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6.南国の稀石、南海の妖魔<3/5>

 話を聞きたいと言っていた割に、飲み始めるとオルクェルは饒舌だった。

 アルディラの姉たちの話に、腹違いの兄弟の話だとかを聞かされていたような気がするが、グランは適当に聞き流して酒を飲んでいたので半分くらいしか内容を覚えていない。大公が、良くも悪くもやたら気の利く男らしいのだけはよく伝わってきた。

 串焼き肉の露店の周りに設けられた椅子に腰掛け、町の者達に混ざって飲み食いしているうちに、太陽が天頂から傾き始めた。

 部隊に戻すのに酔い潰れられても困るし、千鳥足のオルクェルを送っていくのも面倒だ。そろそろエレムと合流して後は押しつけようかと、名残惜しそうなオルクェルを引っ張るように船着き場に向けて歩いていると、そこの岸壁近くが妙に騒がしい。

 人だかりの合間から、衛兵たちが担架で何人も人を運んでいく。それぞれの担架を追いかけるように、レマイナ教会の神官まで慌ただしく付き添っていく。

 船の事故でもあったのだろうか。隙間を縫って様子をうかがうと、岸壁に小型の帆船が横付けされて、そのそばの堤防に、毛布をかぶってうずくまる者達の姿があった。皆、ずぶ濡れで、まるで冬の雨に打たれたかのように青ざめて震えている。近くでは火がいくつも焚かれ、港で出迎えた男女が協力して、湯や度の強い酒を回してやっている。

 船は嵐にでも遭ったようにぐっしょり濡れて、その上ボロボロだ。帆は破れたと言うよりもなにかで突き破られたように何カ所も穴が開き、船縁も削れたりへし折れたりと、まるで大きな獣にでも襲われたかのような惨状だった。

 局地的な嵐でもあって逃げ込んできたのか。しかし海は変わらず穏やかで、沖には雲一つ無い。一方で、なぜか船の方から妙な冷気が吹き込んでくる。そこまで見て取って、グランは寄せ集められた船員を世話する神官の中に、よく知った髪色の者を見つけて目を丸くした。

「……なにやってんだ?」

「あっ、グランさん。オルクェルさんまで」

 地元の神官たちと何やら話し込んでいたエレムは、グランに気づいてこちらに近寄ってきた。

 よく見ると、少し離れた場所に作り付けられた長椅子で、飴をなめながらランジュが一心に絵本を読んでいる。その横で、不安そうにあたりを見回しながら、ユカが付き添っていた。飴をなめながら。

「グランさんが途中でいなくなっちゃったから、僕らはこのあたりで露店を巡ってたんですよ。ユカさんが勉強するのに役立ちそうな本とか、ランジュの服とか……って、お酒臭いですよ、オルクェルさんにまで飲ませてたんですか? グランさんと同じ勢いで飲ませてたらみんな潰れちゃうでしょう!」

「うるせぇな、こいつに誘われたんだよ、てか今説教してる場合じゃねぇだろ」

「うむ、楽しい酒であったし気遣い無用であるよ」

「そこじゃねぇよ!」

 グランに怒鳴られても、どうにもふわふわしているオルクェルを気味悪そうに眺め、エレムは咳払いで気を取り直すと、

「とにかく、この辺りで買い物をしていたら、あの船がふらふら港に入ってきたんです。あの通り、船はボロボロだし、甲板で人が何人も倒れてるし、別の船とぶつかったんじゃないかって大騒ぎになって、レマイナ教会の神官達もかり出されてきて……。僕も比較的症状の軽い人を介抱してたんですけど、……どうもおかしいんです」

 エレムは周りの騒ぎを見渡し、声を潜めた。

「さっき運ばれていった人たち、ものすごく体が冷えてて……、船から運び出された時は、ぐっしょり濡れてただけじゃ無く、髪の先や服の一部が、凍ってたんです」

「凍って……?!」

 さすがにオルクェルも、酔いが飛んだ様子で目を瞬かせた。

 夏の海とはいえ、深さや流れによっては海水温は異なる。冷たい水の中に長時間いれば、体が冷えて低体温症を起こすことだってあるだろう。だが、この外気温で凍り付くことなどあるのだろうか。しかも船の上で。

 しかし実際、船から吹き付けてくる冷気は洒落にならない。船の表面だけでなく、文字通り芯から冷えていそうな感じだ。

「衛兵の方の話では、船底が内側から凍り付いてたらしいです。そんなこと普通考えられないですよね、それで、比較的精神状態の良さそうな方からそれとなく話を聞いてたんですけど……」

「雪女だ!」

 火の周りで暖を取っていた救護者の一人が、青ざめた顔で突然声をあげた。周りの仲間や世話をしていた者達が、ぎょっとした様子で顔を上げる。

「もう航海なんか出られねぇ! 海は呪われたんだ、雪女が棲み着いちまったんだ!」

 はっきり聞き取れたのはそこまでだった。男は甲高い笑い声を上げながら意味不明の言葉を口走るようになってしまい、慌てた衛兵と神官達がなだめすかしながら、担架の多くが運び込まれた近くの建物へ連れて行った。

「雪、女……?」

「雪山に棲むという妖鬼のことであるな」

 ぽかんとしているグランの横で、オルクェルが妙に真面目な顔で呟いた。

「吹雪を起こして旅人を惑わせたり、時には命を奪うともいう。しかし、ああいうものは概して暑さに弱いから、夏場や南国での話は聞かぬよ」

「まぁ、厳しい自然現象への恐れが生み出した架空の存在でしょうからねぇ……」

「でも、助けられた奴って、服が凍ってたんだよな?」

「はぁ……」

「なら、中にはまだ氷が残っているかも知れぬな。溶ける前に見せてもらわぬか」

「えっ?」

 確かに興味はあるが、なんで俺たちがそこまで、とグランが言い出す前に、オルクェルはさっさと、岸壁に付けられた船の前に立つ衛兵に話しかけに行ってしまった。

 やっぱり、酔ってるんだろうか。グランとエレムは微妙な顔つきで顔を見合わせた。

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