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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
― 100万(+30万)PV突破記念 & 新春特別番外編 ― 
378/622

俺の名は<後>

「……確かに昨日は、戻ってからは天幕の割り振りを改めて相談したり、今後の日程の話なんかで忙しかったですからねぇ……」

 グランの姿をしたエレムは、気持ち落ち着いた様子で座り直し、顎に手を当てて昨日の記憶をたどっている。エレムの姿のグランは、あぐらをかいた膝に頬杖をついて、不機嫌そうにそっぽを向いた。ぶつぶつと、

「なんで俺が疑いを晴らすのに必死にならなきゃなんねぇんだ」

「常々非常識だとは思ってましたけど、とうとう常識を越えてしまったのかと……」

「入れ替わりと記憶喪失は長編主人公のお約束なのですー」

「お前もなにを言ってるんだ」

 とりあえず干した芒果マンゴーの薄切りを与えられたランジュは、それをくわえながら、抱えたうさぎの人形に謎の解説をしている。

「……考えられるのは、あのお社でしょうか」

「社? 昨日行った?」

「あそこに花を供えた後、冗談で話したじゃないですか、グランさんになりたいくらいだって……」

 そういえば、そんな話をしたような気がする。もちろん、あれはお互いがそっくり入れ替わりたいという話ではなかったのだが。

「お参りにきた褒美に、社の主が願いを叶えた系か? だったらお前のせいじゃねぇか」

「今、誰のせいだなんて言っててもしかたないでしょう」

「お前が先に言い出したんだろ!」

 端から見たら、普段より格段に柄の悪いエレムが、行儀のよいグランを怒鳴りつける図なのがややこしい。二人はしばらく睨み合うと、途方に暮れた様子で揃って黙り込んだ。ランジュがもそもそ干し芒果マンゴーをかじる音だけが地味に耳につく。

「……よし」

 エレム……の姿をしたグランは、突然なにかを振り切った様子でいきなり顔を上げた。

「とりあえず、飯食ったら町に行ってくる」

「町に? 社に行って元に戻してくれってお願いですか、だったら僕も」

「なに言ってんだ、今の俺たち、町に出たら英雄扱いだろ。しかもお前は俺以上に警戒されない」

 真面目な表情の『グラン』に、『エレム』が妙にキリッとした表情で答えた。

「町娘からレマイナ教会の神官から、よりどりみどりじゃねぇか。せっかくだからこの格好で遊んでくる」

「はぃい?」

『グラン』は信じられないと言うように頬を引きつらせた。

「なにをいきなり切り替えちゃってるんですか! このまま元に戻れなかったらどうするつもりなんですか!」

「それは元に戻れなかった時に悩めばいいだろ。こんな機会滅多にないだろうからいろいろ試してくる」

「こんなことがやたらに起きたら困るでしょう! ていうか僕の姿で悪さなんかされたらラムウェジ様に迷惑がかかるじゃないですか! 無責任もいい加減にしてください!」

「お前もさぁ、人のことは自由でいいとか俺みたいに生きたいとか嫌みみたいにブツブツ言ってるくせに、いざとなると誰それに迷惑とか、つまんねぇ奴だよな」

 冷ややかな目つきの『エレム』に痛いところを突かれたのか、『グラン』が言葉を詰まらせる。

「そもそも、お前がしたことの礼なんだろ。ちょっとそれ貸してやるから、少し俺のふりして遊んでみろよ」

「なんでそう無駄に前向きなんですか。それにあれが理由かなんて判らな……」

「二人の様子が変と聞いたが、なにかあったのか?」

『グラン』の言葉が終わらないうちに、入り口の布を押し上げながらルスティナが声をかけてきた。『グラン』と『エレム』は揃って戸惑った表情で口を閉ざす。ランジュはもぐもぐと干し芒果マンゴーをかじっている。

 一拍置いて、『グラン』の目が妙に意地悪く輝いた。『エレム』が、なにかに怯んだようすで頬をひきつらせる。

「そうだ、ルスティナさ……、ルスティナ、話があったんだ」

『グラン』は、周囲に見えない星を散らしながら微笑んだ。不思議そうに二人を交互にみやっていたルスティナは、『グラン』の言葉に目を瞬かせる。立ち上がった『グラン』は、妙にそつのない動きでルスティナに近寄ると、親しげに顔を寄せた。

