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13.疾風将軍と氷牙の妖魔<5/6>

 日も傾き、朝の早い港町の住人の多くが家路につき始めた頃。

 閉めた店の中で、慌ただしく撤収の準備をしている者があった。店の中に飾られた飾り物を無造作にかき集め、大きな鞄に放り込む。あれだけ乱雑に扱ったら傷がつきそうなものだが、そんなことを気にする必要がないくらい、要は安物ばかりなのだろう。

 男は最後に、両手のひらくらいの大きさの箱に、窓際に飾られたそこそこ高そうな宝石や飾り物を詰めて閉じた。その箱を、パンパンに詰めた鞄の残りの隙間に押し込み、ぐるりと店の中を見渡して、取りこぼしたものがないかを確認する。

 そして、窓際に立てかけていた看板を、鞄の側面のポケットに滑り込ませ、その者は店の扉に手をかけた。



「僕の知らない間に船まで借りて、一体なにしてきてたんです? せめて出る前に一言言ってくれてもいいんじゃないですか? それにオルクェルさんはエルディエルの部隊長なんですよ、海の上になんか連れ出して、事故でもあったらどうするんですか」

 ランジュの手を引いてついてくるエレムが、咎めるようにたたみかける。うんざり顔で通りを進むグランの代わりに、オルクェルが困った様子で、

「いや、エレム殿、心配はかたじけないが、私の行動の責は私自身にあって……」

「エレムの兄さんは、病人のお世話で忙しそうだったじゃない。お嬢ちゃんたちだっていたしさー」

「わたしも船に乗りたかったのですの、連れて行って欲しかったのですの」

「おふねははやいのですー」

「うるせぇな、なんにもなかったんだからいいだろ。お前らもいっぺんに喋るんじゃない!」

 横で説教を続けるエレムと、それをとりなすオルクェル、加えて後ろからぞろぞろついてくるその他大勢は、グランに一喝され、さすがに黙り込んだ。

 黙らされたことで、全員の視線が、揃って一点に集中する。

「……なにより、それはなんなんですか?」

 陸に残された組のもっともな疑問――自分の背中にぶら下がる”それ”についてまっすぐに問われ、グランはさすがに返事に窮した。

 グランの首に抱きついて、鞄のように背中にくっついている、褐色の肌に青髪の娘。おぶさる、というのではなく、水の中でなにかにしがみついているように、腰から下はふわふわと宙を漂っている。その場の誰も冷やかしたりあらぬ誤解をしないのは、しがみつかれるグランから露骨に漂う、厄介な荷物を背負わされたような迷惑感のためだ。

「あーし、クロケ! よろしく!」

「……どこから拾ってきたんですか、早めに元の場所に戻した方がいいんじゃないですか」

「なんで人を犬猫みたいに言うんさー」

「エレム様ってわりと辛辣なのですの」

「エレムの兄さんは、ああ見えて根っこはおっかないよ」

「しんらつっておいしいのですかー?」

 後ろで様子を見ていたユカの呟きに、リノがぼそぼそと答え、ランジュが素朴な疑問を口にしている。誰になにをどう答えればいいのか、額をおさえているグランに替わって答えたのはオルクェルだった。

「この娘御が、くだんの雪女の正体なのであるよ」

「ええっ?」

 船の中で一緒に説明を受けていたエレムは目を白黒させる。想像していた雪女像とまったく違うだろうということは、まぁグランにも判る。

「雪女って、雪山の小屋に避難した猟師を襲って食べる人ですの?」

「いや喰いはしねぇだろ」

「りょうしってどんな食べ物ですかー?」

「嬢ちゃんは本気なのかボケてるのか時々判断に困るねぇ」

 周りの声が収拾がつかなくなっているのを、相手に仕切れないオルクェルは、結局全部聞き流して、

「しかし話をしてみたら、悪さをしているのではなく、どうも娘御にも事情があるらしいのだ。それで、娘御が周りに迷惑をかけずに済むためにも、協力しようという話になったのであるよ」

「はぁ……」

 仏頂面のグランと、そのグランの首に涼しい顔でくっついているクロケを見やり、エレムは間の抜けた声を上げる。

「ということは、まだ問題は解決してないんですね? これからなにをどうするつもりで、どこに向かってるんですか?」

「そりゃあ……」

 夕暮れ時、人通りが昼よりもずいぶんと少なくなった通りをまっすぐ見つめ、グランは立ち止まった。昼と夜の狭間、傾いて色あせた日差しの中で、一日を終えて店じまいをする店、これから目を覚ます店が混在する、その通りの先。



 慌ただしく扉を開き、大きな鞄を引きずるように、背広姿の小男が店から飛び出した。閉じた扉に鍵をかけ、その鍵を扉の隙間から店の中に押し込む。もう二度とここに戻ってくる気はないのだろう。

 そのまま船着場に向けて駆け出そうとした小男は、自分の鞄に足を取られて勢いよくすっころんだ。よほど慌てているらしい。立ち上がりかけ、閉じ損ねた鞄の口から首飾りや指輪がこぼれているのに気づき、慌てて拾い上げて鞄に押し込む。その目の前の石畳に、

「どうしたんだ? そんなに慌てて」

 黒革のブーツが立ち止まった。

「い、いえ、船に遅れそうなので急いでるだけで……」

 とっさに曖昧な笑みを作り、小男は立ち上がりながら、声をかけてきた黒ずくめの青年を見上げた。柄に月長石の輝く美しい剣を腰に帯き、黒い軽鎧を身につけた、黒髪の青年。これから来る夜の先触れのようなその青年の首にしがみつく、褐色の肌に青い髪の娘――

「で、出たああああ!」

 小男は叫ぶやいなや、鞄を掴み、とんでもない勢いで駆け出した。

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