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11.疾風将軍と氷牙の妖魔<3/6>

 リノが跳ね避けながら駆ける跡を、ざくざくと氷の槍先が突き刺さって行く様は、前衛的な芸術作品のような趣深ささえある。いや感心している場合ではないのかも知れないが。

「これはさすがに、止めないと危険なのではないか?」

「放っとけば女の方が疲れて止まるんじゃねぇ?」

「その前においらが死んだらどうしてくれるの!」

 必死で逃げている割には、リノは足場を的確に判断して走っているらしい。追い詰めようとする氷の槍の軌道を微妙にかわしながら、丸い島の形に添って水際から上手く距離を取って逃げている。しかし、大きさの限りのある丸い島の上で、弧を描いて逃げていると言うことは、

「うわあぶねっ」

 島をぐるりと一周して、自分たちの所に戻ってこようとするリノに、さすがにグランもぎょっとした様子で声を上げた。傍観者気分でいた二人の足下に、リノの頭上を飛び越した氷の槍が突き刺さる。慌てて男たちはその場を飛び退いた。

「馬鹿野郎、こっち来んな!」

「無茶言わないでよー!」

「邪魔するなああー!」

「しておらぬよ!」

 転がるように飛び退きながら、さすがにオルクェルも腰の剣を抜いた。流れ矢のように、というには勢いのありすぎる氷の塊を、剣身で軽く受け止めてうまく軌道を反らしている。一方で、

「だからこっち来るなっていってるだろ!」

 真正面からリノに逃げ込まれ、グランも慌てて剣を抜きながら声をあげた。逃げ回るリノはさすがに必死の体で、軽口を返す余裕もないらしい。その背中を、まるで追尾でもしているように氷の槍が追いかけ、飛び上がったリノの足下を追い越して氷の地面に突き刺さった。

 氷のつららの尻部分に着地する形になったリノは、それを足場にするように両足をバネにして更に高く躍り上がりながら斜めに飛び避けていく。

 リノがいなくなったことで、追ってくる雪女と真正面に対峙する形になったのは、グランだった。真っ正面から目があった瞬間に、移動する女の更に前に、キラキラと冷気の塊が集まり始めた。

 最初にリノに向かって駆けていった、まるで動物のような動きのあの塊だ。塊は、はっきりとした形をとりながら、凄まじい勢いでグランに向かってきた。

 確かに、四つ足の生き物が体を上下させながら走ってくるような動きだが、その形をはっきり見極める余裕はなかった。あまりの速さに、飛び退くこともできないグランの眼前に、白い巨大な生き物のような冷気の塊が、一直線に迫ってくる。氷漬けを覚悟したグランの眼前に――



 赤く輝く文字の羅列が円を描きながら、盾のように空中に浮かび上がった。

 まるで、グランをかばうように。

 一直線に押し寄せてきた冷気の塊が、中空に展開した法円にぶつかって、白煙を散らしながらはじけて押し返された。ひときわ赤く鮮やかに輝いた法円は、冷気が霧散していく中で中央に向かって収束し、

「え……あ?」

 グランが目を瞬かせている間に、法円は鳩ほどの大きさの炎の鳥に姿を変えた。

 グランの左手には、フィリスという名の火の鳥が棲みついている。魔力由来の炎による攻撃は食べてくれるという話で、実際に何度か助けられていた。が、炎の魔法で攻撃されること自体がそうそうあるわけではないので、今の今までグランもすっかり忘れていた。

「そうか、炎だから寒さには強いのか……」

 ぼんやりとグランが呟く一方で、自分の周りに再度つららの槍を展開しようとしていた雪女は動きを止めていた。驚愕するその目に、怒りにかき消されてた理性が戻っている。

 今までの化け物のような動きとは異なる、頼りない足取りで氷の地面を踏みながら、女はグランに近づいてきた。オルクェルもリノも、止めるべきなのか判断がつかないらしく、息を呑んで雪女の歩みを見守っている。

「どうして? ――あなたも、魔法使いなんさ?」

「……”も”?」

 その力ない動きの理由は、疲れとはまた別のものに見えた。間近で見ると、娘はどうも顔色が悪いし、こころなしか頬もこけているような気がする。病み上がり、とも違うようだが。

 雪女は間近まで来ると、グランの肩の上で羽ばたく炎の鳥を、なぜか安心したように見つめ、グランに向けて手を伸ばした。その指先に、渦巻く冷気の気配を感じて、グランはとっさに身構えたが、

 収束した冷気が女の手から離れると同時に、女とグランの間に新たな光の法円が現れ、その法円が冷気をあっという間に消し去ってしまった。冷気が白い霧になって心地よく頬に触れる。

「魔法が効かない……よかった……」

「よかった? って、おい?!」

 グランの問いかけがきっかけになったかのように、膝の力を失った女の体が、ぽふりとグランに倒れかかった。ずりずりと倒れ込むその体をとっさに支えてしまったグランは、間近で見る女の左の耳に、見覚えのある石が揺れていることに、その時になって初めて気がついた。   

 足からすっかり力が抜け、娘は、戸惑うグランの胸というか腹のあたりに顔を寄せる形で、か細い声を上げた。

「おなかすいた……助けて」

「はぁ?!」

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