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14.疾風将軍と氷牙の妖魔<6/6>

 小男の胴体とほぼ同じくらいの大きさの鞄が、宙に浮くように後をついていく。

「逃がすかっ!」

 叫んだ娘が右手を伸ばし、男の背に人差し指を突きつける。それに答えるように、空気そのものを凍らせたかのような白い影が、冷気をまとった風となって男を追った。白い影が通った路面を、薄い氷が地面を這って跡を作る。

 男は後ろから白い影に突っ込まれ、突き飛ばされるように地面に転がった。立ち上がろうと石畳に触れた手が、膝をついたズボンの布地が、ぱりんと堅い音を立てる。男の周囲一帯は一瞬で冷気に覆われ、凍り付いた地面が男を縫い止めようと氷の膜を這い上がらせた。倒れた鞄は既に半分以上が凍り付いていた。

「つ、つめたっ、寒っ、痛っ」

 立ち上がった男は冷気を払いのけようと、熱された鉄板の上で踊るタコのようにつま先立ちで手足をばたつかせていたが、

「さて、どうしてくれようか?」

 氷の狼を従え、仁王立ちに自分を見下ろす褐色肌の娘に立ちはだかられ、男は慌てて方向転換しようとした――ものの、

「いいから黙って料理されてろ」

 振り返る間も与えられず、男は後ろから別の足に背中を蹴り倒され、娘の足下に顔から倒れ伏した。

「わ、悪かった、モノは返す、返すから!」

「ただ返してもらうだけじゃすまない話になってんさ! まずはその耳を氷付けにして魚の餌にしてやろうかぁ?」

「いやああ、ゆるしてぇぇぇ!」

 さっさと背を向けたグランの背後で、えげつない脅しの声と叫び声が響き渡る。

「……あのひとが、雪女の……クロケさんの耳飾りを盗んだことで、使役していた精霊が暴走したってことなんですね。しかも、盗んだ耳飾りは、客寄せの展示品に使ってたと」

「そういうことであるな」

「まえが見えませーん」

「ああ、じゃああっちを見てようね」

 ランジュの両目を手で塞いでいたエレムは、下からの抗議の声に穏やかに答えると、凄惨な報復の現場から自分の体ごと、ランジュに背を向けさせた。ユカはエレムの陰から半分顔をのぞかせて、雪女の報復を受けて悲鳴を上げる小男をおっかなびっくり眺めている。

「さすがに耳を落とすとか爪を剥ぐとか目をえぐるとかはよそでやってほしいのですの、夢に出てきそうですの」

「そこまで言ってねぇだろ」

「無関係なのにひどい目に遭った船乗りさんたちと同じくらいには、怖い目にあってもらわないとねぇ」

 溜飲が下がったらしく、リノは明るい声で見守っている。物理的にも精神的にも荷物が降りた気分で、グランは腰に手を当てて背筋を伸ばした。

「つーか、こんなんじゃ雪女を退治したとも言い出せねぇし、耳飾りはもともとあいつのもんだしなぁ。いいただ働きになっちまった」

「そうであるなぁ」

 少し残念そうに笑みを見せたものの、オルクェルはすぐに気を取り直した様子で、

「しかし、これで船乗りはまた安心して海に出られるのだ。娘御が誰かに迷惑をかけることもないのだから、よかったのではないか」

「そうそう、面白かったしいいんじゃない?」

「俺は面白くもなんともねぇよ」

「でもどうしてお二人は、クロケさんの耳飾りをあの男が持っていると、知ってたんですか? 」

「そ、それは……」

 揃って言い淀んだグランとオルクェルの代わりに、リノが心得顔で胸を張る。

「野暮だねぇエレムの兄さん。ああいう店に用事って言ったら、自分で使うか、誰かにあげるものを見に」

「お前はちったぁ空気読め」

「背が縮んじゃうからやめてよー」

 石畳にめり込ませるような勢いで頭をぐりぐり押しつけられ、リノは悲鳴を上げている。納得がいったらしいエレムの視線を微妙に避けたところで、グランはオルクェルと目が合った。オルクェルはぽんと手を打つと、

「そういえばずっと聞きそびれていたのだが、あの火の鳥はどういった……」

「あーあーほらあれ、お前んとこの奴らじゃねぇの? そろそろ戻らないとまずいんじゃねぇ?」

「しまった、すっかり刻限を過ぎてしまったようだ」

 通りの向こうから、騒ぎを聞きつけたらしいエルディエルの兵士たちが小走りに寄ってくる。よく顔を合わせるが未だに名前が判らないオルクェルの部下も一緒だ。

「まぁ、刻限はいいんですけどね」

 いろいろ突っ込むのも疲れたようで、エレムは背後で繰り広げられる報復劇にちらりと視線を向けた。

「あれ、どうするんですか」

「ほっときゃ収まるだろ。飯の時間だし戻るぞ」

「ばんごはんですー」

 エレムに両肩を支えられ、後ろを見るのを許されずにもぞもぞしていたランジュが、明るい声を上げる。

「この街も最後だし、今日はおいらも部隊にお邪魔しようかな。たまには兄さんたちとゆっくり語り明かしたいよ」

「僕らは用事はないですよ」

「エレムの兄さんはどうしておいらには冷たいのよう」

「この町の最後の日がこれだなんて、なんだか微妙ですの」

 去って行くグラン達の背後では、制裁を受ける小男の悲痛な声が響き渡っている。ただの痴話げんかだとでも思っている見物人たちは、娘を止めもせずに面白がってはやしたて、盛り上がっていた。


<疾風将軍と氷結の流島・了>

今回もおつきあいありがとうございました。


次章の準備と新作固めのために、次章更新まで少々お時間いただきます。

大丈夫、(我慢できなくて)すぐに戻ってきます。


皆さんと一緒に次の段階に進めるように、応援よろしくお願いします!

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