「いろいろ騒ぎが続いて、落ち着いて話せなかったろう。ちょっと時間いいか」

「? 構わぬが……」

「『エレム』、俺はこれからルスティナと大事な話があるから、お前は町なんか行かないでランジュの面倒を頼んだぞ」

「おいおいおい! なに言ってんだ!」

「なんだ『エレム』、そんな口の利き方してどうしたんだ。別人みたいだぞ」

 底意地の悪そうな笑顔の『グラン』に言われ、噛みつきそうな顔のまま『エレム』が言い澱む。

「朝飯の前に、二人でちょっと話そうぜ。そうだ、あっちに眺めのいい場所がある……」

「いやいや待て! 違うだろなにやってんだ!」

 ルスティナの肩を抱く勢いで、天幕の外へ出ようとした『グラン』を、我に返った『エレム』が慌てて遮った。

「貸してやるとは言ったけど、そうじゃないだろ! もっとこう、俺じゃなきゃ普段できないような……」

「なに言ってるんです、これこそグランさんじゃなきゃできないことでしょう。代わりに上手くやってあげますから心配せず留守番しててください」

「わけわかんねぇぞ! そもそもやっていいことと悪いことがあるだろ! 余計なことすんな!」

「それこそグランさんに言われたくありませんよ、だいたいひとの格好で好き勝手するとか言い出したのはそっちじゃないですか、お互い様でしょう!」

「それとこれとは違うだろ!」

「同じですよ同じ! だいたいグランさんは身勝手すぎるんです! 思いつきで後先考えないで行動して、騒ぎのたびに僕がどれだけ気を遣って収拾フォローしてるか考えたことがあるんでうわっ」

「誰も頼んでねぇだろ、勝手に気を回して振り回されてるのはそっちじゃ痛ぇ!」

「よく言えたもんですね、止めるまもなく騒ぎに飛び込んで火に油を注ぐとか日常茶飯事でしょう! 僕がいなかったら収まらなかったことがどれだけ」

「うるせえ俺がいつ頼んでお前に面倒かけたか言ってみろ!」

「じゃあ言わせてもらいますけどね!」

 言い合いながら『エレム』が振り回した拳が『グラン』の頬に決まったのをきっかけに、二人は天幕の中で取っ組み合いの殴り合いを始めた。

 ルスティナは少しの間困った様子で首を傾げていたが、座ったままもぐもぐと干し芒果マンゴーをかじっているランジュを手招きして天幕から連れ出すと、あとは出入り口に背中を向けて、騒ぎを気にして集まってくる兵士達を軽い苦笑いで追い払っていた。



「……つまり、老婆の頼みで参じた社の主が、その礼に二人の願いを叶えた、と」

「そういうことになりま……いたた」

「ああすまぬ、どうもこういうことには慣れなくてな」

 血のにじむ口元を湿った布で拭われて、エレムは情けない声を上げる。髪はぼさぼさ、目元は赤く腫れ、ルスティナに手当てされるエレムは恐縮そうに身を縮めている。

 一方で、同じように顔にあざや傷を作ったグランは、喋るのも嫌だという顔で天を仰いで転がっている。その横に座り、ランジュが湿らせたタオルをグランの額やら頬やらにぺちぺちしているが、グランは無抵抗のままだ。払う気力もないらしい。

「しかし、お互い入れ替わっていたのなら、殴っていたのは自分の体であろう。元に戻ったときに殴られた場所が痛むとは考えなかったのか」

「なんというか……自分がこれだけ品のない顔が出来るのかと思うと、無性に腹が立って……」

「こっちの台詞だ」

 つまりはお互い様である。

「ああ、これきっと後で青くなるヤツですよね。リオン君やユカさんになんて言おう……」

「拳で語り合ったのですー」

「お前、そういうのどこで覚えてくんの?」

 すっかり頭が冷えたのだろう、手鏡をのぞき込み、エレムは反省した様子でしゅんとなっている。

 グランは乗せられたタオルをようやく手で押さえつけ、額からまぶたまでを覆って目を閉じた。手当ごっこのつもりだったらしいランジュが、渋々タオルから手を離す。

 殴り合っているうちに、いつの間にか元に戻っていたのだが、元に戻ってからもしばらく殴り合っていたから、どのあざや傷がどっちのせいかなど、もう判らない。腹に見事に拳を入れられてうずくまったエレムが、膝をつく直前にグランの片足をすくい上げ、グランは背中からひっくり返って息が詰まり、エレムはエレムでうずくまったまま動けなくなって、やっと事態が収まったのだ。

 相打ち的な形になってしまったのは不本意だが、今はこれ以上やり合う気にもなれない。

「しかし、その社の神とやらは律儀なものであるな。中身を入れ替えるなど面白い。私なら、子どもになってなんの心配もせず一日遊んでいたいものだ」

 なにげないルスティナの言葉に、しかし男二人は揃って顔を引きつらせた。ランジュがにっかりと白い歯を見せる。

「わたしは大人の女の人になりたいですー」

「そうか、あとで散歩がてら見に行って……」

「よせ! 冗談でもそういうのはよせ!」

「そ、そうです、二人とも今のままが一番です!」

 痛みも忘れて跳ね起きたグランと、いきなりしゃっきりしたエレムが、揃って声を上げる。

 ランジュは不思議そうに目を瞬かせ、ルスティナも目をぱちくりさせた後、堪えきれずに笑い出した。


<俺の名は・了>

お読みいただきありがとうございます!

次回からは9章です。調整のために少しお時間いただきます。

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