3.編み直された過去と今<3/3>
「だって、みなさんと一緒の方が面白そうなのですの!」
それまで静かに話を聞いていたヘイディアが、珍しく目を丸くした。さすがに黙っていられなくなったらしく、
「知識によって法術の幅が広がるのは事実なのです。早いうちに訓練を積めば、ユカさんならもっと力を伸ばすことが……」
「いまのとこ、困ってないのですの! お勉強は、後からでもできますの! でも皆さんとは、今一緒について行かないと、次が無いかも知れないのですの!」
憧れているはずのヘイディアの言葉すら迷わず一蹴し、ユカは大きく胸を張った。
「それに、皆さんが過去を替えられたのだって、わたしがいたからですの」
「そりゃ法具のおかげだろ。そもそもお前の法術だって、法具がなけりゃたいしたもんでもないんだろ」
「そうですの、わたしが持ち主だからこそ、法具の真価が発揮されてるのですの」
グランは頬をこわばらせた。開き直りやがったこいつ。
「わたしが町に留まっても、法具を役に立てられるようなことはそうそうなさそうですの。でも、みなさんの旅には、わたしが必要なのですの」
「なんでそう無駄に前向きなんだ。お前、法具が無くなったらただの人と変わりないらしいじゃねぇか。それに、今の世界では、法具はこの町から出て行ってなかったんだ。あの神殿で消えてたのは、お前の持ってた法具だったかも知れねぇんだぞ」
「でも、消えなかったのですの。わたしが持っているのがふさわしいって、歴史が認めたのですの!」
法具が神殿に安置されたまま、この町から出て行っていなかったのなら、当然サフアの町で山頂の社に法術で水をくみ上げる仕組みそのものが成立しなかった。つまり、本当であれば今は、アヌダの巫女が存在しない世界であるはずなのだ。
しかし現実に、『アヌダの巫女』は歴史からも、自分たち以外の者の記憶からも抹消されていない。過去の改変によって修正されていてもおかしくない事柄が、そのまま残っている。
「……それはつまり、ユカ殿が町に来なければ、王が法具を用いて過去を正すことができなかったから、それを無かったことにはできないのでは無いか」
様子を見ていたエスツファが、流れを整理しようと声を上げた。ルスティナは小首を傾げ、
「しかし、過去が正されてからは、法具はずっとこの町に安置されていた。これだとサフアの町に法具が持ち込まれることはなかったはずだ」
「そうすると、ユカさんが法具を持ってこの街に来ることがなくなりますよね。ユカさんが来ないと、王が『時の舵』を動かして過去に戻ることはできないから、歴史は正せない……」
「王が過去に戻れないと、レキサンディアの滅びの日に女王を討てないから、『時の棺』が発動されてたわよねぇ」
「……」
「……」
「……やめねぇか、この話……」
「そ、そうですね」
大人達は、揃って考えるのを放棄するように頷いた。キルシェですらお手上げの様子で首をすくめている。ユカ自身はもちろん、考察なんかする気もなさそうだ。ついでに言うと、ランジュは話すら聞いていない。
そもそも、過去が修正される前の記憶をグラン達が残していること自体が矛盾なのだ。この矛盾を、時間が、歴史が容認しているのなら、グラン達があれこれ議論していても意味は無い。
「……帰りの道からは多少それるが、この内海近辺には帰りも立ち寄るからな。ここにしかアンディナ教会が無いというわけでもなさそうだから、今は保留でも構わぬが」
エスツファの言葉に、ユカは嬉しそうに顔を輝かせたが、
「ただ、ユカ殿を町から連れ出すのに、アルディラ姫の名前も借りている。保留にした理由を問われた際の答えくらいは、きちんと用意しておかれよ」
「は、はいですの……」
「ええ、いいのかよ? ユカの親は、アンディナ教会まで送り届けてもらえるからってことで、町を出るのを認めたんじゃねぇの」
「だから、それは保留であるよ。よいではないか、一介の市民が、こうして不安無く旅できる機会など、なかなかあるものではないよ。なにごとも経験だ」
ただいい加減なのか、深慮があっての発言なのかさっぱり判らない。ルスティナも特に異論は無いらしく、穏やかに全員を見渡したあと、
「明日にはもう出立であるからな、しばらくは大きな町に寄り道もなさそうだから、ユカ殿が道中役に立てられそうなものを今のうちに用立てて来るとよいのではないか」
「……そうですね、この町でもいろいろ慌ただしかったですし、最後の時間くらいはのんびりした気分ででかけてみましょうか」
どうやら話の流れは変わらないと悟ったらしく、エレムが穏やかに微笑んだ。グランも半分あきらめた気分で息をついた。
「あたしももうちょっと町を見てこようっと。水竜の神殿はまだ行ってなかったわ、考えてみたらさっきのさっきまで存在も知らなかったし」
「……俺も今のうちに買い出しに行っておくかな」
「みんなでおでかけですの! お買い物ですの!」
「ぞろぞろ行く必要は無いだろ!」
「おかいものですー」
エスツファのマントの裾でうさぎの人形を寝かしつけていたランジュが、ユカの声に耳ざとく反応して声を上げた。こいつの言う『買い物』など、食い物しか対象に無いに決まっている。




