのぶんおとなしい。
「ところで旦那、この先の行程はどうなってるんだ? そろそろ真面目にカカルシャに向かわないとまずかろうに」
フォルツの当然の問いに、エスツファは大きく頷いた。




