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8.南国の稀石、南海の妖魔<5/5>

「兄さんたちも忙しいねぇ、火消しの次は雪女退治でもするの」

「退治っつーか、俺はオルクェルに引っ張られてきただけうぉぁ?!」」

 オルクェルに気をとられていたグランは、下からの声にうわの空で返答しかけて、ぎょっとして声を上げた。グランが触れていた手すりの向こう側からにょっきり頭を出したリノが、顎を載せてこちらを見上げている。飛び退きかけたのをすんでの所で踏みとどまって、グランは反射的にリノの頭を片手でわし掴んだ。

「なにやってんだよ! 心臓に悪い出てき方をするなっつってんだろ!」

「兄さんこそ、人の頭皮を無駄に刺激するのやめておくれよう」

「いつの間に……こんなところでなにしてるんですか」

 床を調べていたエレムが、二人の声に気づいて呆れた様子で立ち上がった。そろそろ驚かなくなってきているのがなんというか。

「こんな船に、宝物も浪漫もなにもないでしょう」

「お宝らしいものはないんだけどさ、どうも面白い匂いがするんだよねー。気になるから、みんなが船乗りさんを介抱してる間に、こっそりお邪魔してた」

 どうやら騒ぎに紛れて入り込んだらしい。エレムが非難めいた目つきで、

「いたなら船乗りさん達の介抱を手伝ってくれればよかったのに。大変だったのは見てれば判りましたよね」

「いやいや、餅は餅屋、病人には医者、お宝にはおいらってことでさ」

「ふ、二人の知り合いであるか」

 さっきまでいなかったはずのリノに気づき、オルクェルが恐る恐る声をかけてきた。

 そういえば、リノの立ち位置は今のところ『勝手に一行についてきている一般人』なので、オルクェルと顔を合わせる機会はなかったはずだ。というか、別に改めて紹介する必要性もないのだが。

 リノは、グランの手で床にねじ込まれそうな格好のまま、愛想のよい笑みを見せた。

「おいらリノ、たまたま旅の方向が同じだからルキルア軍の後ろをついてってるだけのごく普通の鉱夫だよ。この人がエルディエルの将軍殿? 兄さんとは別系統の美男だねぇ」

「だから普通の奴は自分のことを『普通だ』なんて名乗らねぇんだよ」

「兄さんだって自分のことを『ただの傭兵だ』って言うじゃないのぅ」

「な、仲が良さそうであるな」

 こころなしか引いた様子でオルクェルが引きつった笑みを見せる。説明するのも面倒くさい。それはエレムも同じらしく、考えを整理するように少しの間こめかみに手を当てたあと、ざっくりと話を変えた。

「で、面白そうな匂いって、なんですか?」

「うん、残念ながら魔道具おたからは無さそうだけど、魔力の残り香みたいなのを感じるよ。初めてだからはっきりとは言えないけど、氷系の魔法の匂いがするよ」

「そりゃそうだろうな」

 雪女だとか妖魔だとか言われるよりは、冷気を操る魔法使いでも現れた方がまだましだ。いやこの際、どっちだって似たようなもんなんだろうが、少なくともキルシェには人間としての形があるから、魔物だとか言われるよりは想像がつきやすい。

「氷系の魔法って、珍しい部類なんですか?」

「そうだねぇ、平地とか、特に大陸の南側では聞かないねぇ」

 それ以前に、火だろうが氷だろうが、それを魔力で操れる奴自体が珍しいのだが。自分たちはすっかり感覚が麻痺している。

「吹雪とか極端な寒さってさ、冬の雪山とか、見渡す限りの雪原なんかで出会うから、おっかないわけでしょ。暑い国で氷なんか作れちゃったら、逆に有り難がられない?」

「確かに、寝苦しい夜にほどよく冷やしてくれたら助かりそうですけど」

「雪山の地下に氷室をつくって、夏になると氷を王宮まで売りに来る商人もあるな」

「でしょー。おいらなら協力して町で売りさばいて大儲けするよ。水に氷入れて売るだけで城が買えるよ」

 現実的なのかよく判らない。人を驚かすのが目的の妖魔なら、絶対こいつらの前には出てこないだろう。

「氷の見た目が強烈だから、氷系って呼ばれるんだろうけど、要は冷気の魔法だよね。氷を作るには、まず水を冷やさなきゃいけない。ただ冷やすだけでも魔力を食うのに、氷にするのはもっと大変。そんなわけで、暖かい国では見ないんだろうね」

「なるほど、労力の問題であるか」

 突然現れたリノの話に、オルクェルは素直に耳を傾けている。内容はうさんくさいが、愛嬌があって話が面白いのはグランも認めざるを得ない。

「じゃあ、海水を凍らせるってのは、そんだけ強力な魔法ってことなんだな」

「だと思うよ、海水温は一定だし、動きもあるからね。冬だって海はなかなか凍らないじゃない」

「凍らせるだけならともかく、船がぼこぼこになってるのはなぜでしょうねぇ……」

 天井を見上げ、エレムが呟く。それなりに大きな船とはいえ、板一枚上は甲板だ。岩でも投げつけられたように所々に穴が空き、そこから陽光が漏れ落ちている。

 なんにしろ、『船内も濡れて冷えている』以外のことは、自分たちには読み取れなさそうだ。というか、そもそもなんのためにここに来たのかグランにも判らない。

「なにか、お判りになったことはありますか」

 甲板に戻ると、付き合って待っていた衛兵が声をかけてきた。エルディエルの将軍が、頼みもしないうちに自分から中を見たいと言い出したのだから、特別な知見でも期待できるかも知れないと、思うのも無理はないだろう。オルクェルに絶対そんな意図はなかったろうが。

 それに、判ったのは冷気を操る何者かの仕業だろうというくらいで、そんなのは雪女がどうこうと言っているのと大差ない。だが、オルクェルの話を聞いても、衛兵は特にがっかりした様子はなかった。

「実は少し前に、南にあるサイスの町で、雪女が現れたという騒ぎがあったのです」

「へぇ?」

「そのときは、建物の一つを凍りづけにした後どこかに逃げ去ったという話でした。海上に雪女が現れて船を襲うという話が聞かれ始めたのもその頃からなのです」

 どうやら、今突然起きたことではないらしい。

「死者こそ出ていないものの、やはり今回のように船が凍りづけにされて港まで逃げ込んだという話が何件かあるそうです。そうなると、今まで立ち寄っていた異国の船も敬遠がちになってきます。船乗りってのは験を担ぎますから、不穏な噂のある町には近づきたがらないんですよ。船が寄らないと、取引にも支障が出てくるし、船乗り相手の商売もあがったりです。それで、困ったサイスの町長が近隣の貴族たちに協力を募って、魔物退治に懸賞金を出したのです」

 言いながら、その衛兵は懐から折りたたまれた紙を出した。渡されてオルクェルが広げたそれを、グラン達が横から覗き込む。中央には、海の上に立ち吹雪を起こす妖女の姿が描かれており、その上下にはでかでかと、

「雪女を追い払ったもの、退治したものに懸賞金……」

「すごい金額ですね、城はともかく小さな漁船くらいは買えそうですね」

「えっ、おいらにも見せて見せてー」

 単純に感嘆のため息をつくエレムの下で、背の低いリノが一生懸命つま先を伸ばしてオルクェルの手元を覗き込もうとする。

 その頭の上で、グランとオルクェルは妙に真剣な顔でそのチラシを見つめ、なぜか顔を見合わせた。

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